表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

第8話:『悪役令嬢、調査を開始する』

 屋上に残されたのは、夕焼けの残光と、エルヴィーナ=シュヴァルツの冷たい笑みだけだった。


 謎の男が消え去った後も、エルヴィーナの心に、敗北の影は微塵もなかった。むしろ、彼女の魔力を弾き返した『領域』という未知の力は、彼女の征服欲を、かつてないほどに刺激していた。


 「逃げ足だけは速いようね、臆病な鼠が。だが、いずれ貴様らは、このエルヴィーナ=シュヴァルツの掌で踊ることになるわ」


 エルヴィーナは、小さく呟いた。その瞳は、獲物を追い詰める捕食者のように、鋭い光を宿している。


 隣に立つ南雲まどかは、まだ顔色を失っていたが、エルヴィーナの言葉を聞くと、微かに震えながらも、その瞳に、エルヴィーナへの絶対的な信頼を宿らせた。


 「南雲まどか。貴女のその瞳は、この世界の真実を映し出す。ならば、その力を、私のために使いなさい」


 エルヴィーナは、まどかの肩を抱き寄せた。まどかの身体が、びくりと震える。


 「貴女は、あの男の『領域』を見たわね。その『領域』の法則、構造、そして、その根源。全てを、貴女の絵で、私に示しなさい」


 エルヴィーナの言葉に、まどかは驚いたように顔を上げた。自分の絵が、そんなものまで描けるのかと、戸惑っているようだった。


 「愚かな。貴女の才能は、この世界の裏側を視覚化する力。ならば、あの男の『領域』も、貴女の目には、何らかの形で映っているはずよ。さあ、描きなさい。貴女の描く絵が、私の『断罪』を、より確実なものにするわ」


 エルヴィーナの言葉は、まどかに抗うことを許さない、絶対的な命令だった。まどかは、エルヴィーナの瞳に吸い込まれるように見つめ返した後、小さく頷いた。


 その日の夜から、エルヴィーナとまどかの「調査」が始まった。


 エルヴィーナは、まどかに、あの男の『領域』を視覚化し、絵に描くよう命じた。まどかは、震える手でスケッチブックを開き、エルヴィーナの言葉に従って、あの時の光景を思い出しながら、ペンを走らせる。


 最初は、漠然とした、掴みどころのない線ばかりだった。しかし、エルヴィーナが「もっと深く」「もっと細かく」と指示を出すたびに、まどかの絵は、徐々に具体的な形を帯びていった。


 それは、まるで幾何学模様のような、しかし、どこか有機的な構造を持つ、複雑な結界の図だった。その中心には、男の姿が描かれ、周囲には、この世界の物理法則とは異なる、奇妙なエネルギーの流れが表現されていた。


 「なるほど……これは、異世界の魔法とは異なる、この世界独自の『ことわり』で構築されたもの、というわけね」


 エルヴィーナは、まどかの描いた絵を、冷徹な瞳で見つめていた。99回の転生で培った、あらゆる知識と経験が、この絵から得られる情報を、瞬時に解析していく。


 「この『領域』は、魔力そのものを無効化するのではなく、魔力の『干渉』を阻害している。つまり、この世界の『理』に反する力を、強制的に排除している、というわけね」


 エルヴィーナは、男の『領域』の仕組みを、徐々に理解し始めていた。それは、彼女の魔力を直接破壊するのではなく、その「作用」を打ち消す、巧妙な結界だった。


 「愚かな。そんな小細工で、このエルヴィーナ=シュヴァルツの力を、永遠に封じ込められるとでも思ったかしら」


 エルヴィーナは、不敵に笑った。彼女の脳裏には、すでに、この『領域』を突破するための、いくつかの仮説が浮かび上がっていた。


 「南雲まどか。貴女の才能は、やはり、私の『断罪』に不可欠なものだったわ。この世界の醜い真実を暴き、私の足元にひれ伏させるために、貴女は、もっとその力を研ぎ澄ませなければならない」


 エルヴィーナは、まどかの頭を撫でた。まどかは、その手の感触に、微かに頬を染めながらも、エルヴィーナの言葉に、力強く頷いた。


 翌日。


 エルヴィーナは、まどかの描いた絵を手に、学園の図書館へと向かった。彼女の目的は、この世界の「超常組織」に関する情報を集めることだった。


 「この世界の歴史、文化、そして、隠された真実。全てを、私の知識として吸収してあげるわ」


 エルヴィーナは、図書館の書物を次々と手に取り、その膨大な情報を、瞬時に脳内に取り込んでいく。彼女の学習能力は、99回の転生で、常人では考えられないほどに研ぎ澄まされていた。


 その日の夕方、エルヴィーナは、まどかを連れて、東京の夜景を一望できる高層ビルの屋上へと来ていた。


 「この世界の『超常組織』は、歴史の裏で暗躍し、この世界の『秩序』を維持しているようね。そして、彼らは、貴女のような『才能』を持つ者を『保護』し、私のような『異物』を『排除』しようとしている」


 エルヴィーナは、眼下に広がる光の海を見下ろしながら、冷たく告げた。


 「だが、愚かな。このエルヴィーナ=シュヴァルツが、誰かの都合の良いように操られるなど、ありえないわ」


 エルヴィーナは、まどかの手を強く握った。まどかの瞳が、エルヴィーナの深紅の瞳を捉える。


 「南雲まどか。貴女は、私の傍で、この世界の真実を暴きなさい。そして、私は、その真実を以て、この愚かな世界を、根底から断罪してあげるわ」


 エルヴィーナの言葉は、東京の夜空に響き渡り、彼女の新たな「秩序」の確立に向けた、静かなる宣戦布告となった。


 最強の悪役令嬢は、現代日本で、その支配の領域を広げ、真の敵へと迫っていく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