狂ったブランデー
この作品は一部、過激な発言があります。
12月のクリスマス
雪が降っていた
今年の冬は例年よりも肌寒く、道行く人々も肩を寄せ合いながら、早足で目的地へと進んで行った
藤浦聡も人混みに紛れながらコートの襟を立てて、会社の帰りにいつも行く馴染みのスナック『瑠璃』の扉を開けた
銀座にあるその店は人混みから離れたところに建ち、訪れる客も大半が常連で、たまに見知らぬ客が来ても常連の知り合いだという人ばかりだった
藤浦もそのうちの一人で、親しい会社の仲間に連れてきてもらい、居心地の良さが気に入ってそれ以来ずっと週末になると通っていた
『瑠璃』は見た感じ、華やかそうな雰囲気はなく、入った事のない人がその前を通るとどことなく陰気な感じで入りにくそうな印象を受ける店だった
「いらっしゃい」
入った途端、ママの暖かい笑顔が外の寒さを吹き飛ばしてくれた
まだ60歳になるかならないかの感じのそのママは、とても明るく落ち込んでいる人をすぐに笑顔に変えてくれる力を持った不思議な女性だった
藤浦も今まで、会社の事を相談して落ち込んでいる時に励ましてくれて、だいぶ心が救われたのだ
今回も妻の事で悩んでいてママの事を思い出し、ふらりと『瑠璃』に立ち寄ったのだった
「いやまったく外は寒いね~、雪がたくさん降っているよ」
藤浦はコートを脱ぎながら言った
「今日はクリスマスだからちょうど雪が降っていいわね」
「クリスマスなんて嬉しくも何ともないよ、子供がいれば楽しいだろうけどね」
「私の娘なんて電話で今日は彼氏のところに泊まるってそれだけ言って勝手に切られたわよ。今日はひとりぽっちのクリスマスよ」
店の中はクリスマスツリーが飾ってあって、それがどことなしか寂しい感じがした
「今日は誰も来てないの?」
店内を見渡しながら藤原が言った
「皆、家にいるわよ。こんな日くらいは家族サービスしとかないとね」
ママはV・S・O・Pの水割りとつまみを出しながら悪戯気味に微笑んだ
「藤浦さんも子供がいないぶん、奥さんに優しくしてあげなくちゃ駄目よ。今頃、旦那さんが帰って来るのを楽しみにしながら手料理作って待ってるわよ」
「そんな事、地球が滅亡したってあるものか。今頃どこかの男とデートして俺の情けない話題をネタにしながら酒でも飲んでると思うよ」
藤浦は投げやりに言って水割りを一気に飲んだ
「あら?どうしたのよ、いつもの藤原さんらしくないじゃない」
ママは水割りを作ろうとしてウイスキーを入れかけていた手を止めた
「今日はストレートで頼むよ、滅茶苦茶に酔いたい気分なんだ」
「私でよければ相談にのるわよ。話してごらんなさいよ」
そう言われて藤原はストレートのウイスキーを呷りながら、事の顛末を話し始めた
藤浦の妻、由美子とは高校の時からの同級生でお互いが両想いだった事から付き合いだした
そして周りの人達から祝福されながらの幸せな結婚だった
結婚してからもしばらくは何の障害もなく、平凡に毎日が過ぎて行った
ある日、由美子に子宮の病気が見つかり、子供の出来ない身体になってしまった
当時、藤浦も相当なショックを受けたが由美子の方がもっとショックが大きく、自殺を図りかけたが何とか気持ちを沈めてようやく立ち直り、現在まで幸せに生活をしていた
ところが最近になって由美子の様子がおかしい事に気が付いた
以前までは会社が休みの日、藤浦がドライブに行こうと誘ったらすぐに二つ返事で喜んでついてきたけど最近は誘っても、眠たいとか、疲れていると言ってすぐにベットに入ってしまった
夜の生活でも同じだった
藤浦は不審に思いながらも、詮索する事なく平常通りの生活を送っていた
ある日、会社の同期で一番仲の良い中学の頃からの幼馴染の岡部進吉から、由美子が男性と一緒にホテルから出てくるところを目撃したと聞かされた
