邪眼
第1節:森への旅路
「マジでこの森、アニメみたいじゃない?」
ノホホ村を出発して半日、四人の勇者たちは北の大森林へと続く道を進んでいた。リンは周囲の景色を熱心に眺め、あらゆるものに興奮していた。
「樹高MAX!緑の濃さSSR級!これぞファンタジー世界のデフォルトマップ!」
「うるさいのう…」
アイリスは杖を突きながら、ゆっくりと歩いていた。
「わしの若かりし頃は、山道を歩くのも苦にならなんだが…この若い体でもやはり疲れるものじゃのう」
「休憩する?」レオは心配そうに尋ねた。
「もう結構歩いたし」
「筋肉に休息は必要だ!」
ベラが元気よく宣言した。彼女の周りには小さな森の精霊たちが飛び回っていた。
「筋肉は壊して休ませて、また強くなる!それが鉄則だよ!」
彼女の言葉とは裏腹に、その華奢な体は既に汗でびっしょりだった。
一行は森の入り口近くの小さな空き地で休憩することにした。レオは火を起こし、アイリスは魔法で水を浄化し、ベラは森の動物たちの助けを借りて食べられる木の実を集めた。リンは…興奮して周りをうろうろしていた。
「ねえねえ、レオ!」
リンが急にレオの顔を覗き込んだ。
「マジで前世の記憶ないの?嘘でしょ?」
「ないよ」レオは正直に答えた。
「みんなが言う『前世』とか『地球』とか、僕には分からない」
「激レアじゃん!」
リンの目が輝いた。
「主人公補正MAX!でも…」
彼女は急に真剣な顔になった。
「でも、あなたの目、時々変わるよね。何か見えてる?」
レオは驚いた。他の二人も会話を聞いて近づいてきた。
「何も…」
レオは言いかけたが、その時、右目に鋭い痛みが走った。
「うっ…」
彼は目を押さえた。目を閉じても、奇妙な景色が見えた。それは彼らがいる空き地だったが、少し未来の光景のようだった。リンが驚いた顔で後ろを向き、木の陰から何かが飛んでくる…
「みんな、伏せて!」
レオの叫びと同時に、彼は本能的にリンを引っ張って地面に倒れ込んだ。次の瞬間、彼らがいた場所を大きな矢が通り過ぎた。
「敵襲か!」
アイリスは杖を構えた。
「わしの長年の冒険小説執筆経験が言っておる…これは伏兵じゃ!」
「筋肉を見せるときがきたぞ!」
ベラは小さな体で勇ましく叫んだ。
森の茂みから、巨大なイノシシのような魔物が飛び出してきた。その背には緑色の肌をした小柄な人型生物—ゴブリンが乗っていた。
「ゴブリン騎兵だ!まさにファンタジー世界の雑魚敵!」
リンは興奮しながらも、素早く剣を抜いた。
第2節:初めての戦い
「みんな、初戦だけど頑張ろう!」
レオは棒切れを拾い上げ、武器らしきものを手にした。
「このリン様にかかれば、こんなの雑魚よ!」
リンは得意げに剣を振りかざした。
「前世でファンタジーゲームを千本以上クリアした力、見せてやる!」
リンが勢いよく駆け出したが、予想外に重い鎧のせいでバランスを崩し、つまずいて転んでしまった。
「あれ?あれれ?」
彼女は混乱して叫んだ。
「なんで動けないの!?前世の経験が役に立たない!?」
「たわけ!」
アイリスが呆れた声を上げた。
「前世の経験と今世の肉体は別物じゃ!若造が!」
アイリスは杖を掲げ、詠唱を始めた。
「わしの70年の知恵と想像力よ…火よ、現れよ!ファイアボール!」
杖の先から小さな火の玉が飛び出したが、それはすぐに消えてゴブリンの顔を軽く焦がしただけだった。
「むむ…魔力の制御がまだ完璧ではないようじゃな」
アイリスは眉をひそめた。
「筋肉パワー全開!」
ベラは小さなこぶしを固め、ゴブリンに向かって突進した。しかし、彼女の非力な体は全く威力がなく、ゴブリンに軽くはじき飛ばされてしまった。
「なんで!?前世では100キロのバーベルも軽々持ち上げたのに!」
ベラは悔しそうに叫んだ。
四人の勇者たちは、思いのほか戦闘経験がなく、前世の知識や記憶だけでは実践で使えないことに直面していた。
ゴブリン騎兵が再び襲いかかってきた。レオは咄嗟に身を翻し、危うく攻撃を避けた。
「どうしよう…」
レオは焦った。彼には前世の知識も特別な力もない…そう思っていた。
