◆第四章 嘲笑うモールス信号
特命チームの作戦室に、低い電子音が響いた。
端末の一台が新着通知を弾き、当直の刑事が鋭く顔を上げる。
「来ました——《alt2600》です」
大型モニターに、匿名掲示板の黒い背景と白い文字が浮かび上がった。
投稿者名は《Cardinal》。
本文は、いつものように短い詩。
白き円舞は凍てつき、朱き瞳は天を睨む。
獣の顎は水を吐かず、骨は冷たい砂に眠る。
そして、一枚の写真。夜間照明に照らされた、だだっ広い公園。中央には滑り台と、色褪せたブランコが見える。
「……ひかり」
武田の短い呼びかけに応え、彼女はすでにノートPCの画面にその写真を映し出していた。
「公園は特定できる。この滑り台の設計、70年代に流行した前川國男のデザインライン。砂場の縁石の丸み、都立公園の規格と一致。そして…」
彼女は画面の隅を拡大する。
「…この街灯。傘の形が特徴的。LEDじゃなく、まだ水銀灯を使ってる。この三つの条件が揃うのは、都内に四ヶ所」
ひかりは息もつかずに地図を操作し、次々と候補を消していく。
「……ここ。練馬区、光が丘公園。間違いない」
現場に到着したとき、冬の朝の空気は張りつめ、鼻の奥に金属のような匂いを残した。
ひかりが特定した、公園の北東角。砂場と滑り台、色褪せたブランコが、弱い朝日を浴びて白く浮かび上がっている。
遠くの国道からはトラックの低いエンジン音。他は何も聞こえない。
「係長!」
若手刑事の声が、静寂を破った。
ブランコの下。鎖が一本、不自然に地面に垂れている。
そして、その鎖が繋がっていたはずの座席部分に、一人の男がまるでオブジェのように座らされていた。
被害者は、高名な大学教授だった。メディアにも頻繁に登場し、政府の政策を痛烈に批判することで知られていた論客。
その男が、ギリシャ神話のプロメテウスのように、ブランコの支柱に鎖で磔にされていた。
喉は鋭い刃物で一文字に切り裂かれ、胸には、鷲に啄まれたかのような、深く抉られた傷跡。そこから流れた血が、地面の砂に黒い染みを作っていた。
「……また神話か」
武田は低く吐き捨て、視線を彷徨わせる。
ひかりが、被害者の足元を指差した。
「武田さん、これ」
砂場の中央に、小さな金属プレートが半分埋まっている。
表面には無数の微細な穴。以前見たものと同じ、次のヒントだ。
本部のモニターにプレートの解析データが映し出され、ひかりの声が作戦室に響いた。
「……地図だ。今度は円形、それも中心に×印が打たれてる」
「場所は?」
「まだ特定できない。東京には円形の広場や公園が多い。でも、この『半径50メートル』という円の規格はかなり珍しい」
彼女は高速でキーボードを叩き、データベースと照合して候補を絞っていく。
「……二箇所。本命は、そのどちらか」
武田は深く息を吐き、ホワイトボードに貼られた被害者の顔写真を見た。その目は、もう何も語らない。
「両方押さえる。——今度こそ、先回りするぞ」