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星骸都市  作者: 七日
8/10

◆第七章 5kの座標

無線が甲高く鳴り、「南端の路地へ逃走、黒フード!」という武田の声が、包囲網の隅々まで響き渡った。

新宿の夜はまだその密度を保ったまま、群衆が街に吐き出され、吸い込まれていく。

武田は広場を飛び出すと同時に、数本に分かれる細い路地に直面した。街灯のオレンジ色が濡れたアスファルトに映り、夜の冷気が頬を突き刺す。


「武田さん、右じゃない。左!」

インカムから、ひかりの冷静な声が割り込む。

「理由を教えろ!」

「右の道は20メートル先でT字路。そこから大通りに抜けられるけど、この時間、あそこはタクシーの待機列ができてる。奴が逃げるなら、より人混みに紛れられる南方向。——左です」


武田は一瞬の迷いの後、左の路地へ飛び込んだ。

足元は古いアスファルト。舗装の継ぎ目から雑草が伸び、壁際には自転車や空のビールケースが雑然と並んでいる。

前方、黒い影が一瞬だけ振り返った。顔は見えない。だが、その動きに一切の無駄はなかった。


——神野は走りながら、後方から迫る複数の足音を計算していた。

この路地は、一本裏にある飲食ビルの厨房に抜けられる。出口の先には、さらに別の裏口。彼はPMC時代に叩き込まれた市街戦の動線をなぞるように、腰の高さにある鉄扉を蹴り開けた。油の匂い、焼けた鉄板の熱気、深夜の厨房。


武田が飛び込むと同時に、床に何かが砕け散った。

ガラス瓶——中身は廃油だ。靴底が滑り、体勢が崩れる。反射的に壁に手をついた。

「クソッ……!」

この狭さと物量、完全に即席のトラップだ。


「ひかり! 奴はビルを抜けたらどう動く!」

「裏口の先、南と西に分岐します。南は人が多すぎる…リスクが高い。西です。非常階段を上って屋上に出るはず!」

武田は全力で西側の扉を蹴破り、錆びた金属階段を駆け上がる。

一段一段が、足に鈍い衝撃を響かせ、息が荒くなる。


屋上に出ると、眠らない街のネオンが眼下に広がった。

神野は隣のビルの端で一瞬だけ姿を見せ、躊躇なく次の建物へと跳躍する。

体の重心移動、着地の角度——間違いなく、レンジャーの動きだ。


——神野は跳躍の着地と同時に、ポケットから銀色の球体を取り出し、安全ピンを抜いて背後へと投げた。

強烈な閃光と、鼓膜を突き破るような高音。スタングレネード。

PMC時代の記憶が脳裏をよぎる。爆風、砂埃、倒れる人影。

彼はその残像を振り切るように、さらに奥の屋上へと消えていった。


武田は視界を焼かれ、咄嗟に体を伏せる。

激しい耳鳴りの中、インカムが再びノイズ混じりの声を拾った。

「……位置ロスト。でも、次は読めます」

ひかりの声は、変わらず落ち着き、むしろ鋭さを増していた。

「カーディナルは必ず、出口と逃げ道をセットで選びます。このパターンだと、あと一手で5k——パーフェクトスコアが完成する」


武田は立ち上がり、屋上の縁から夜の街を見下ろした。

ビル群のどこかで、あの幽霊はまだ息をしている。

「……分かった。次で、決める」

その声は、彼自身に言い聞かせる誓いだった。

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