その時は藤浦も(まさか・・)と、冗談で軽く聞き流したが岡部が冗談で言っているのではないという事が証明された
その日、会社のお昼休みにご飯を食べに行こうと1人で街を歩いていると、信号待ちをしている一台の黒いセドリックに目がついた
ふと何気なく中を見ると、助手席に何と由美子が乗っていた
運転している男性の顔を見ようとして走りかけたが信号が青に変わり、セドリックは走り去ってしまった
その夜、帰って由美子に問い詰めた
「見間違いよ、世の中には自分に似た人が三人いるって言うじゃない。きっとそのうちの1人だと思うわ」
そう言ってはぐらかされてしまったのだ
「本当に奥さんだったの?見間違えたんじゃない?」
ママは煙草に火をつけながら言った
「そうだといいけどね。でも何年も連れ添った女房の顔を見間違えるはずがないよ」
「案外、仕事の関係者かもしれないわよ。ホテルから出て来たところを目撃した人もあんまりアテにならないかもしれないし」
「それもそうだけど・・証拠の写真もないし・・」
藤浦はストレートのウイスキーを一気に喉に流し込んだ
「そんなに気になるのなら探偵でも雇って調べさせたらいいじゃない。だいたい藤浦さんはホテルから男と出てきたって友達から聞いただけで、それをはっきり自分の目で確かめたわけでもないのに奥さんを疑うのはダメよ。結婚生活を長く続けるのはお互いの信頼がないとやっていけないのよ。確かめてそれから白黒つけてもいいんじゃないの?」
そう言って煙草の火を灰皿の中に揉み消した
「そうだよな・・それに由美子の言う通り、似た人の可能性もあるんだよな・・」
藤浦はもっともだと思った
「いや〜ママには敵わないな。話して気持ちがスッキリした気がするよ。ありがとう」
「いいえ、どういたしまして。今回の授業料はボトル五本よ」
「水のペットボトルでもいい?」
二人は笑いながら乾杯をした
その夜、藤浦は10時過ぎに家に辿り着いたが、玄関に由美子の靴がないのに気が付いた
変だな、と思いながらリビングに入ってみるとそこにも姿は見えなかった
キッチンの方を見ると、手紙が置いてあった
【高校の時のお友達に誘われたので、帰りは遅くなります。晩御飯は冷蔵庫の中に入っています。温めて食べてください】
冷蔵庫を開けるとおでんが入っていた
藤浦はさっきママのところで励ましてもらったばかりなのに、また落ち込んでしまった
『瑠璃』で浴びるほどお酒を飲んだけど、また戸棚からヘネシーのウイスキーを取り出してストレートで呷った
やはり由美子には男がいるのだ
今頃は一緒に食事でもしてホテルに行っているのだろうと考えると、物凄く怒りが込み上げてきたけど、その反面、いったい何故、由美子が急に浮気をするようになったのか
付き合いだしてから今まで、そんな事は一度もなかった
いや
していたかもしれないけど今回みたいな態度を表さなかったので、気がつかなかっただけなのか
それとも子供が出来ない身体になって自暴自棄になっているのか・・
そんな事を考えていた時、玄関のドアが開く音がした
時計を見ると11時半を過ぎていた
「ただいま帰りました。遅くなってすみません」
由美子は靴を脱ぎながら言った
藤浦はリビングのソファに座ったまま、返事をしない
由美子はキッチンに行き、コップに水を入れて一息に飲んだ
「今日夕方頃に電話がかかってきて久しぶりにカラオケに行って唄っちゃったわ。楽しかったわ。気が付いたら11時過ぎてたからビックリしちゃった」
由美子は冷蔵庫を開けながら言った
「あら、どうしたのよ。ご飯食べてないじゃない」
「食欲がないのでね」
「どこか身体の具合でも悪いのかしら」
由美子は心配そうな顔をした
藤浦はウイスキーのストレートを呷った
かすかに酔いがまわってきたようだ
