8.ミオラに憑いた霊
「こうして、悪いお金持ちは勇者の制裁を受けて、街には平和が戻ったのでした。めでたしめでたし」
"勇者の物語"を話し終えたレオンに、子供たちはパチパチと惜しみない拍手をした。
子供たちが喜んでくれて何よりよ。レオンには後でお説教だけど。
外を見れば、日が傾き始めているようだった。もう少したら夕方。
「ねえレオン。私たち、もしかして夜までここにいるの?」
そういえば、この仕事の終わりを私はよく知らなかった。
「夜になったらシスターが帰ってくる。そうなったら仕事は終わりだ」
「シスターは日中しか休めないのね。大変なお仕事」
「複数人で仕事をしていて休憩時間もあるし、本当に休みたかったら近隣の教会の人員にお願いするそうだから、全然休めない仕事でもないさ。それでも休んでほしいなら、夕飯は俺たちで用意しよう」
「それはいいわね。ところでレオン。さっきのお話のことだけど」
「よーし。みんな飯を作るぞ手伝え」
「聞きなさいよ!」
施設の中にあった材料で、質素ながら子供たちの心のこもった夕食を作る。
やがて帰ってきたシスターたちは、子供たちの頑張りに涙ぐみ、私たちに多大な感謝の言葉を述べてくれた。
根がいい人だから、子供たちのお世話も苦にならないのだろうな。シスターっていうのはそういうものだ。
私たちの仕事も終わり。子供たちが名残惜しげな表情を向けてくる。
「またな。また来るから」
「絶対だぞ!」
レオンに一番対抗意識を燃やしていたリュダが、近づいて声をかける。
そして私にも。
「ルイさん、今日はありがとうございました」
ミオラがやってきて。そして。
「みゃー!?」
また転んでしまった。
「なんなのよもう!」
「る、ルイさん……」
「あ。な、なんでもないわ! ちょっとバランス崩しちゃっただけ。うん、最近ちょっと疲れてるらしいのよ。大丈夫だから気にしないで」
「は、はい」
自分の前で二回も転んでしまったのなら、気にするなと言われても無理だろう。
しかもミオラは知らなくても、今転んだのにはれっきとした理由がある。
「ミオラ。また近いうちに会いに行ってもいいか?」
レオンが近づいてきて、身長の低いミオラに目線を合わせながら尋ねた。
「え、あ。はい。もちろんです! ……けど、どうして?」
「ミオラは頼りになるから。これからの孤児院をより暮らしやすい場所にするために、色々話し合いたいことがあるんだ」
よくもまあ。思ってもないことをペラペラと。
霊を冥界へ送るのに必要なことなら、レオンはこの程度の嘘は平気でつく。
ミオラの方も、レオンに気がある故に嫌な顔をしていない。
なんなのよ、これ。
「霊、まだいる?」
帰り際にユーファがそっと尋ねた。彼女も状況は察しているのだろう。
「そうみたいだな。ミオラの関係者の霊だ。親かどうかは、まだわからない。親じゃないしミオラの成長とか毎日はどうでもいいから、さっきので冥界に行ってないだけかもしれない」
「そんなことあるかしら。あるかもね……」
私の周りに浮かんでいるはずの霊が何者なのか、そこから考えなきゃいけないのか。
「でも、未練がミオラに関係しているのは間違いない。だから両親の可能性の方が高いと思う」
「それはそれで、わからないのよね」
子の健やかな成長以外に、死んだ親は何を何を望むのだろう。
「それを調べるのが俺たちの仕事だ。ミオラに直接訊くのが早いから、今度再訪しよう。けどその前に両親や家族について調べないとな」
孤児院から遠ざかりながらも、レオンの足は家であるヘラジカ亭には向かっていなかった。
「教会でミオラの両親について尋ねる。どこの教会で葬儀が挙げられたのかはわからないけど、とりあえずエドガーに訊いてみよう。そのまま知り合いの聖職者に話を広げていく」
この街での人の死には、ほぼ確実に教会が関わる。
よほど貧しい家の死者でない限りは、遺族が神父様にお願いして葬式を執り行う。そして墓地に遺体を埋葬する。
その際、神父は街の誰が亡くなったという記録を取っているはずだ。
孤児院の運営をしているのも教会なわけで。ミオラがこの王都のどこの地区の家庭で、両親がどんな人かを調べることは、同じ神父であるエドガーにとっては難しいことじゃない。
両親が何者かわかれば、生前の知り合いも見つかるだろう。ご近所さんとか。そこから話を聞けば、未練が見えてくることもある。
その方針で調査すると決めた彼は、早速教会へと足を運んだわけだ。
「エドガー、いるか? 調べてほしい人がいる」
「レオン。あなたはいつも突然ですね」
「霊は突然ルイを転ばせるからな。きっかけはいつも急に出てくる」
こら。面白そうに言わない。そのせいで私、苦労してるんだから。
レオンはミオラについて、知っていることを話した。とはいえ、孤児院に住む十歳の女の子くらいの情報しかない。
「大丈夫ですよ。施設に入った時期など、私から孤児院に尋ねておきます。詳しい身元もわかるでしょう」
両親がどこの地区の人間か。亡くなったのはいつ頃か。詳しい情報はそれで得られる。
孤児院には、血縁者らしき者が現れたとか、そんなことを言っておけばいい。そんな人間が突然現れるなんてありえないけど、そこはエドガーがうまく話をでっちあげてくれるだろう。