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19.偶然かもしれないし

 外には既に大勢の野次馬が集まっていた。けれど火を消そうと試みる者は少なかった。長らく放置されていた空き家のために頑張ろうって気になる人はいないだろう。

 家と家の間隔もそれなりにあって、周囲に延焼することもなさそうだった。一応、お隣さんは自分の家の外壁に水を撒いて燃え移るのを防ぐ処置をしていた。その程度だ。


 そのうち官吏がやってきて、事態の収集に入ろうとするはずだ。


 火は確かに強くて、このまま家を全焼させる勢いだった。

 この家の中にあるという絵も、燃えてしまうのだろうな。元々生きた人間の多くが存在すら知らなかった絵。


「ああ……そんな……」


 叔母さんだけは絶望の表情と共に涙を流していたけれど、もはやどうすることもできない。誘拐の罪が残されただけだ。

 哀れではあるけれど、同情はできないな。



「リュダ!」


 ミオラが駆け寄ってきて、リュダを強く抱きしめた。


「びっくりさせないでよ! 火事の中に飛び込むなんて!」

「ご、ごめん。だけどレオンさんたちが心配で」

「だからって……ううん。でも、ありがとう。助けに来てくれて」


 小さく言って、そのまま彼を抱きしめ続けた。


「実際助かった。ありがとな、リュダ。さっきのお前、本物の勇者みたいだったぞ」

「そ、そうか? へへっ。なんか魔法まで使っちゃったしな」

「けど、店でじっとしてろって言っただろ。勝手に抜け出しやがって」

「なんだよ。別にいいだろ。ミオラは助かったし、誰にも迷惑かけてないから」

「ユーファが今、困ってるはずだ」

「あ……」

「後で謝れよ。それから、なんでここの場所がわかったんだ?」

「それが、俺にもわからねえんだ。前にミオラから、なんとなくこのあたりって聞いたのかな? とにかく、直感だよ直感。で、この家から声が聞こえた」


 あくまで偶然らしい。


 やがて家は燃え尽きて、駆けつけてきた官吏がちょっとだけ消火活動っぽいことをして周囲への被害の拡大だけは防いだ。

 彼らに叔母の身柄を引き渡す。火事そのものは自然災害でも、誘拐事件は見逃すことはできないか。孤児院からも既に通報があるだろうし。


 私たちも事情を訊かれることになったけれど、そこは孤児院との繋がりがあるから大して怪しまれることはなかった。さらに言えばレオンは教会の人間で、大勢の人から信頼を集めている神父さんとも知り合い。

