2.絵描きのノイローゼ
なるほど事情は理解できた。
「要は子供の遊び相手になればいいのね」
「あとは、シスターの代わりに子供たちの食事を用意したり」
「それはできないけど」
わたし、野菜の皮剥きしかできないのよ。
「俺もルイには期待してない。子供たちだって、年長の子は普段からシスターの手伝いで食事の準備をしてるんだ。シスターだって休みを見越して準備してるし、子供たちがほぼ自力でなんとかするさ」
「そうなの。良かった」
「他の教会の神父やシスターが来たら、もっと凝ったもの作るみたいな事もあるかもしれないけどな。俺たちには無理だよな。ははっ」
「笑うな」
これでも私たち、飲食店で働いてるのよ。情けないと思わないの? まあ私も無理だから人のこと言えないけど。
「もちろん子供たちだけに台所を任せるわけにはいかないから、監督するのが仕事。あとはまあ、ルイの言った通りだ。遊び相手だな」
「私で務まるかしら」
「務まるだろ。ルイは子供たちに人気出そうだ」
「そうかしら」
「ルイも子供っぽいし」
「おい」
「親しみやすいってことだよ」
「……だったらいいけど」
「それと、やっぱりユーファも一緒に行った方がいいかな。歳が近い子がいた方が、子供たちも警戒しないだろうから」
「それはそうだけど」
いた方がいいのは同意だ。けれど肝心なことがひとつ。
「レオン。あなたはどうなの? 子供の相手をするのは得意?」
「おいおい。得意だったら、わざわざルイに相談なんか行かないだろ?」
「自慢げに言わないでよ。想像つくけど」
「大人だったら、話し相手とか上手くできるんだけどなー。小さいガキは無理だ。おとなしい年長さんならなんとかなる」
「いやいや。あんた大人相手でも酷い態度とること多いでしょ?」
「そうか?」
「ええ。この前だって訳ありのお客さんに、随分冷たいこと言ってたじゃない?」
「この前?」
「ほら。絵描きの」
「あー」
数日前、ヘラジカ亭にお客さんが来た。二十代半ばくらいの男性で、ひとりでの来店だ。ヘラジカ亭は大衆酒場だしよくあることだ。
少しだけ珍しかったのは、彼がかなり塞ぎ込んでいたこと。とてつもない不安か、悲しみか、それに類する感情を抱え込んでいた。それをごまかすために酒を飲む。飲み過ぎだと断定できるくらいに飲む。
まあ珍しいと言っても、やけ酒に走るのはありえること。ただしその原因が、例えば親しい人が死んで悲しみに暮れているとかならば、レオンが対処しなきゃいけない。
しかし話を聞けば、彼が飲みすぎていた理由は人の死とは無縁であり、仕事がうまく行くか心配だから塞ぎ込んで飲んでいたそうな。
彼の仕事の出来栄え如何で満足して冥界に行く霊も、いない様子。
それを聞いたレオンは。
「そっかそっか! 頑張れ! お前ならできる!」
と、はるかに年上の男性にそう言って肩を叩いた。
以上。
「うん、そんなこともあったな」
「あのね。あの人は店員で、あなたは客なの。もう少し接客態度というものを意識しなさい。そうじゃなくても、年上には敬意を払いなさい。塞ぎ込んでるのは事実なのだから」
「そうは言っても。ここは酒場で、みんな前後不覚になるまで酔っ払って、子供に多少変なこと言われても気にしない奴ばかりだぞ?」
「全員が全員そこまで酔っ払うわけじゃないわよ」
あと、だからって店員が客にあんな態度取って良い理由にもならない。レオンは一切気にしない様子だけど。
「あの男の才能は本物だ。仕事は普通にうまくいくよ」
「そういう問題じゃなくてね。じゃなくて、どんな仕事なのよ」
画家の仕事ってよくわからない。絵描いて売るとか。あとは貴族や有力商人に頼まれて希望の絵を描くとか。多くは肖像画とかかな。
「看板を新調する店の依頼で、看板の端に絵を描いてほしいってさ。店の雰囲気作りの手助けになるような作品を作る。あの男なら問題なく仕上げられる」
「ならいいんだけど……」
結局レオンは、あの人への態度を一切改めることはなかった。それは良くない。
うん、こいつを子供たちに触れさせるわけにはいかない。子供の教育に悪い。わたしが頑張らないと。子供の遊び相手とかを。
そして数日後。週末はお店も混みがちだけど、わたしとレオンとユーファは揃って休みを取って孤児院へと向かった。
ユーファも思ったより素直にお願いを聞いてくれた。
彼女のいた村では、あまり友達はいなかったそうだ。同年代の子供はいただろうけど、無口なユーファには彼らと交友を深めるのは難しかったのかも。
そして今の環境はこれだし。同年代の知り合いはレオンくらいしかいない。
レオンはクソガキだけど、ユーファには一定の信頼を置いているしコミュニケーションを取ろうとする根気もある。だからふたりはうまくいってるけど、ユーファはそれだけじゃ満足してないのかも。
もっと友達が欲しいのかもしれない。
それに、ユーファだって親を亡くしているから孤児みたいなものだし。
「……」
孤児院の場所へと案内するレオンの後ろを、私はユーファと並んで歩く。
ユーファは相変わらずの無口だったけど、その足取りは軽くて。少なくとも子供たちと会うことが嫌というわけではなさそうだ。
「孤児院で友達ができるの、楽しみ?」
「……うん」
ユーファは少しこちらを見つめて、微かに頷いた。それから。
「でも、ちょっと不安」
「不安?」
知らない人と会う不安だろうか。
「弓、持ってきてない」
「いらないでしょ……」
そのことだったか。