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カルアミルク  作者: GL!TCHTiara
第二章 君はジントニック
9/13

9.最初の応答者

この作品は私たちの楽曲「カルアミルク」(2025年9月以降リリース予定)から生まれた、無数の解釈の一つ。


自分ですら、言葉にできなかった、心の奥のもやもや。

もし、誰かが、それを、まるで自分のことのように、的確な言葉で言い当ててくれたとしたら。

あなたは、どんな気持ちになるでしょう。


それは、驚きでしょうか。それとも、安堵でしょうか。

あるいは、自分の心を、初めて他人に見つけられてしまった、という、

少しの戸惑いかもしれません。


彼女の孤独に、初めて「名前」が与えられた瞬間。

そして、一人の先輩が、彼女の中で、他の誰とも違う、

特別な存在になった、その始まりの瞬間を。

どうか、見届けてください。

 時間が、その粘性を失っていく。

 展示室を支配していた熱気と喧騒が、水底に沈んでいく音のように、その輪郭を失い、遠ざかっていく。 私の世界は急速に収縮し、彼の背中と、彼が見つめる一枚の写真だけが、スポットライトを浴びる、小さな舞台と化していた。

 彼は、動かない。

 ただ、真摯に、私の写真と向き合っている。誰に見せるでもなく、誰に聞かせるでもなく、まるで、そこに写る暗い電話ボックスの中にいる、見えない誰かと、無言の対話でもしているかのように。

 その沈黙は、私にとって、これまでの人生で経験した、どんな雄弁な言葉よりも、意味のあるものに感じられた。彼は、私の孤独の断片を、ただ、そこに「在る」ものとして、受け入れてくれている。その事実だけで、私の胸は、張り裂けそうだった。


 やがて。

 本当に、長い時間が経ったように感じられた後。

 彼の唇が、わずかに動いた。心の底から、ようやく絞り出した、というような、ごく小さな声だった。


「……ただ寂しいだけの写真じゃない」


 その声は、私の存在の核を、直接、指で弾いた。

 彼は、続ける。まるで、自分自身に言い聞かせるように。


「これは、かかってくるはずのない電話を、それでも待ち続けている人間の写真だ。この、どうしようもない孤独の味は、俺にはわかるよ」


 ――彼の言葉が、現像液のように、私の魂に、染み渡っていく。


 違う。そんな、陳腐な比喩ではない。

 それは、もっと静かで、そして、決定的な破壊だった。

 彼の言葉という名の現像液が、私の身体の隅々まで染み渡り、それまでただの真っ黒な感光面でしかなかった私の魂に、初めて、像を結ばせる。

 誰にも、見えなかった。

 いいや、私自身でさえ、そこに何が写っているのか知らなかった、この感情の風景。

 なぜ、雨の夜の、誰もいない公衆電話ボックスに、こんなにも心を惹かれたのか。なぜ、わざとピントを外し、光を滲ませなければならなかったのか。その答えの全てが、彼の、たった数十秒の独白の中に、完璧な形で、存在していた。


 かかってくるはずのない電話を、待ち続ける、孤独。


 そうだ。私は、ずっと、待っていたのだ。この、色のない、意味のない世界で、誰かが、私の魂に、電話をかけてきてくれるのを。そして、その電話が、決して鳴ることはないということも、心のどこかで、ずっと、知っていた。

 この、どうしようもない孤独の味。

 それを、この人は、知っている。私と、同じ味を知っている。


 その瞬間、三上亮という人間は、私の中で、一度、死んだ。

 サークルのOBでも、少し年上の男の人でも、そういう社会的な記号が全て剥がれ落ち、彼は、全く新しい存在として、私の世界に再臨した。


 彼は、救世主でも、理解者でもない。

 もっと、ずっと、根源的な存在だ。


 私という名の、暗く、ざらついた一枚の写真。

その、誰にも届かなかった「不在着信」に、

 初めて、応答してくれた。

 たった一人の、最初の応答者だった。

お付き合いいただき、ありがとうございました。


「不在着信」に、初めて、応答があった。

たった一度、自分の気持ちを、誰よりも正確に言葉にしてもらえた。

その記憶が、忘れられない、大切なお守りになる。

そんな経験は、誰にでもあることなのかもしれません。


――そして、物語は、再び、現在へと戻ります。

あの日の記憶を、大切に胸にしまったまま、彼女は、今、あのバーのカウンターに座っている。


過去に一度だけ通じた、その相手。

もし、その人が、本当に、目の前に現れたとしたら……?


次回、第二章『君はジントニック』 運命のベル(仮)



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