3.孤児院の子供たち
今はわたしもユーファも、どこにでもいるような町娘の格好。ユーファはこれよりは、元々着ていたような狩人が好む動きやすくてポケットの多い格好の方がいいようだった。あと弓の装備も。
いやいや。いらないから。狩りに行くわけじゃない。街中だから危険な野生動物がいるわけでもない。
「襲われない?」
「襲われないから。誰が襲うのよ」
「……」
自分でもわからない相手を警戒するな。
この子が故郷の村から離れて、狩人から酒場の従業員に職業を変えてどれくらい経っただろうか。そろそろ普通の格好も慣れたと思うけど、そうでもないらしい。
「ふたりとも、なに話してるんだ。着いたぞ」
レオンが振り返って呆れた声を出したから、私たちはそろって向き直った。
街の中心部から少し外れた所に建っている、小さな庭付きの建物。煉瓦造りの古めかしい印象があるそれは、日頃から掃除はされているの、か汚らしいとかみすぼらしいという印象は受けなかった。
敷地は背の低い柵で覆われていて、小さな門が出入り口の様子。錠はかかっていないから、レオンは遠慮なしに開けて中に入った。
「シスター。いるか? アルディス地区のレオンだ。エドガーは今日も来たくないってさ」
「あのねレオン……」
レオンにとっては勝手をよく知っている施設らしい。堂々と入っていきながら建物に声をかけた。
いいんだけど。相手は一応聖職者だ。それと子供だ。そういう態度良くないと思う。形式上は神父様の代理として来ているわけで、それにふさわしい振る舞いをしないと。
レオン自身も聖職者の一種ではあるのだけど、だからこそ問題だ。世も末だ。
「わー! レオンくんだ!」
「レオンくん遊ぼ!」
「なにして遊ぶ? おままごとしたい!」
「レオンくんがお父さん役ねー!」
「おいレオン! 勝負だ!」
「今日は負けないからな!」
レオンの声を聞いたのか、建物内から十数人ほどの子供たちが飛び出してきて、レオンを取り囲む。
随分と慕われているようだ。なんか、ものすごく対抗意識を燃やしている男の子もいるけど。
「お前ら、後でな。シスターは」
「いらっしゃい、レオンさん。いつもありがとうね」
「久しぶり。休日、楽しんできてくれ」
子供たちから少し遅れて、シスターがふたり出てきた。若いのと年配の方。
どこかの教会で働いていたところを、ここに異動させられたんだろうな。どちらも優しそうな方で、この仕事を誇りに思っている様子。
「ねえねえ。お姉さん、だあれ?」
ふと、子供のひとりが私とユーファの存在に気づいて声をかけた。途端に他の子たちもこっちに寄ってきた。
「お姉さんもシスターなの?」
「レオンくんのお友達?」
「もしかして彼女!?」
「ま、待って! みんな落ち着いて!」
こんなに大勢の子供に囲まれたことなんてない。困惑する私の気持ちなんか、子供たちは聞いちゃくれないけど。
というか、なんかとんでもないことを言う子まで出てきた。なによ彼女って。このクソガキとそんなのはありえないから!
「……」
子どもたちのエネルギーに、ユーファも圧倒されている様子。というか、私よりもユーファの方に子供たちの興味は向いてるらしくて。
そりゃそうよね。レオンと同じく歳の近いユーファの方が友達になりやすそうだもんね。
ほら。私って大人の女性だし? 孤児院の子供たちから見れば大きすぎる存在だし? 威厳もあるし?
よし、ここは大人のお姉さんとしてみんなに優雅に挨拶してあげよう。
「ごきげんよう、子供たち。私は」
「そいつはルイ。小さい方がユーファだ。みんなよろしくな」
「ちょっと! 勝手に紹介しないでくれる!?」
「ルイさんよろしくねー!」
「ルイさん遊ぼ!」
「おままごとしよ!」
「わー! 待って!」
子供たちに手を引かれて、わたしは建物の中に連れて行かれる。見ればユーファも同じみたいだ。
「ユーファちゃんは、レオンくんの彼女なの?」
女の子がひとり、興味津々とばかりに尋ねた。またそれか。男の子と女の子を見れば関係を疑う。子供はいつもそう。貴族社会でも同じだった。
というか、貴族社会の方がこの手の噂話は好きだったな、うん。大人も嬉々として話していた。将来の社交界の力関係にも影響することではあるから。
それより、ユーファは。
「違う。レオンとは、友達」
子供たちの勢いに気圧されながらも、静かに答えた。それきり説明が思いつかなかったのか、口をつぐんでしまう。
その返答は、子供たちにとっては望んだものではなかったようで、ユーファのノリが悪い返答の仕方もあって少し白けた雰囲気が流れた。
ユーファだって彼らと仲良くしたかっただろうに、こんな関わり方から始めるのは不本意だろうな。
仕方がない。お姉さんがフォローしますか。
「わたしたちはレオンの同僚なの。レオンが酒場で働いてるのは知っている? わたしたちも同じお店で働いてるのよ。だから友達みたいなものなの」
子供たちは私の説明をぽかんとした顔で見ていた。
彼女ではなく友達だということは理解したらしい。そして一瞬の静寂の後。
「そうなんだー。ねえ、レオンってお店でどんな風に働いてるの!?」
「お店屋さんってどんなところ!?」
「どんなお仕事してるの!?」
「ヘラジカ亭っていうんだよね!? どんなお客さんがくるの!?」
「お店屋さんごっこしよ、ルイちゃん!」
「わ、ちょっと待って! みんな落ち着いて! わー!」
一気に質問攻めに遭った。
これが子供のエネルギーか。わたしもユーファも、それに翻弄されぱなしだった。
ちなみにレオンはといえば、離れたところでシスターたちと談笑して送り出しているところだった。おいこらクソガキ、自分だけ楽な仕事をするな。子供の相手を手伝え。