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無転生者

 第1節:普通の少年レオ



ノホホ村はローゼン王国の南東に位置する小さな村。周囲を森に囲まれ穏やかな時間が流れるこの村には異世界転生者しかいない。


村民は皆、別の世界から記憶を保持し転生してきた人々である。前世では「日本」と呼ばれる国で生きてきた彼らは死後、この世界に新しい肉体で降り立った。彼らは前世の記憶と知識を存分に生かし、新たな人生を歩んでいた。


ただ一人、レオという少年を除いて。


「レオ、起きなさい!太陽はとっくに登ってるわよ!」


朝の光が窓から差し込む中、母親の声でレオは目を覚ました。彼は低い天井の下、質素な木製ベッドで体を伸ばし、大きく欠伸をした。


「はい、起きてるよ…」


15歳になったレオは、背が伸び始めたせいでベッドが小さく感じるようになっていた。黒髪に茶色い瞳、健康的な小麦色の肌をした少年は、ノホホ村で生まれ育った普通の村人だった。時折、右目が疼くような感覚はあるが、気のせいだと思っていた。


「今日は水汲みの当番だから、急いでね」


「わかったよ」


レオは素早く服を着替え、洗面台で顔を洗った。鏡に映った自分の右目を一瞬見つめたが、特に変わったところはなかった。窓の外からは、すでに活動を始めている村人たちの声が聞こえてくる。


彼が家を出ると、朝の柔らかな光が村全体を包んでいた。木々の間から差し込む光に照らされた村は、田畑や家畜、そして石造りの家々が整然と並び、平和そのものだった。


「おはよう、レオ君!」


隣家から顔を出したのは、ブリジット夫人だった。60代に見える彼女は、実は前世では日本の20代OLだったという。


「おはようございます、ブリジット夫人」


「今日も頑張るのね。あなたは本当に勤勉だわ」


ブリジット夫人は優しく微笑んだ。彼女の目には、いつもレオを見るときの特別な感情が宿っていた。それは村の大人たちが皆持っている、レオに対する特別な視線だった。まるで、彼に何か秘密があるかのように。


レオはそれに気づいてはいたが、理由までは分からなかった。ただ時々、何かが見えそうで見えない感覚に襲われることがあった。それは特に疲れた時や、強い感情に揺さぶられた時に起こった。



 第2節:特別な村の日常



「レオ、手伝ってくれないか?」


水汲みを終えて村の広場を通りかかると、鍛冶屋のガルドが声をかけてきた。ガルドは前世ではアメリカのエンジニアだったという。彼の作る道具は常に革新的で、「前世の技術を応用している」と村では評判だった。


「はい、ガルドさん!何をすればいいですか?」


「この鉄の塊を向こうまで運んでくれ。重いから気をつけろよ。フォークリフトでもありゃいいんだがな!がっはっは!」


「フォーク…リフト?」


レオは謎の単語に頭を悩ませながらも鉄塊を両手で抱え、汗を流しながら運んだ。彼の隣で、ガルドの息子のティムが複雑な設計図を見ながら何やら計算をしていた。ティムは12歳だが、前世の知識を持っているため、大人のような話し方をする。


「レオは相変わらず素直でいいよな。前世の知識なんて無いから純粋で」


「え?何か言った?」


「いや、何でもない」


ティムは微笑んで答えた。


村での仕事を終えると、レオは森の縁にある小さな丘に登った。ここは彼のお気に入りの場所で、村を一望できる絶景ポイントだった。


丘の上では、いつものように少女アイリスが本を読んでいた。彼女は前世では日本の70代の小説家だったという変わり種で、現在は14歳の少女の姿をしていた。


「また来たのじゃな、レオ坊や」


アイリスは本から目を上げずに年寄りくさい口調で言った。


「ここから見る景色が好きなんだ」


レオは隣に座りながら答えた。


「わしの若かりし頃も、こういう場所で物語の構想を練ったものじゃよ…」


アイリスは本を閉じ、遠い目をした。


「70年以上生きた知恵が、こんな若い体に閉じ込められておるとはのう…」


レオはこういう話になると居心地が悪くなった。村人たちは皆「前世」とやらについてよく話す。別の世界での生活や「地球」という場所での出来事。彼にはそれが単なる作り話のように思えた。