「そんなお酒の飲み方は身体によくないわよ」
由美子は冷蔵庫のおでんを取り出してレンジに入れた
藤浦はそんな由美子の一挙手一投足を見つめた
化粧がいつもより濃い
服装も普段と違って、高価なブランドのスーツを着ている
鼻歌を口ずさみながら・・
その態度に藤浦は怒りが込み上げてきた
今しがたまで男に抱かれてきたのかと思うと苛立たしくなった
「今日はどこのホテルに行ってきたんだ?」
タバコに火をつけて口元を歪ませながら言った
キッチンで洗い物をしていた由美子の手が一瞬、止まった
「何よ、いきなり・・今日は高校の時に仲の良かった神谷さんと大野さんと一緒だったわよ」
「どうだかね・・」
「そんなに信じられないのなら電話で聞いてみればいいでしょ」
由美子は心外だと言わんばかりに、リビングを出て寝室に行った
藤浦は吸いかけの煙草をもみ消し、ウイスキーを一気に飲んで立ち上がった
寝室に行くと、由美子はベッドの中に潜り込んでいた
藤浦は横になっている由美子を酔っぱらった目で睨みながら、掛布団をまくり、その上に覆い被さった
「きゃっ!」
由美子はびっくりして悲鳴をあげた
「何よいきなり・・やめてください!」
藤浦は抗う由美子を押さえつけながら、無理矢理に服を剥いだ
そして首筋に唇を触れようとした瞬間
藤浦の目がそれに釘づけになった
由美子の耳たぶの下にくっきりと痣がついていたのだ
(これはキスマークか?
違う、虫に噛まれたのかもしれない・・
いや、しかし・・)
動きが止まり動揺していた時
「やめてください!」
由美子が藤浦の身体を押しのけた
「久しぶりにお酒を飲んだから気分が悪いんです!」
怒りながら頭から布団を被り、ソッポを向いた
藤浦はその場で呆然としたまま、立ち尽くしていた
やはり由美子には男がいるのか?
岡部の言っていた事は本当なのか?
今日も友達とカラオケに行っていたというのは嘘で、本当は男と会っていたのか?
やりきれない思いを心に抱きながら、新しい年を迎えた
その日、仕事終わりに藤浦は岡部を『瑠璃』に誘った
入るとカウンター席に客が1人座っていた
「いらっしゃい」
相変わらずママの華やかな笑顔が二人を出迎えた
「ママ、今日は二人だけで飲みたいから気にしなくていいよ」
岡部が片手をあげてママに合図しながら言った
「あらっ、淋しいわね~、ダメよ~禁断の園に入っちゃ~」
「見破られていたか・・とにかく用事があったらお呼びしますので」
岡部は笑いながら、右手を顔の上にかざして敬礼のポーズをした
カウンターの真ん中に男性が1人で座って、歌っていたので左側の奥の席に並んで腰をおろした
岡部はビールを頼み、藤浦はプラットヴァレーを頼んだ
「プラットヴァレー?」
「コーンウイスキーさ」
「バーボンとはまた違うのだな」
ママがそれをワンショットグラスに注いだ
口に放り込む
喉が焼けたが思ったほど、強烈ではなかった
藤浦は由美子の首筋にキスマークらしきものがついていたのを岡部に説明した
「それはもう完全にキスマークだろ。決定的だな」
「やはりそうだと思うか・・いったい何が原因なのだ」
藤浦は両手で頭を抱えながら言った
「案外、お前の方にも何か気づいてるところがあるのではないのか?」
岡部は煙草に火をつけた
ライターは金張りのダンヒル
アメリカ出張の時に免税店で買った物だと自慢していた
「俺には何の落ち度もないぞ!結婚してからも由美子のために必死になって働いてきたのだ」
藤浦は言い張るように言った
「由美子さんも淋しかったのではないのか」
「何故だ、俺は何不自由のない生活をさせてきたつもりだ」
「それが由美子さんには苦痛だったのだよ」
岡部はワンショットグラスにプラットヴァレーを満たした
「お前の言ってる事はわけがわからん」
藤浦はそう言ってプラットヴァレーを口に放り込んだ
