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5.勇者ごっこ

 あれは勇者ごっこなんだろう。こっちでおままごとをやってるのと、本質的には同じだ。

 レオンを囲む少年たちは、少し太めの木の棒を持っている。それを剣のように掲げて勇者気取り。ちなみに全員がそうだ。勇者の仲間には魔法使いとか賢者とかもいたのだけど、彼らは全員が勇者という設定らしい。

 みんな勇者が好きだものね。勇者の役をやりたいのよね。


 そういえば勇者役の男の子たちは、さっきレオンに負けないぞと対抗意識を燃やしていた子ばかりだ。

 彼らは一斉にレオンに襲いかかった。レオンはといえば、捕らえていたお姫様という設定の女の子を優しく突き放して、勇者たちとの立ち回りに移った。


 ローブの裾を翻しながら、囲まれる形には決して持っていかず、子供たちの棒による一撃を何度も避けていた。

 レオンはその気になればナイフを抜いて反撃、子供たちを戦闘不能に持ち込むことだってできるわけだけど、もちろんそんなことはしない。

 自分から攻撃することもなく、ひたすら攻撃を回避していれば。


「ぜえ……ぜえ……おいレオン! 手加減しろ!」

「なんで一発も当たらねえんだよ!?」


 子供たちは地面に膝をつけ、恨めしげにレオンを睨んで声をあげるだけになった。肩で息をしていて、疲労困憊といった様子。


 一方のレオンは涼しい顔だ。


「手加減はしてる。俺が反撃したら、お前ら一瞬でやられてる」


 本気でそんなことをしたら子供の遊びから外れてしまうから、しないだけ。ただただ逃げるだけで勝つのはさすがだけど、小さな子供が相手ならレオンにとっては簡単すぎること。

 こうして子供たちは、レオンへの対抗意識と尊敬の念を強めていくのだろう。


 ちょっと大人げない気もするけれど。なるほど、レオンも子供と遊ぶのは得意じゃないわけだ。


 ところで、勇者たちに助けられなきゃいけないお姫様役の女の子は、どうやら魔王であるレオンに熱い視線を送っているようで。


「あの子、ミオラちゃんって言うんだけど、レオンさんのこと好きなの」

「男の子にまざって勇者ごっこのお姫様やってるのは、レオンくんのためなのよ」


 私の視線に追随した子供たちが、耳打ちするように教えてくれた。

 女の子たちは話題のお菓子も大好きだけど、誰が誰を好きとかそんな話題も大好物。さっきレオンとユーファの仲を訊いたのも、同じようなこと。


「へえー。レオンも罪な男ね」


 孤児院で刺激のない生活を送ってる子供たちにとって、レオンみたいな外から来た都会の男の子は魅力的に映るのだろう。たしかに、レオンも子供としては格好いい部類の顔してるし。

 あくまで子供として、だけどね。私から見たらレオンなんて、ジャリっぽいクソガキでしかないけどね。



「く……くそ! こうなったら」


 男の子のひとりが、剣というか棒を杖にしてゆっくりと立ち上がった。そしておもむろにレオンを睨みつけて。


「集え、炎の精霊よ。我が手に力を。敵を砕け、穿け、燃やせ――」


 なにやら唱え始めた。

 これは詠唱だ。魔法があった時期に実在した……かは怪しいものだけど、勇者を題材にした物語ではよく登場する、魔法を使う時に唱える言葉。


 実際に、悪魔と戦う時にこんな長ったらしいこと喋ってたら、隙だらけでやられてしまう。だから実在は長ったらしい詠唱なんかしてないと考えられている。

 派手だから、おとぎ話の中では人気の要素なんだけどね。そもそも魔法自体が今や物語の中だけの存在だし。


 そんな空想の詠唱を全力で唱えた男の子はレオンに手のひらを向けて。


「ファイヤーボール!」


 誰にも見えない火球を放った。


「うわー」


 レオンには見えていたようで、やる気のない声と共にのけぞった。一応付き合ってあげるのは優しいな。

 けど、それ以上付き合ってやる義理もなくて。


「その程度か」


 レオンは少年の方へ駆け出し一瞬で肉薄すると、脳天に軽いチョップを食らわせた。


「いてっ! なにすんだよ!?」

「いきなり魔法をぶっぱなしてきたお返しだ」

「魔法食らったなら、悪魔らしくやられろよ!」

「俺はお姫様を攫うような上級悪魔だからな。あの程度は効かない」

「俺だって勇者と旅をする大魔道士だぞ!」

「大魔道士がファイヤーボールなんて弱い魔法で満足するな。もっとでかい魔法を使え」

「でかい魔法ってなにがあるんだよ」

「俺も知らない。歴史を学べ」

「やだよ勉強なんて!」


 レオンと、勇者から急遽魔道士に切り替わった少年のやりとりを、周囲は呆れたように見つめていた。

 生意気だけど世間を知らない子供を軽くやり過ごしているレオンは、やっぱり大人げない。食い下がる少年もスマートとは言えないが、ごっこ遊びで悪役をしながら負けてあげないレオンも相当だ。


 小さな子供が歴史なんて知ってるはずもないっていうのもあるし。


 確かに歴史学の分野には魔法学というものもあるけど。かつて使われていたのはどのような魔法なのかを探る学問。実用性に乏しいこともあって、この研究をする人間は滅多にいない。

 もちろん、子供たちにとっても触れる機会は少ない学問だ。触れたら興味を持つかもしれないだろうけど。


「リュダ、そこまで。レオンさんを困らせないで」


 すると、お姫様役の女の子、えっと、ミオラがたしなめるように言った。

 お姫様が悪魔を庇うことで、このごっこ遊びはなんとなく終わり、子供たち同士の関係に戻っていったようだ。


「べ、別に困らせてなんかねえよ」

「レオンさん、リュダたちのために悪役をやってくれてるんだから。ちゃんと感謝しなきゃ駄目だよ?」

「……わかってるよ。ありがとうな、レオン。でも、いつかお前を倒してやる」

「ああ。頑張れ」


 ミオラにたしなめられて、リュダという男の子は渋々ながらレオンに頭を下げた。

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