婚約破棄されたので、推しに貢ぐことにしました
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「アメリア・ローゼンベルグ公爵令嬢! 貴様との婚約は、今この場をもって破棄する!」
……あら、そう。どうぞご自由に。
大広間に響き渡るリオ・デヴァント王太子様の宣言に、周囲の貴族たちがざわつく。
舞踏会の真っ最中、しかもこれだけの人前での公開処刑。いかにも"悪役令嬢に制裁を下す"って演出ね。
王太子の隣には、金髪の乙女――エミリア・クロエ嬢。平民出身のヒロインで、舞踏会の人気者。
ああ、これはもうお約束の展開。
きっと今ごろ、観客の誰もが「ざまぁww」とか「アメリアざまぁww」って心の中で盛り上がってるはずよ。
でも――私は違う。
「そうですの。では、これにて失礼いたしますわ」
私はスカートの裾をつまみ、優雅に一礼してから、すたすたと会場を後にした。
泣き崩れる? 土下座する? 冗談じゃないわ。
むしろ私は、笑い出したい気持ちを必死に抑えていたくらいなのだから。
だって。
婚約破棄されたということは、自由になったってことよね?
つまり――推しに貢ぎ放題ってことじゃない!!
◇◇◇
私の"推し"は、王都の外れにある冒険者ギルドに所属するCランク冒険者、ライル・クロフォード。
筋肉質でワイルドな外見に、子犬のような笑顔。おまけに声もいい。ちょっと抜けてるけどそこが愛おしい。
え、知らないですって?
城下町の外れで馬車が魔物に襲われ、絶体絶命だった私たちを救ってくれた通りすがりの彼――モブキャラのライルよ!!
まぁ、転生前に推していたから、ゲームの中でしか会ったことがないのだけどね。
でも、だからリオ王太子との婚約が決まったあの日、私は泣いた。
「この想いは一生、心の中だけにしまっておこう」って。
でも、もう我慢しなくていいのよね?
リオ王太子様、本当にありがとう。心の底から、あなたには感謝していますわ。
さて。さっそく明日から推し活再開といきましょう。
まずは――武器、装備、ポーションの山を持って、ライルのもとへ突撃ですわ!
◇◇◇
「……えっ、これ全部オレに?」
推しに言われたい台詞ランキング第3位、いきなり出ましたわ。
私はライル・クロフォード――Cランク冒険者であり、私の心を射抜いた男の元に、大量の物資を抱えて乗り込んだ。
装備一式、新品の剣、上等なポーション30本。これらは全て、彼のため。
重かったわ。
途中で使用人が泣いたわ。でもいいの。推しのためなら私の筋肉も頑張れる。
「うん。これから冒険するんでしょう? 役に立ててちょうだい」
「え、ええと……お嬢様、って呼んでいいのかわかんないけど、俺みたいなヤツに、なんで……?」
そのキョトン顔。はい、かわいい。保護。
でも事情を話すのはちょっと恥ずかしい。
まさか「婚約破棄されて自由になったから、今まで隠してた推しへの愛を爆発させに来た」なんて言えないわ。
「……気まぐれですわ。ちょっと、贅沢したくなったのよ」
「……っ! わかった。じゃあ、精一杯守るから! 俺の全部、捧げるから!!」
――え?
あれ? なんか……誤解してない?
ちょっと待って、もしや私も一緒に冒険に……!?
「俺、昨日までパーティにも入れてもらえなくて、装備もボロボロで……でも、もう一人じゃないんだな! これからはパーティーメンバーとしてよろしく、お嬢様!」
……うん。いいの。
誤解でも、推しに感謝されてるなら、それはそれで美味しいじゃない。
それにむしろ、私もあなたと人生のパーティを組みたかったところよ。
「それじゃ、明日のクエスト。私もついて行っていいかしら?」
「えっ……ま、マジで!?」
「マジですわ♪」
◇◇◇
「敵、きたーっ!! って、わっ、でかっ! アメリアさん、下がって!」
「えぇっ、ちょっと!? 聞いてないんですけど!?」
はい。現在、私は森の中で巨大なイノシシと対峙しています。
推し・ライルの後ろに隠れてます。彼は剣を構えて前に立ち、私は後ろで震えながら"推しの背中"を拝んでます。
あぁ……いいわねこの肩幅。背筋。勇ましい声……最高。
「いくぞっ!」
――ズバッ!
一閃。イノシシは倒れ、推しは勝ち、私は手を叩いて大歓声。
「すごいわ! ライル、すごい!」
「へへっ、かっこよかった?」
「えぇ、もちろん! あの一撃、まさに芸術! さすが私の推し!」
「……推し?」
「あっ……」
やってしまいました。
心の声を、口に出してしまいました。
「お、おし……って、どういう意味?」
「え、えっと……尊敬してるって意味よ! わたくし、貴方を心から尊敬しておりますの!」
「そっか……ふふっ、そんなふうに言われたの、初めてだ」
なんか……ほっこりした笑顔されたんですけど!?
