採用
「そんなにガッカリしなくても」
肩を落としたまま立ち上がったセリーナに、隣の令嬢がにこやかにまた話しかけてきた。
「カイル殿下はとっても素敵な方ですよ? 私なんて、このお仕事が決まってから興奮して眠れませんもの」
令嬢はまるで恋する少女のようにうっとりとした表情を浮かべている。
しかし夜伽つきの鬼畜業務をわざわざ志願するなんて、いったいどういう心づもりだろう。セリーナは訝りの目で見てしまう。
——そりゃあ眠れないでしょう。私の場合は不安と恐怖からですけど……!
「私はアリシア・レイゼルフォン・デマレ。南帝都出身で能力は《治癒》ですが、あなたは?」
「アリシア、すてきなお名前ですね。それに治癒能力者だなんて……っ。私、初めてお目にかかりました」
——治癒能力。
数ある『能力』のうち唯一攻撃性を持たないもので、その名のとおり傷ついた者を癒す。
ただでさえ絶対数の少ない能力保持者のなかでも、治癒能力を持つ者は稀少だ。軍を率いる帝国の皇太子から切望されるのは間違いないことくらい、戦争を知らないセリーナでもわかる。
——アリシアが選ばれた理由は考えなくてもわかる。
でも、どうして私なんかが最終選考まで、しかも《上級侍女》の役職に通過しちゃったの……?!
セリーナの《採用》はどう考えても腑に落ちない点ばかりだ。
村役場で「何にもなれるはずがない」とセリーナを罵ったあの美貌の少女は書類選考すら通らなかったという。
ロレーヌの村の他の志願者十数名のなかでも、書類選考を通過したのはセリーナただひとりだ。
二次選考の面接では、まるで美しさを競うような場所でセリーナは化粧っけもなく髪を無造作にまとめただけ。
着ているものも古くさくて垢抜けず、選考会場で明かに悪目立ちしていたのだった。
「それで、あなたのお名前は?」
「セリーナ・ダルキアと申します。私……能力は持ち合わせていないのです」
アリシアはとても綺麗な女性だ。しかも万人に望まれる治癒能力者でもある。
上位貴族の妻にと切望されても不思議ではない。なのに|適齢期《一般的には十六歳~十八歳》を過ぎるまで嫁がずにいたというのだろうか。
——アリシアのような女性が、皇太子の《《餌食》》になるのを自ら志願したというの……!?
部屋割りは出願番号順いうことで、アリシアとは同室になった。
広大な宮廷の一角にある、まるで女子寄宿寮のようなメイド専用棟の一室を与えられ、お互いのベッドの位置を決める。
二十名足らずの上級侍女たちのために用意されていたのは、使用人のものらしからぬ豪奢な部屋。
これまでの人生で触れたこともないほどふかふかのマットレスに驚愕しながら……セリーナは窓側のベッドを選んだ。
「とりあえず、着替えましょうか」
皇城に奉公する侍女たちはその階級によってお仕着せが色分けされていて、黒色の下級メイドと初級侍女、紺色の中級侍女、セリーナたちは白色で上級侍女に分類され、宮廷内では『白の侍女』と呼ばれるらしい。
色分けしておけばひと目でわかるという理由もあるが、お仕着せの素材すらも黒から白まで格付けをされているというのには驚いてしまった。
皇宮に住まう皇族たちに仕えるのに相応しく、洗練されたデザイン。セリーナたち『白の侍女』に於いては、業務に差し障りがなければ髪型にも決まりはない。
ただ——こういうフリフリした服を着た自分の姿を鏡で眺めてみても、セリーナには違和感でしかなかった。
「アリシア、素敵……! とてもよく似合っています!」
こちらに目を向けたアリシアが「セリーナもっ」と言いかけたが、言葉に詰まってしまう。お世辞でも『似合っている』とは言えなかったらしい。
「この違和感は何かしら? そうだ。ちょっと待ってて」
ゴソゴソと鞄の中をあさり、大きな巾着袋を持ち出してくる。
「えっと、ここをこうして……眉を整えて。髪もこうやった方がいいわね?」
セリーナの頼りない真っ直ぐな髪は、アリシアの『秘密兵器』ですっかりまとまってしまうのだった。
「すごいわ……お花の香りがします! アリシアは治癒以外にも《魔法》が使えるのですねっ」
「魔法って、香油を少し馴染ませただけよ?」
と、手渡されたのは青い小瓶。
とろりとした透明の液体が入っている。
「こう、ゆ?」
「ええ。魔法でもなんでもないけれど、良かったら一緒に使いましょう」
それは生まれてはじめて見てふれるもので、セリーナの心を強く揺さぶった。
この液体が髪の毛をまとめてくれると言うのか。
やっぱり、魔法だ……。
「できたっ。鏡を見て」
アリシアに促され、なんとなく見たくなくてうつむいていた顔を上げる。
綺麗な……とは決して言い難いが、薄化粧を施され、髪をきちんと結わえた《《こぎれいな》》な侍女が鏡に映っていた。
フリフリの白いお仕着せの違和感も少しはマシになった気がする。
「ぇ……私、なんだか」
「ふふ、どうしたの、そんなに不思議そうな顔をしなくても」
——なんだか、普通の侍女に見える気がします
心の底からホッとする。
これならセリーナも《《場違いな侵入者》》に間違われたりしないだろう。