その時、再び右目に熱いような感覚が走った。視界が一瞬歪み、ゴブリンの動きが見えた—数秒後の未来の動きが。
「リン、右から来るよ!アイリスさん、小さい火球でも目に当てれば効く!ベラ、あなたの強みは動物と話せることだよ!」
レオの指示に、三人は驚いた顔をした。しかし、言われた通りに動いてみると—
リンは右からの攻撃を予測して避け、アイリスの小さな火球はゴブリンの目に命中した。ベラは意を決して大声で叫んだ。
「森の動物たち、お願い!私たちを助けて!」
すると、森からリスやウサギ、小鳥たちが現れ、ゴブリンを驚かせた。イノシシは混乱し、騎手を振り落とした。
「今だ!」
レオは棒を振り上げ、転倒したゴブリンに思い切り打ちつけた。
ゴブリンは悲鳴を上げて森の中へ逃げ出した。イノシシも慌てて茂みに消えた。
「や、やった…」
レオは息を切らしながら言った。右目の熱さは消え、通常の視界に戻っていた。
「マジすごくない?」
リンは興奮して飛び跳ねた。
「レオ、超予知能力者じゃん!主人公補正キタコレ!」
「どうやって敵の動きが分かったのじゃ?」
アイリスが鋭く尋ねた。
「わからない…」
レオは正直に答えた。
「右目がおかしくなって、ちょっとだけ未来が見えたような…」
「それって筋肉を超える能力かも!」
ベラは目を輝かせた。彼女の周りには助けてくれた小動物たちが集まっていた。
「私は動物と話せるけど、レオは未来が見える!チートじゃん!」
レオは疲れを感じながらも、新たな発見に戸惑っていた。これが彼の中に眠る力なのだろうか?
第3節:キャンプと真実
その日の夕暮れ、四人は安全な場所にキャンプを設営した。小さな火を囲み、それぞれが持参した食料を分け合った。
「レオ、その目のこと、もっと教えてよ」
リンは好奇心いっぱいの表情で尋ねた。
「マジ主人公の隠された力って感じじゃん!」
「本当に分からないんだ」
レオは火を見つめながら答えた。
「今日まで、こんなことは一度もなかった」
「ふむ…」
アイリスは考え込むように顎に手を当てた。
「わしの書いた小説『封印された邪眼の勇者』にも似たような設定があったのう…主人公は自分の力に気づかず育ち、危機の時に覚醒するという…」
「それって筋肉と同じだよ!」
ベラが食べ物を頬張りながら言った。
「筋肉も鍛えないと眠ったまま!でも、使えば使うほど強くなる!」
レオはオルガから貰った小さな箱を取り出した。
「これを開けるときが来たのかな…」
四人は緊張した面持ちで箱を見つめた。レオがゆっくりと蓋を開けると、中には古い羊皮紙と小さな青い石があった。
「なになに?攻略アイテム出現!?」
リンが覗き込んだ。
レオは羊皮紙を広げた。そこには古代文字と現代語の翻訳が書かれていた。
『邪眼の持ち主へ—
あなたの右目に宿るのは時を視る力
過去を忘れし代償として未来を垣間見る
力は成長し、やがて時を超えるだろう
記憶は封印されているが、魂の絆は消えぬ
青き石は邪眼の力を守り、制御する
信じる者と共に進め—』
「邪眼…」
レオはつぶやいた。
「僕も転生者なのか…?でも、なぜ記憶がないんだろう」
「激アツ展開キタコレ!」
リンは興奮して叫んだ。
「隠された過去を持つ主人公って王道すぎ!」
「うむ、記憶を代償に特殊な力を得たということじゃな」
アイリスは賢者のように頷いた。
「わしの長い経験からすると、大きな力には大きな代償がつきものじゃ」
「記憶は筋肉じゃないから失っても大丈夫!」
ベラは力強く言った。
「今から新しい記憶と筋肉を作ればいいんだよ!」
レオは青い石を手に取った。それは彼の右目に反応するように、微かに光を放った。
「これを持っていれば、力をコントロールできるのかな」
「うむ、賢明な判断じゃ」
アイリスは頷いた。
「力の制御なくして真の強さなし…わしの前世の知恵が言っておる」
その夜、レオは初めて自分自身の謎について考えた。彼も転生者だったのか。前世の記憶を失う代わりに、未来を見る「邪眼」を手に入れたのか。そして、彼が記憶を失った本当の理由とは…?
