9.両親の死因
私たちは改めてヘラジカ亭に帰り、少しだけ仕事を手伝ってから早めに切り上げて眠りについた。
翌日からは、いつもの生活に戻る。夜遅くまで営業しているヘラジカ亭に合わせて、夜型の生活だ。
朝起きて夜に寝る、孤児院の子供たちとは少しズレた生活。けどこれにも慣れた。
私たちが自分から会おうと行かない限り、子供たちと関わることがない生活だ。
子供たちが夜間経営の酒場に来ることはない。というか、街の中心部に来ることもないだろう。シスターに連れられて、施設の周辺を少し散歩するくらい。後はあの建物が、子供たちの世界の全部。
いいや。本当は違うはず。子供たちも、孤児院に来る前の人生があったはずだ。赤ん坊の時に捨てられたとかなら、その記憶はないだろうけれど。
ミオラの場合はどうなのかな。両親が亡くなった時、物心はついていたのかな。
答えはすぐにわかった。
「ミオラさんの両親は、彼女が六歳の頃に亡くなっています。事故でした」
数日後、ヘラジカ亭を訪ねたエドガーが教えてくれた。
「街中を走る馬車に轢かれたそうです。両親は咄嗟に娘を庇って、ほぼ即死とのことでした。馬車は荷物を届ける依頼で、かなり急いでいたそうですね。依頼主がよほど急かしていたのでしょう」
公爵令嬢だった時、たまに見かけたな。欲しいと思った品を使用人に命令して、早急に持ってこさせるお金持ち。本当にその場でふと思いついた品だったりする。
それこそ、フローレンス堂のレモンタルトとかを、食べたいからすぐに買ってこいと命令したり。そのために馬まで動員させたり。
そういう無茶ができることがステータスだと考えてる、浅ましいタイプのお金持ちだ。
ミオラの両親は、そういう金持ちの犠牲になった。
「御者も事故の際に投げ出されて死亡。それを雇っていたのは下流貴族のようですね」
「今もその貴族はいるのか? 権力の中枢に」
「それはわかりません。なんという貴族かも、記録には残っていないので」
「霊の目的が、その貴族への恨みの可能性もあるな。そっちはリリアに調べさせるか。四年前に、雇った馬車で事故を起こさせた間抜けな金持ちはいるかって」
金持ちの醜聞なら、そっちに頼るべきだな。
「エドガー、他には?」
「ミオラさんには叔母がいます。母親の妹ですね。それ以外の親族は見当たりませんでした」
「そっちには引き取られなかったのか?」
「彼女も既に結婚しており、家庭があるらしく。引き取ることは出来なかったそうです」
「そういうものか」
「実の子供を養うだけで手一杯。実子との関係性に不安があるとかで、愛する姉の子供でも引き取りを諦めることは、よくありますよ」
そういう子が孤児院にやってくる。誰が責められる問題じゃない。
「あとは関係者に話を聞いて、例の未練を探さなきゃな。貴族への恨みが未練だと、ちょっとやりにくいけど」
「ちょっと手が出しにくい相手だものね。リリアから醜聞というか、脅しのネタみたいなのが得られるといいのだけど」
「脅してどうするかが問題なんだよな。貴族を破滅させるってむずかしいし。いつもみたいに半殺しにして溜飲を下げさせるのも、できなくはないけど面倒だ」
貴族っていうのは基本的に、守りが厳重な場所にいる。そこを襲うか忍び込むかして襲うのは難しい。
暗殺するだけなら、まだやりようはあるのかも。けどレオンはそんなことはしない。ちゃんと罪人に罪の重さを実感してもらって、後悔させた上で今後も生きてもらうのだから。
貴族を半殺しにするのは難しいわけだ。
「そうしなきゃいけないわけでもない。未練についてはゆっくり調べていこう」
レオンは呑気そうだな。焦っても意味がないことは、私もわかるけど。
「エドガー。ミオラの家はわかってるんだよな?」
「ええ。彼女の生家ですね。判明しています。今は住む者がいなくて空き家になってるそうですけれど」
「空き家? ということは、あまり住みたい種類の家ではないのか?」
「中心部から外れた所に建っていますからね。便利な立地ではないですよ」
「ふうん。便利な立地ではない、か……」
「なにか気になるの?」
「まだわからない。現地に行ってみないとな。今度の休みに行ってみよう」
「ええ。エドガー、辺鄙な場所って説明してたけど、ここから遠いの?」
「スルンデル地区ですよ」
「遠いと言えば遠いな。歩いていける範囲ではあるけど」
初めて聞く地区だ。王都の地理は、未だに私にはよくわからない。
問題の貴族の調査はエドガーからリリアに頼んでくれるとのことで、彼はついでにヘラジカ亭で飲食をしてから帰った。
まあいいけどね。仕事の協力してくれるなら、これくらいはご馳走するけどね。ちょっとエドガー、お酒飲みすぎじゃないかしら。
「あいつ、結構酒が好きなんだよな」
「聖職者なのにそれでいいの?」
「酒に関わる戒律はない。人を惑わす物だってイメージで、飲むのを控える聖職者は多いけどな」
私の故郷の神父様もそうだった。敬虔で、人心を乱し狂わせ、トラブルの元になる飲酒は決してしなかった。
ところがエドガーはそんな聖職者ではない。
「酒を飲んでも立派に仕事を果たしてる聖職者だっているさ。エドガーもそう。仕事に関わる所をきっちりやってれば、そうじゃない箇所が多少だらしなくても問題はない」
そういうものなのかなあ。