「僕はただの村人だよ」


レオは空を見上げながら言った。


「特別なことなんて何もない」


その瞬間、レオの右目に鋭い痛みが走った。彼は思わず目を押さえた。


「どうしたのじゃ?」


アイリスが心配そうに尋ねる。


「いや…なんでもない。ちょっと目にゴミが入っただけ」


痛みはすぐに引いたが、一瞬だけ、アイリスの背後に何かが見えたような気がした。それは影のようでもあり、光のようでもあった。


アイリスは神秘的な笑みを浮かべた。


「そうじゃな。でも、普通であることが、時には最も特別なことだったりするのよ。わしの長い人生経験が言うておる」



 第3節:訪れる者たち



ノホホ村が騒がしくなったのは、その翌日の昼過ぎだった。


「王国の使者が来たぞ!」


村の入り口から走ってきた少年の叫び声に、村中の人々が活動を止めた。レオも水田での作業を中断し、好奇心から村の広場へと急いだ。


広場には既に多くの村人が集まっていた。中央には王国の紋章を掲げた馬車が止まり、その周りには輝く鎧を身につけた騎士たちが立っていた。


「ローゼン王国より、宮廷占星術師オルガ・ムーンライトが参りました」


騎士の宣言に続いて、馬車から一人の女性が降りてきた。50代と思われる白髪の女性は、星と月の模様が描かれた深い青のローブを身につけ、水晶の杖を持っていた。


「ノホホ村の皆さん、お集まりいただきありがとうございます」


オルガの声は年齢を感じさせない力強さで広場に響いた。


「私は王国の危機を予言しました。魔王の復活です」


その言葉に、村人たちの間で驚きのざわめきが広がった。レオの隣に立っていたのは、村長のグレゴリーだった。彼は眉をひそめ、不安げな表情を浮かべていた。


「その予言通りなら、勇者の召喚は始まったのですか?」


グレゴリーが尋ねた。


「ええ、その通りです」


オルガは頷いた。


「そして、私の占いによると、勇者の一人はこの村にいるはずです」


再び村人たちの間でざわめきが起こった。レオは困惑していた。勇者?魔王?それは絵本や伝説の中の話ではないのか?


オルガはゆっくりと群衆の中を歩き、一人一人の顔を見つめていった。そして、レオの前で立ち止まった。


「あなたが…」


彼女の目が大きく見開かれた。彼女はレオの右目をじっと見つめ、何かを感じ取ったようだった。


「特別な魂を持つ者…」


レオは身体が硬直するのを感じた。オルガの貫くような視線が彼の心の奥底まで見透かしているようだった。右目がまた疼き始めた。


「君が勇者の一人だ」


オルガは厳かに宣言した。村全体がシーンと静まり返った。



 第4節:勇者たちの集結



「僕が…勇者?」


レオは自分の耳を疑った。周りの村人たちも驚きの表情を浮かべていた。


「間違いありません」


オルガは確信に満ちた声で言った。


「その目に隠された力…あなたには特別な運命があります」


レオは混乱していた。彼は水田で働く普通の少年に過ぎない。剣を振るうことも、魔法を使うこともできない。どうして彼が勇者になれるというのだろう?


