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第7話:『悪役令嬢、秩序を嘲笑する』

屋上を吹き抜ける風が、エルヴィーナ=シュヴァルツの黒髪を揺らした。


 男の『領域』。それは、エルヴィーナの魔力を霧散させる、不可視の壁。99回の転生で、あらゆる魔法や異能を無力化してきた彼女にとって、それは初めての経験であり、同時に、底知れない愉悦をもたらすものだった。


 「なるほど。貴様らの『秩序』とは、このような稚拙な結界のことだったのね」


 エルヴィーナは、冷笑を浮かべた。その瞳は、怒りよりも、むしろ獲物を見定めたかのような、鋭い光を宿している。


 男は、表情一つ変えず、静かにエルヴィーナを見つめ返した。


 「我々の『領域』は、この世界の安定を保つためのものです。貴方のような『異物』が、無秩序に力を振るうことは、決して許されません」


 「無秩序? 戯言を。このエルヴィーナ=シュヴァルツの行動こそが、この世界の新たな秩序となるのよ。貴様らの築き上げた偽りの安定など、塵芥に等しいわ」


 エルヴィーナは、再び手を翳した。今度は、漆黒の魔力を一点に集中させ、掌に、まるで小さなブラックホールのような渦を生成する。それは、周囲の光を吸い込み、空間そのものを歪ませるほどの、恐るべき力だった。


 「ならば、この『秩序』とやらを、力ずくでねじ伏せてあげるわ。『終焉の黒炎アビス・フレイム』が通じぬのならば、今度は『虚無のヴォイド・スパイラル』で、貴様らの存在そのものを消し去ってあげましょう」


 エルヴィーナは、その渦を、男に向けて放った。


 漆黒の渦は、轟音を立てて男に迫る。男は、依然として動かない。渦が男の身体を飲み込もうとしたその瞬間、男の周囲の『領域』が、さらに強く輝いた。


 キィィィィン!


 耳鳴りのような高音が響き渡り、渦は、男に触れることなく、まるでガラスにぶつかったかのように砕け散った。


 「……やはり、通じない、と」


 エルヴィーナは、小さく呟いた。しかし、その顔に、焦りの色は一切ない。むしろ、好奇心と、そして、征服欲が、その瞳の奥で燃え盛っていた。


 「貴方の力は、確かに驚異的です。しかし、我々の『領域』は、貴方の魔力とは異なる法則で構築されている。貴方は、我々を倒すことはできません」


 男は、淡々と告げた。その言葉は、エルヴィーナの力を認めつつも、決して屈しないという、強い意志を感じさせた。


 「倒せない? 愚かな。このエルヴィーナ=シュヴァルツに、不可能など存在しないわ。貴様らの『領域』とやらも、いずれは私の掌に落ちる。その時こそ、貴様らは、真の絶望を知ることになるでしょう」


 エルヴィーナは、不敵に笑った。その笑みは、まるで未来を予見しているかのようだった。


 男は、エルヴィーナの言葉に、わずかに眉を動かしたが、すぐに元の無表情に戻った。


 「我々は、貴方を『保護』することを諦めません。貴方の力は、この世界の未来にとって、あまりにも危険すぎる」


 「危険? 面白いわね。この世界を、貴様らの都合の良いように操ることが、貴様らの『保護』とやらなのでしょう? だが、それは、このエルヴィーナ=シュヴァルツが最も嫌悪する『束縛』よ」


 エルヴィーナは、まどかの手を強く握った。まどかは、エルヴィーナの背中に隠れるように身を寄せ、その瞳は、男とエルヴィーナの間に漂う、見えない緊張を敏感に感じ取っていた。


 「南雲まどか。貴女のその瞳は、この世界の真実を映し出す。そして、私の『断罪』を、より確実なものにするための、最高の武器となるわ」


 エルヴィーナは、まどかの顔を覗き込んだ。まどかの瞳に、エルヴィーナへの絶対的な信頼と、そして、自らの存在がエルヴィーナの役に立つことへの、微かな喜びが灯る。


 「貴様ら『超常組織』とやら。貴様らの『秩序』とやらも、いずれは私の足元にひれ伏すことになるでしょう。その時、貴様らは、己の愚かさを、心ゆくまで後悔するがいい」


 エルヴィーナは、男に宣戦布告するように言い放った。


 「では、失礼します。次の再会を、楽しみにしていますよ、エルヴィーナ=シュヴァルツ」


 男は、そう言い残すと、その場から、まるで幻のように消え去った。


 静寂が戻った屋上で、エルヴィーナは、男が消えた空間を見つめていた。その瞳には、敗北の影など微塵もなく、ただ、新たな戦いへの高揚が満ちている。


 「ふふ……逃げ足だけは速いようね、臆病な鼠が」


 エルヴィーナは、小さく笑った。


 「南雲まどか。貴女は、私の傍で、この世界の真実を暴きなさい。そして、私は、その真実を以て、この愚かな世界を、根底から断罪してあげるわ」


 エルヴィーナは、まどかの肩を抱き寄せた。夕焼けの光が、二人の影を長く伸ばす。


 最強の悪役令嬢は、現代日本で、自らの「秩序」を確立するため、本格的な行動を開始する。そして、その隣には、彼女の「獲物」である少女が、運命を共にすることを決意したかのように、静かに寄り添っていた。

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