◆第二章 4,995点の才能
特命チームの作戦室に低い電子音が響いた。
端末の一台が新着通知を弾き、当直の刑事が顔を上げる。
「来ました——alt2600です」
大型モニターに、匿名掲示板の黒い背景と白い文字が浮かび上がる。
投稿者名は《Cardinal》。
本文はたった一行。
「影は垂直、赤い息の下で」
そして、添付された動画ファイル。再生時間、わずか八秒。
武田は腕を組み、黙って再生を見守った。
夜間照明に照らされた白い壁。片側だけが鈍い赤に染まっている。
カメラは低い位置から壁をなぞり、地面の金属をかすめる。
四秒目、画面の端を影が横切り、長く垂直に伸びる。
直後に映像は途切れた。
「……短すぎるな」
「わざとだよ」背後から声がした。
振り返ると、ひかりが手にノートPCを抱えて立っていた。
「こういう短尺は、解析を難しくするための常套手段」
彼女は机にPCを置くと、外付けマウスを差し込んだ。
「貸して、これ」
武田は席を譲り、彼女の手元を覗き込む。
「まず、光源ね」
動画を0.25倍速に落とし、彼女はフレームを一枚ずつ送る。
「この色温度は高圧ナトリウム灯。オレンジが強いから、壁の赤が不自然に濃く見えてる」
「色温度?」
「光の色の傾向。電球色とか昼光色って聞いたことあるでしょ。
ナトリウム灯は古い街灯によく使われるけど、新規設置は少ないから、候補地が減る」
次に、四秒目の影を静止させ、拡大。
「影が垂直に伸びてる。街灯との距離が近い証拠。これと光の落ち方から、灯具の高さは……八メートル前後」
「そんなの、どうやって分かるんだ」
「ジオゲッサーじゃ基本。影の角度は地球上の座標と時刻で決まるから、計算できる」
武田は「ふーん」と曖昧な相槌を打った。
再び動画を戻し、地面の金属部分を静止。
「これ、消火栓の筐体。旧型でボルトが上下非対称なの、分かる?」
「いや全然」
「……まあいいや。このタイプは都内に二十基くらいしか残ってない」
彼女は別ウィンドウで地図を開き、ストリートビューを呼び出す。
画面には消火栓の設置場所がピンで打たれていく。
「で、この白い壁のタイル。縦目地が広いのは施工初期のまま。補修してないから四十年以上経ってる」
ピンが絞られ、地図が一気に台東区の一角に寄った。
「……旧映画館の裏通り。ここで確定」
「確率は?」
「4,995。満点じゃないけど、ほぼ間違いない」
「満点?」
「5,000点がパーフェクトスコア。ジオゲッサーだと5kって呼ぶ。あと5点は、多分影の歪みのせい」
武田はため息をつき、無線を手に取った。
「機動部隊、台東区に展開——」
現場に着いたとき、路地は静まり返っていた。
赤い街灯が湿ったアスファルトを照らし、奥は袋小路。
隊員が散開し、武田が指示を飛ばす。
その瞬間、奥で閃光。
武田は咄嗟に顔を背ける。「目線を下げろ!」
光が収まると同時に、影が壁際を走る。
その手には鉄パイプ——両端を鋭く削り、先端が鈍く光っていた。
隊員が一人、呻き声をあげて倒れる。
武田が駆け寄ると、腕から赤黒いものがにじんでいた。
「追うな! 罠の可能性がある!」
犯人は夜に消え、残されたのは消火栓の横の黒い布袋。
中には拳大の金属片。
ひかりは現場で袋を覗き込み、スマホに接続した。
「……これ、地図だね」
金属面の微細な穴をスキャンすると、点群が三次元の台形を描いた。
「古地図の水門の比率と一致。今は児童公園。影の長さから、犯行時刻は午前4時」
武田は低く呟いた。「夜明け前か……」
ひかりの口元がわずかに上がる。「包囲は難しい、だから面白い」