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第4話:『悪役令嬢、領域を侵す者』

 南雲まどかは、エルヴィーナ=シュヴァルツの「所有物」となった。


 表向き、二人の関係は、学園のクラスメイト、それも「圧倒的な存在感を放つ転校生」と「その転校生に怯えつつも従う少女」という構図でしかなかった。しかし、エルヴィーナの視点から見れば、まどかは、彼女の退屈な日常に、微かな色彩を与える「獲物」であり、同時に、悪役令嬢たる自分の「領域」を象徴する存在だった。


 「南雲まどか、貴女は、私の傍で、私の命令に従っていればいいのよ。それ以外の選択肢など、貴女には与えない」


 放課後、人通りの少ない廊下で、エルヴィーナはまどかにそう告げた。まどかは、顔を赤らめ、俯いたまま小さく頷く。その反応に、エルヴィーナは満足げな笑みを浮かべた。


 (この脆い世界で、唯一、私の気を引く存在。決して、誰にも奪わせはしない)


 エルヴィーナは、まどかの変化を観察する日々を送っていた。以前は、常に怯え、周囲の顔色を窺っていたまどかの瞳に、微かながらも「エルヴィーナ」という光が宿り始めたことを、彼女は確かに感じ取っていた。それは、支配欲を満たす、悪役令嬢にとっての至上の喜びだった。


 だが、その平穏は、長くは続かなかった。


 その日の午後、美術室から、不穏な魔力の波動が放たれているのを、エルヴィーナは感知した。以前の書庫の異形よりも、はるかに強く、そして、狡猾な気配。


 (なるほど。低級な虫けらを送り込んだ後、本命を送り込んできたというわけね。愚かな)


 エルヴィーナは、美術室へと向かった。廊下には、美術部の生徒たちが数人、顔色を失って立ち尽くしている。彼らの視線の先には、半開きの美術室の扉。


 「何があったの」


 エルヴィーナが冷たく問うと、一人の女子生徒が震える声で答えた。


 「南雲さんが……南雲さんが、美術室に……変なものがいて……」


 エルヴィーナの瞳が、鋭く光る。


 (私の獲物に、手を出した、とでも言うつもりかしら?)


 彼女は、美術室の扉を蹴破った。


 室内は、異様な光景が広がっていた。イーゼルは倒れ、絵の具が飛び散り、まるで嵐が通り過ぎたかのようだった。そして、部屋の中央には、まどかが、恐怖で顔を歪ませ、壁際にへたり込んでいる。


 まどかの目の前には、絵画から抜け出してきたかのような、奇妙な存在がいた。それは、色彩が混じり合ったような不定形な塊で、いくつもの手が伸び、まどかに迫ろうとしている。以前の異形とは異なり、知性を感じさせる動きだった。


 「キヒヒヒヒ……その娘の『才能』、我らが糧とさせてもらうぞ」


 異形が、耳障りな声を響かせた。


 「愚かな。このエルヴィーナ=シュヴァルツの領域を侵すなど、死を望むに等しいわ」


 エルヴィーナは、一歩踏み出した。彼女の身体から放たれる漆黒の魔力が、美術室の空気を震わせ、異形の動きを鈍らせる。


 「貴様のような、絵の具の残骸が、私の獲物に手を出そうなどと、身の程を知りなさい。その醜い芸術は、私の魔力で、消し去ってあげるわ」


 エルヴィーナは、両手を掲げた。掌から、無数の漆黒の棘が、まるで意思を持つかのように飛び出す。それは、異形を取り囲み、逃げ場を奪った。


 「――『断罪のペイン・ソーン』」


 エルヴィーナの言葉と共に、漆黒の棘が、異形の身体に突き刺さった。


 異形は、奇声を上げ、もがき苦しむ。その身体から、絵の具のような液体が飛び散り、壁や床を汚していく。だが、棘は容赦なく異形を貫き、その存在を内側から破壊していく。


 「グギャアアアアアアアアアアアア!」


 断末魔の叫びが、美術室に響き渡り、やがて、異形は、色彩の飛沫となって霧散した。


 エルヴィーナは、ゆっくりと両手を下ろした。彼女の瞳は、一切の揺らぎなく、その場にへたり込んでいるまどかを見つめる。


 「南雲まどか。貴女は、またしても、私の助けが必要だったようね」


 エルヴィーナは、まどかの前まで歩み寄った。まどかは、エルヴィーナの姿を見て、恐怖と安堵が入り混じった表情を浮かべる。


 「あ……あの……エルヴィーナさん……」


 まどかの震える声に、エルヴィーナは、悪役令嬢らしい、冷たい笑みを浮かべた。


 「貴女は、私のものよ。だから、私が守る。だが、忘れないで。貴女の命は、私の掌の上にあるわ」


 エルヴィーナは、まどかの顎を掴み、無理やり顔を上げさせた。まどかの瞳が、エルヴィーナの深紅の瞳を捉える。


 「この世界には、貴女の才能を狙う、醜い存在が蠢いている。そして、貴女を守れるのは、この私だけ。理解したかしら?」


 まどかは、エルヴィーナの言葉に、ゆっくりと頷いた。その瞳には、恐怖だけでなく、エルヴィーナへの絶対的な信頼と、抗いがたい魅了が宿っていた。


 「よろしい。さあ、立ちなさい。貴女は、私の隣にいるべき存在よ」


 エルヴィーナは、まどかの手を引いて立たせた。まどかの身体は、まだ微かに震えているが、その表情には、以前のような絶望の色はなかった。


 (この世界の裏には、やはり、もっと大きなものが隠されているようね。そして、私の獲物は、その中心にいる)


 エルヴィーナは、美術室の惨状を一瞥し、そして、まどかの手を取った。


 「さあ、行きましょう。この愚かな世界を、私が、断罪してあげるわ」


 最強の悪役令嬢は、現代日本で、その支配の領域を、さらに広げていく。

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