コーンウイスキーならジョンウェイン風に飲むべきだろう
「お前、いま由美子さんは本当に幸せだと思うか?」
「何を当たり前の事を言っているのだ。俺達夫婦は子供には恵まれなかったけど、そうかといってそれを責めた事は一度だってないぞ」
そう言いながらもう一杯、プラットヴァレーをグラスに注いだ
こういう酒なら口に放り込んでから決闘するのも難しくないだろう
あまり廻ってこない酒だ
「お前もかわいそうな男だな」
「えっ?」
岡部が急に意味不明な事を言ったので聞き返した
「何でもないよ。悪いが用事を思い出したから先に帰るよ」
吸いかけの煙草を灰皿にもみ消して立ち上がった
1人残った藤浦は考えていた
何故、岡部はいきなりあんな事を言ったのか
その理由がわからなかった
由美子と結婚して子供が出来なくなり、少しでも精神的なショックから立ち直らせようと今まで、がむしゃらに働き、由美子が欲しい物ならどんなに高価な物でも買い与え、結婚記念日や誕生日でもたくさんのプレゼントを与えた
また仕事が休みの日、どんなに身体が疲れていてもドライブに連れていったりして精一杯、尽くす事を忘れなかった
由美子もこんなにやさしい夫が傍にいて幸せだったはずだ
あの日、男と一緒に車に乗っていたのも、やはり仕事の関係者だったのだろうか・・
そこまで考えた時
藤浦はふっ、とおかしな事に気が付いた
あの日
由美子が乗っていた車は黒いセドリックだった
岡部の車も黒いセドリック・・
それだけならそんな車は他にもたくさんいるはずだ
しかし岡部の車には、長いテレビアンテナがついていて、後部座席の窓にはにはフイルムを貼っていた・・
藤浦は吸いかけの煙草をもみ消し、プラットヴァレーを呷り、立ち上がった
「びっくりした、どうかした?藤浦さん」
ママが目を丸くして藤浦の方を振り返ったが、既に外に飛び出して行ってしまった後だった
ようやく岡部のマンションに辿り着いたのが、夜の九時を廻った頃だった
岡部には妻も子供もいない
ずっと独身なのだ
「結婚なんて煩わしい、一人の方が気楽だ」
そう言っていた
岡部が住んでいるマンションは七階建てだった
エレベーターで五階まで昇って503号室の部屋の前に立ち、ドア越しに耳を欹ててみたけど何の物音も聞こえなかった
防音設備が整っているのだから聞こえるはずはない
藤浦は呼吸を整えてチャイムを鳴らした
やや間があり、ドアが開くと白いガウンをまとった岡部が出てきた
その表情は薄く笑っていた
まるで藤浦が来るのを予期していたかのように・・
「予想通りだな、来ると思っていたよ」
「由美子はここにいるんだろ?」
下目使いに睨みながら言った
だが岡部はまだ薄ら笑いを続けたままだ
藤浦は靴を脱ぎ、強引に玄関に上がりリビングに行ったけどそこには誰もいなかった
別の扉を開けた
ダブルベッドが置いてあり、そこには女が一人、横になっていた
「貴方!」
由美子だった
慌てて起き上がり、掛布団を上に引き寄せる
藤浦は愕然とした
予期していた事だったけど、いざ目の当たりにすると何と言えばいいのかわからなかった
「何故なんだ?」
呻くように言った
「ばれちゃ仕方ないな」
後ろで岡部が口元を歪ませながら言った
「何故なんだと聞いているんだ!」
藤浦は叫んだ
頭の中が真っ白だった
「とりあえず服を着ろよ、その恰好じゃ話が出来ないだろ」
吐き捨てるように藤浦は言った
リビングに行くと岡部がソファに座り、タバコを吸っていた
「酒くれ」
今日はもう飲まないで冷静に話をするつもりだったが、口元に笑みを浮かべながら、タバコを吸う仕草に苛立ちを感じた
「お店じゃないので勝手に飲んでくれて構わないよ」
岡部は目を合わさずに言う
藤浦は立ち上がってサイドボードを覗き込んだ
ヘネシー、カミュ、バット69、ワイルドターキー・・