「しかし、勇者は一人ではありません」


オルガは続けた。


「合計四人の勇者が魔王に立ち向かわなければなりません。残りの三人も、私の占いによって既に見つかっています」


オルガは手を振り、馬車の方を向いた。すると、三人の少女が馬車から降りてきた。


「こちらが残りの勇者たちです」

最初に現れたのは、赤い長い髪に鎧を身につけた少女だった。彼女は自信に満ちた様子で剣を腰に下げていた。

「戦士のリン・ファイアブレイドです」


「マジ?このガキがもう一人の勇者?うそでしょ、超展開じゃん!」


リンは鎧を着けた少女らしからぬ独特の口調で言った。彼女の目は異様な輝きを放ち、レオを見つめた。


「あ、でも結構イケメンじゃん!これはフラグ立ちそう!」


次に現れたのはレオが知っている顔だった。


「魔法使いのアイリス・ウィズダムです」


丘の上で本を読んでいた少女アイリスだ。彼女は今や杖を持ち、魔法使いのローブを着ていた。


「うむ、わしがこの若造たちを導くのじゃな」


アイリスは腰に手を当て、堂々とした様子で言った。


「70年の人生経験と50年の作家生活で培った知恵があるゆえ、任せておくがよい」


最後に現れたのは、一見すると華奢に見える少女だった。しかし、彼女の周りには小さな魔物たちが飛び回っていた。


「そして魔物使いのベラ・ビーストマスターです」


「筋肉!筋肉こそパワーだ!」


ベラは細い腕をまくり上げ、非力な上腕二頭筋を誇らしげに見せた。


「前世では最強のボディビルダーだったんだぜ!今の体はまだまだだけど、魂は筋肉だ!」


彼女の言葉とは裏腹に、小柄な体は全く筋肉質ではなかった。しかし、彼女の周りに集まる小さな魔物たちは彼女に従順そうに見えた。


三人の少女たちはレオを見て、それぞれ違った反応を示した。


「マジ主人公っぽくね?」


リンが前に進み出て言った。


「ていうか、前世の記憶ないって本当?超レアじゃん!」


「うむ、わしらとは違う存在じゃな」


アイリスが杖を地面に突きながら言った。


「この若さで前世の記憶がないとはな…羨ましい限りじゃ」


「筋肉ないけど、大丈夫?」


ベラが心配そうに言った。彼女の肩には小さな竜のような生き物が止まっていた。


「ムキムキじゃなくても、魂の筋肉があればOKだけど!あと、動物とか好き?この子はドラゴニーっていうんだ、可愛いでしょ?」


レオは圧倒されていた。彼はこの奇妙な三人組に何と答えればいいのか分からなかった。その時、再び右目に鋭い痛みが走った。


一瞬だけ、彼は三人の少女たちの周りに不思議な光のオーラが見えた。


「あなた、目が…」


オルガが静かに言った。彼女だけがレオの右目に一瞬だけ現れた異変に気づいたようだった。


「何でもありません」


レオは慌てて目を押さえた。


「ただの頭痛です」



 第5節:旅立ちの決意



その夜、村の集会所で重要な会議が開かれた。村長グレゴリー、オルガ、そして四人の勇者たちが集まっていた。


「魔王の復活は確実だ」


オルガは古い地図を広げながら説明した。


「既に国境付近では魔物の活動が活発化している。我々には時間がない」


「マジヤバくね?」


リンが興奮した様子で言った。


「でも、前世で何百本もアニメ見てきたからこの展開は予想できたわ!勇者パーティの結成からの冒険って王道じゃん!」


「で、具体的に何をすればいいのじゃ?」


アイリスが老人のようにため息をつきながら尋ねた。


「この老骨にはあまり無理はきかんぞ」


「古の聖剣を見つけ出すのです」


オルガは答えた。


「四つの聖剣が揃ってこそ、魔王を封印できる」


「聖剣?筋肉よりも強いの?」


ベラが不思議そうに尋ねた。彼女の肩に止まっていたドラゴニーが小さく鳴いた。


「でも、こいつが言うには、危険な旅になるみたいだね。動物たちは感じるんだ」


リンは興奮した様子で剣の柄に手を置いた。


「超展開じゃん!前世ではソードアート・オフラインとか、あのすばとか、リイチとか見てたから!異世界冒険のお約束は全部知ってるよ!」


アイリスはため息をついた。


「わしの若かりし頃に書いた『異世界転生奇譚』という小説があってのう…まさか自分がその主人公になるとは思わなんだ」


「筋肉は裏切らない!」


ベラは非力な腕を振り回した。


「このレオってやつもパワーをつけなきゃダメだよね!一緒にトレーニングしよう!」


レオは黙って話を聞いていた。彼の心は不安と興奮で一杯だった。村を出たことがない彼にとって、広い世界への旅は想像を超えるものだった。しかし、右目の奥で何かが目覚めようとしているような、不思議な感覚があった。