第4節:古代神殿への道
翌朝、一行は再び北へと向かった。今日の目的地は、地図に記された古代神殿だった。
「この青い石、ペンダントにしたよ」
レオは首にかけた青い石を見せた。
「昨夜から右目の調子がいい」
「スターターアイテムGET!」
リンは親指を立てた。
「これでチュートリアルクリアだね!」
「良い感じの魔力を感じるのう」
アイリスは石を眺めて言った。
「わしの魔法の知識では、これは制御と保護の両方の力を持つ石じゃ」
「筋肉アクセサリーみたいなもんだね!」
ベラは自分の腕輪を見せた。これは彼女が動物と交流するのを助ける道具だった。
彼らが深い森の中を進むにつれ、周囲の雰囲気が変わってきた。木々はより古く、苔むしていた。時折、石の彫刻や崩れた柱が見えるようになった。
「古代文明の痕跡だ!」
リンが興奮して言った。
「超ロマンあるじゃん!」
「わしの目から見ても、千年以上前の文明の遺跡じゃな」
アイリスは杖で苔むした石碑を指した。
「この文字は古代リノア語…わしの前世では研究していたのう」
「動物たちが言うには、この先に何か大きなものがあるって」
ベラは小鳥と会話した後、告げた。
彼らが進むにつれ、道はより明確になり、やがて大きな石畳の道へと変わった。そして、木々が途切れたところで、彼らは息を飲んだ。
巨大な石造りの神殿が彼らの前に現れた。無数の柱と階段、神秘的な彫刻で飾られたその建物は、かつての栄光の名残を示していた。
「すげえ…」
レオは思わずつぶやいた。
「マジ絶景!スクショポイント!」
リンは目を輝かせた。
「こういうの、前世じゃ画面越しにしか見られなかったんだよ!」
「ふむ、予想通りじゃ」
アイリスは落ち着いた様子で言った。
「古代リノア文明の中心神殿…伝説では、時を支配する神が祀られていたという」
「動物たちは近づきたがらないよ」
ベラは心配そうに言った。
「何か危険なものがあるって」
彼らが神殿の入り口に近づくと、入口の上部に刻まれた文字が目に入った。アイリスが翻訳した。
「『時を見る者、過去を失いし者、ここに来たれ』…」
四人は驚いた顔で互いを見つめた。
「レオのことじゃん!」リンが指差した。
その時、レオの右目が再び熱くなった。彼は思わず目を押さえたが、今度は痛みはなく、むしろ温かい感覚だった。彼が見上げると、神殿の入り口が青い光で輝いていた。
「行こう」
レオは決意を固めて言った。
第5節:古代神殿の謎
神殿の内部は驚くほど広く、高い天井からは細い光が差し込んでいた。壁には無数の壁画が描かれ、床には複雑な模様が刻まれていた。
「すごい…」
レオは周りを見回して言った。
「ダンジョン探索開始!」
リンは剣を抜き、警戒しながらも興奮していた。
「絶対レアアイテムとか眠ってるよね!」
「うむ、古代の知恵が詰まった場所じゃ」
アイリスは壁画を観察した。
「ここには時の流れに関する物語が記されておる…」
「この場所、生き物の気配がほとんどないよ」
ベラは不安そうに言った。
「でも、何か別の存在を感じる…」
彼らが中央広間に進むと、巨大な円形の台座があった。その周りには四つの祭壇が配置されていた。