飲んだ物もあるけど見慣れない酒もたくさん並んでいた
その中からカミュのXOとグラスを取り出した
ソファに腰をおろした由美子が髪を気にし始めた
「説明してくれよ。何故、相手が岡部なんだ」
藤浦は顔を伏せながら言った
「全部、一人で決める貴方には何を言ってもわかってくれないわ」
「何?」
由美子を睨んだ
目を合わせようとしない
「この際だから言わせてもらいます。離婚してください」
頭を下げながら言った
岡部は目を瞑って腕を組んだまま、微動だにしない
「いつからなんだ?」
藤浦は煙草に火をつけた
「子供が出来ないと知ってからです」
「そんなに前から・・」
藤浦は呆然とした
そうすると10年もの間、夫を騙していた事になるのだ
「最初は軽い気持ちだったわ。自殺未遂してから貴方が優しく慰めてくれて立ち直ったけど、また落ち込んじゃって・・1人で悩んでいた時に岡部さんに偶然に出会って悩みを打ち明けたの。優しかったわ」
由美子はそう言いながら岡部の顔を愛おしむような目で見た
「俺は優しくしてくれなかったと言いたいのか!」
藤浦はそう叫んで由美子の顔を見据えたまま、ネクタイを緩め、ブランデーを呷った
「もちろん貴方も優しかったわ。私の気持ちを紛らわすために仕事で疲れていてもドライブに連れて行ってくれたり、欲しい物はどんなに高くても買ってくれた。本当に感謝しているわ」
由美子は立ち上がり、サイドボードからグラスを取り出しブランデーを注いだ
「じゃあ何が不満なんだ」
由美子がブランデーを飲み終えるのを待って聞いた
「贅沢と言われるとそこまでだけど、貴方はその事をしてやっているんだ、というような形で私に接してきたわ。自殺未遂をして立ち直った時も貴方は、俺のおかげで生きていられるんだぞって・・そう言ったのよ。私、淋しかった。今までのように普通に接してほしかった。貴方には本当に感謝している。でも何か腫れ物に触るかのように大事にしてくれて・・それが私には苦痛だったの」
藤浦は俯いたまま、しきりに煙草を吹かしていた
由美子は岡部を見つめながら続けた
「でも岡部さんは違ったわ。同情してくれたけどそれが本当に自然だった。さりげない優しさで私に接してくれたのよ。次第にその優しさに惹かれていったわ」
それまで黙っていた岡部が言った
「本当は俺は由美子さんの事を中学生の時から好きだった」
藤浦は愕然とした
聞き間違いであってほしいと思った
「由美子さんが心の底からお前に惚れているから、俺はきっぱりと諦める決心をした。結婚式の時も心から祝福した。だがお前が由美子さんを苦しめていると知って、俺はお前に怒りを覚えた。由美子さんを幸せにしてくれていると思ったから俺は身を引いたのに・・」
藤浦の耳には岡部の声が遠く離れて聞こえているような感じがした
「もう貴方とはやり直す気持ちはありません。お世話になりました」
由美子は頭を下げた
「俺が何をしたというんだ!今まで由美子のためだけに必死になって働いてきたのに!その恩を仇で返すのか!そんな女だったのか!!」
藤浦は声を荒げた
「もう貴方には何を言っても無駄のようね」
由美子は溜息をつきながら言った
「もうこれ以上話す事はないから帰ってくれ。お前といるといらつくんだよ」
岡部はそう言いながら立ち上がった
「・・てやる・・」
「え?」
由美子は藤浦の言葉にもう一度聞き返した
「お前なんか殺してやる!!」
藤浦は傍にあった灰皿を掴み、岡部の頭めがけて力強く振り下ろした
岡部はその場に倒れた
由美子が叫んで何かを言ったように思えたけどはっきりと聞き取れなかった
藤浦は倒れている岡部の傍に立ち、一言呟いた
「俺のおかげで生きていられるんだぞ・・」
足下には、先程まで飲んでいたブランデーが転がっていた
~Fin~