「レオ、君はどう思う?」


村長が優しく尋ねた。


「正直、怖いです」


レオは率直に答えた。


「僕には特別な力も前世の知識もありません。でも…」


彼は窓の外を見た。そこには彼が生まれ育った村の夜景が広がっていた。


「でも、この村を…この世界を守りたいです。僕にできることがあるなら、やってみます」


その言葉に、オルガは満足そうに頷いた。


「その純粋な心と、あなたの中に眠る力…それこそが最も強力な武器になるでしょう」


レオは自分の中に眠る力という言葉に違和感を覚えたが、それ以上尋ねることはしなかった。



第6節:旅立ちの朝



旅立ちの日、村全体がレオたちを見送るために集まった。


レオの両親は息子を強く抱きしめた。


「気をつけて」


母親は涙を浮かべながら言った。


「あなたが選ばれたのは、何か特別な理由があるはずよ」


「村に帰ってきたとき、もっと立派になっているといいな」


父親は息子の肩を叩いた。


他の三人の勇者たちも、それぞれの方法で別れを告げていた。


「マジ感動的じゃん!」


リンは興奮した様子で荷物を確認しながら言った。


「こういうシーン、アニメだとOPが流れるところだよね!勇者パーティ結成イベント、フラグ回収完了!」


「うむ、若いものよ、老婆の言うことをよく聞くのじゃぞ」


アイリスは村人たちに向かって杖を振りながら告げた。


「わしが魔法と知恵で導いてやろう」


「みんな!筋トレ続けてね!」


ベラは村の子どもたちに向かって手を振った。


「帰ってきたら、もっと強くなった私を見せるからね!そして、動物たちをいじめちゃダメだよ!」


「準備はいいかい?」


オルガが四人に尋ねた。


「チートアイテムとか貰えないの?」


リンが期待を込めて尋ねた。


「異世界転生モノだと、最初に何か特別な武器とかもらうのがお約束なんだけど」


「わしの長年の知恵こそが最大の武器じゃ」


アイリスは胸を張った。


「70年生きてきた経験は、魔法の力となる」


「筋肉と動物の友達がいれば大丈夫!」


ベラは肩のドラゴニーを撫でながら言った。


「この子たちが私の力になってくれるもん!」


レオは静かに立っていた。彼には頼れる「前世」も特殊能力もないように思えた。しかし、右目の奥に何かを感じていた。それは明確な形を持たない力のようなものだった。


オルガは四人に銀の星型のペンダントを渡した。


「これが示すものは絆。困難な時には、この星が道を照らすでしょう」


そして、レオだけに小さな封印された箱を手渡した。


「これは、あなたの目が目覚めた時にだけ開けなさい」


「私の目が…目覚める?ずっと起きてますよ?」


レオは混乱して尋ねた。


「時が来れば分かります」


オルガは神秘的に微笑んだ。


太陽が昇り始めた朝、四人の勇者たちは村の入り口に立っていた。


「第一の目的地は北の森にある古代神殿です」


オルガは地図を渡しながら説明した。


「そこで最初の聖剣の手がかりを得られるでしょう」


村人たちの声援を背に、四人は未知の冒険へと一歩を踏み出した。


レオは振り返り、生まれ育った村を見た。そして再び前を向き、新たな仲間たちと共に歩き始めた。彼は前世の記憶を持たない「普通の村人」だと思っていたが、これからの旅で自分の真実を知ることになるとは、まだ想像もしていなかった。



 第7節:遠くを旅する影



一方、その頃、ノホホ村から遠く離れた山道を、一人の少女が旅していた。


短い茶色の髪と機敏な動きで、冒険者のような装いをしていた。腰には小さな剣と、様々な道具が詰まった彼女自身を超える大きなリュックを背負っていた。


「もうすぐ会えるのかな」


彼女はぼんやりと空を見上げながら呟いた。


「あの日の約束…」


彼女の首には、金色の星型のペンダントが光っていた。それは時折、何かに反応するように弱く光を放った。


「転生しても、きっと見つけ出してみせる」


ミラは決意に満ちた表情で、次の村へと続く道を歩き始めた。彼女の心の中には、かつての記憶と、見つけ出さなければならない大切な人の姿があった。


そして、彼女もまた、左目に特別な力を秘めていた。


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