その無自覚天然っぷり、推せる。超推せる。
その後も小さな魔物とちょっとしたトラブルはあったけれど、推しと一緒なら何でもイベントに感じる不思議。
私は戦えないけど、荷物を運んだりポーションを渡したり、やれることはちゃんとやった。
「アメリアさん、今日は本当にありがとう。すごく助かったよ」
「こちらこそ。あなたと一緒にいられて、とっても楽しかったわ」
婚約破棄ありがたいわっ……!! リオ王太子様にはつくづく感謝ね!
◇◇◇
「"金の姫君"、また冒険者支援に現る――だって! あははっ、見て見てライル!」
「な、なにそれ!? 姫君って、アメリアさんのこと!?」
「まあ、そうでしょうね。というか間違いなく私ですわ」
はい。どうやら、私……ちょっとバズってしまったようです。
きっかけは、昨日のイノシシ討伐。あれを見ていた通行人がいて、その人がSNS――あっ違う、魔法通信板に投稿したらしいの。
"謎の令嬢が装備や支援を惜しみなく投げまくり、若手冒険者を救っていた"って。
すると、そこからは早かった。
「まさかあれ、ローゼンベルグ家のアメリア嬢では!?」「あの悪役令嬢が!?」「最近の冒険者界、姫パトロンつき多くない!?」
――と、謎の愛称"金の姫君"が誕生したのでした。
「いや、すごいよアメリアさん! 俺のパーティにも新人志望が殺到しててさ! 姫君のご加護があるって!」
「えっ、それって私の推し活が信仰化されてるのでは!?」
さすが異世界、すぐ宗教になる。
でもまあ、誤解でも感謝されてるなら嬉しいし、何よりライルが笑ってくれてるなら何でもいい。
あと"姫君"って呼び方、ちょっと気に入ってるのは秘密。
「それでね、明日なんだけど――」
「え、もしかしてまた一緒に?」
「もちろんですわ♡」
というわけで、明日も推し活出撃決定。
少しずつだけど、ライルとの距離も縮まってきた気がする。
――けれど、この日。思いもよらない人が、私の前に現れた。
「……アメリア」
その声は――婚約を破棄した元・婚約者のリオ王太子だった。
◇◇◇
「……アメリア」
その声に振り向けば、そこには私の元婚約者――リオ王太子が、不自然なほど真面目な顔で立っていた。
「……! リオ王太子様……ご用件がございましたら、手短にお願いしますわ」
数ヶ月ぶりに見る顔だけれど、心はまったく動かなかった。
婚約者だったという事実さえ、今では他人事のように思える。
「君に伝えたいことがある。 ……あの時、ちゃんと向き合えなかったことを後悔してる。もう一度――」
「結構ですわ」
ぴしゃりと遮った私の声に、周囲の空気が少し張りつめた。
「私たちは形だけの婚約関係でした。あなたの本心も、私の関心も、最初から別のところにあった。今さら言葉を尽くされても、私には何も響きません」
私は一歩後ろに下がって、ライルの隣に立った。
「今の私は、自分で選んだ人と生きています。だから王太子様、これ以上私の時間を奪わないでください」
リオの顔がわずかに引きつったが、私は気にしなかった。
むしろ、ずっと感じていた違和感が霧のように晴れていくのを感じていた。
「おい、お前!」
と、唐突にライルの怒声が響いた。
「アメリアはもう俺の"推し"だ! お前なんかに、もう一度引き戻させるなんてさせない!」
無駄に気合の入ったライルの言葉に、リオが目を瞬かせた。
「き、君は何を言って……」
「推しの自由は、俺が全力で守るって決めてんだよ! 王子だかなんだか知らねえけど、アメリアを困らせたら許さねえ!」
ライルは、無邪気に笑いながらリオに歩み寄る。
その瞬間、周りにいた人たちが一斉に「おおっ」とざわめいた。
どうやらライルのイケメン力が炸裂したようだ。ついでに私も、心の中で一票。
「アメリアは俺が守るから、心配すんな。……それに、もう一つ言っておくけど」
「な、なんだ……!」
「俺、アメリアの"推し活動"が本気になったんだ。だから――これからも、ずっと一緒にいるつもりだよ」
――その言葉に、私は胸がいっぱいになった。
推し活がこんなにも幸せだなんて思ってなかった。
「ライル……」
「アメリア、好きだ」
私はもう、誰かに振り回される人生なんていらない。
自分で選んだ、自分のための人生を歩くと決めたから。
そしてその隣には、最高の推しがいる…………。
というわけで、リオ王太子さま? もう邪魔はしないでくださる?
これからが本番なのよ――私の推し活。
「これからも俺と一緒に、冒険しよう」
「――はい、喜んで♡」
――完――
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