「四人の勇者…四つの祭壇…」
アイリスは思案するように言った。
「これは偶然ではないのう」
「行くべき場所はここだったんだ」
レオは確信した。
彼らが台座に近づくと、レオの青い石が強く光り始めた。同時に、彼の右目からも青い光が漏れ出した。
「マジやばい!イベント発生!」
リンは興奮と緊張が入り混じった声で言った。
「何が起こるのじゃ…」
アイリスは杖を構えた。
レオが台座の中央に立つと、彼の視界が急に変わった。神殿の内部が変化し、かつての姿が重なって見えた。人々が祈りを捧げ、神官たちが儀式を行う光景。そして、中央には彼と同じ青い右目を持つ人物がいた。
「過去が…見える…」
レオはつぶやいた。
突然、神殿全体が震動し始めた。四つの祭壇から光の柱が立ち上がり、中央の台座に集まった。
「みんな、祭壇に立って!」
レオは直感的に叫んだ。
リン、アイリス、ベラはそれぞれ一つの祭壇に立った。すると、彼らの体も光に包まれ始めた。
「なにこれ?マジでゲームみたい!」
リンは自分の体から出る赤い光に驚いた。
「わしからは緑の光が…自然の魔力じゃな」
アイリスは杖を掲げた。
「私からは黄色い光…動物の力かな?」
ベラは光に包まれながら言った。
レオの体からは青い光が溢れ、右目はより強く輝いた。彼の前に、空中に浮かぶ青い剣が現れた。
「第一の聖剣…」
レオは思わず手を伸ばした。
しかし、彼が剣に触れる前に、神殿の入り口から大きな爆発音が響いた。
「誰かいるわ!」
リンが警戒して叫んだ。
煙の中から、黒い鎧を身にまとった巨大な人影が現れた。その顔は兜で隠されていたが、圧倒的な威圧感を放っていた。
「時の邪眼の力…見つけたぞ」低く響く声が神殿内に反響した。
「まさか…魔王軍!?」
アイリスが驚いて言った。
黒い鎧の騎士は巨大な斧を構え、レオたちに向かって歩み寄ってきた。
「私は魔王四天王の筆頭、『漆黒の斧』ダークアクス」
騎士は名乗った。
「邪眼の力と聖剣…我が主のために頂く」
レオは本能的に聖剣を掴み取った。すると、青い光が彼の体全体を包み、邪眼の力が活性化した。彼の視界には、ダークアクスの動きが遅く見え始めた。
「みんな、力を合わせるんだ!」
レオは叫んだ。
第6節:追う者
一方、ノホホ村から数日の距離にある街道を、一人の少女が急いで進んでいた。
少女は地図を握りしめ、北の森に向かって足早に歩いていた。彼女の首にかけられた星型のペンダントは、かすかに光を放っていた。
「レオ…どこにいるの」
彼女はつぶやいた。
彼女は道端の旅人に尋ねた。
「すみません、四人の若い旅人を見かけませんでしたか?一人は村の少年で、あとは三人の少女たちです」
「ああ、見たよ」
中年の行商人が答えた。
「二日前、北の古代神殿に向かったと言っていたな」
「ありがとう!」
少女は礼を言い、足を速めた。
彼女の左目が淡く光る。
「約束どおり…必ず見つけるから」
少女は森の方向を見た。遠くで稲妻が光るのが見え、不吉な予感が胸を過った。
「急がなきゃ…」
彼女は走り出した。今、古代神殿では大きな戦いが始まろうとしていることを、彼女の左目が教えていた。