 宗教の力っていうのはすごいな。早々に解放された。



 ミオラたちを孤児院に連れて帰る前に、ヘラジカ亭に寄った。


「ユーファさん、ごめんなさい」

「……うん」

「怒ってますか?」

「……別に」


 勝手に出ていったリュダを、ユーファは案の定心配していて、けれど相変わらず気持ちを表に出すのが苦手だからか、端から見れば平然としているようで。

 リュダはちゃんと謝って、それを受け入れてもらえたのか判断がつかず、困ったように私たちを見た。


「ユーファ。俺からもごめん。いきなり役目を押し付けて、飛び出したりして」

「ううん、いい」

「ありがとう」


 レオンから声をかけられても、そっけない反応。けどレオンにはわかるらしい。ちゃんと許してくれたと。


「ユーファ。また孤児院に行こうな。リュダたちがお菓子作ってくれるってさ」

「え、おい!」

「それくらいのお詫びはしろ」

「そんなこと言われたって!」

「リュダ、一緒にがんばろ? いつも来てくれる人たちにお礼をしたいって、わたしずっと考えてたの」

「ミオラまで……わかったよ」


 そういうの得意そうじゃないリュダだけど、腹を決めたらしい。

 あ、ユーファがちょっと笑った気がした。




 孤児院に戻れば、シスターたちが子供たちの無事に歓喜して、涙を浮かべながらミオラを抱きしめた。それから、勝手に出ていったリュダも。


「心配をかけました、シスター。けど、もうどこにも行きません。わたしの居場所はここなので」


 ミオラは静かに、けれど強い意志を込めて言った。



 脅されて外に連れて行かれたミオラは、怖い思いはしたけれど怪我なんかはしてない。

 今日は大事をとって早めに休むのがいいだろう。そして明日から普段通りの毎日を送る。


 一応、彼女のベッドまで付き添ってあげることにした。

 ミオラのことが気がかりというのもあるし、彼女の両親の未練が晴れたのもある。懸念事項であった絵は灰になり、ミオラに執心する者はいなくなった。

 私に憑いた霊を冥界に送るにしても、別れの時は娘と一緒にいさせてあげたい。たとえミオラの方がまったく気づかないとしても。




 孤児院の子供たちにはもちろん個室なんかなくて、男女別に分かれた大部屋にいくつかベッドが並んでいるだけ。

 そのベッドと、横に置かれている小さなチェストが子供たちのプライベートのすべて。


 子供の扱いなんて、どこも同じようなものだけど。


「また、リュダに助けられちゃいました。えへへっ」


 ベッドに腰掛けながらそう話すミオラは、とても幸せそうで。


 それから彼女は、チェストからなにかを取り出して笑顔で眺めた。


 茶色い、半円状の板。コルクボードで作られた、飲み物の下に置くコースターだろうな。なぜか半分に切断されているけれど。

 ミオラが眺めているそれは、私からは裏面しか見えない。ただ茶色い板でしかなかった。


「ミオラちゃん、それは?」

「お母さんが昔くれたんです。形見みたいなものでしょうか」


 表面を見せてくれた。女の子を横から見た姿が描かれている。彼女は前に手を差し出しているけれど、半分が無くなっているために手の先に何があるのかはわからない。


「女の子は男の子と手を繋いでいるんですけど、そっちの方はリュダが持ってるんです。……リュダには色々分けてもらっているのに、わたしが渡せるのはこれくらいだから」


 ああ。リュダにひとつだけ分けられたものがあるって前に言ってたな。それがこれか。


 いや、そんなことよりも。


「レオン、この絵」

「ああ……間違いない」


 絵柄が、例の画家のものだった。


 画家の作品と言うから、額縁に飾ってある大きなものだと思っていた。あの人の代表作が大きな看板なのもあるから、そんな先入観を持ってしまった。私もレオンも、あの叔母さんも。

 画家のことをいまいちわかっていないミオラ自身も、絵と言われて木製のコースターに描かれたものを連想しなかった。


 あの画家が、ご近所さんのよしみでちょっとした絵をプレゼントした。ミオラの家にはキャンバスなんてないけど、代わりにコースターに描いた。それが娘に、どれだけ価値があるものか知らないままに受け継がれた。



「ミオラちゃん。その絵、詳しく見せてくれる?」

「はい、どうぞ」


 私が手を出せば、ミオラはなんの疑いもなくそれを乗せた。


 死者を冥界に送る門を開くのに必要なものはふたつ。祈りの言葉とお供え物。

 お供え物とは、例えば塩とか花とか。それから故人が好きだったもの。ゆかりの品でもいいだろう。


 その絵は、間違いなくお供え物になりえる。


「ミオラの両親はきっと、天国でミオラのこと見守ってくれてるよ。ミオラからもお祈りしてくれ。両親への感謝の気持ちを言うとか」

「あ、はい。お父さん、お母さん。大好きです。わたし、元気でやれています。きっとふたりのおかげです。ありがとうございます」

「どうかその眠りが安らかでありますように」


 レオンが手で菱形を作って祈ると、ミオラも真似した。教会で運営している施設の子だから、祈りのポーズも普段からやり慣れているのだろうな。


 霊は無事に冥界へと行ったらしい。レオンが微かに頷いたから、私も絵をミオラに返してあげた。

 それから。


「ミオラ」

「は、はい。なんでしょうかレオンさん」

「両親からのプレゼント、大事にするんだぞ。それと、リュダといつまでも仲良くな」

「はい!」


 あの女や世間が、絵は家と共に焼失したと思っているなら、そのままにしたほうがいい。ミオラにも本当のことは隠して、大事な宝物としてずっと持っていてもらおう。

 本当のことは、私たちだけ知っていればいい。


 リュダとの思い出の品でもあるそれを、ミオラは大事そうに抱えていた。

 この子、レオンのことが好きって言ってたけど、それだけじゃないんだろうな。

 リュダのためにお姫様役をやるっていうのはたぶん、そういうことなんだろう。





「ねえ、レオン」


 孤児院からヘラジカ亭への帰り道、ふと訊いてみた。


「魔法って、もう世の中には存在しないのよね?」

「ああ。呪文を唱えて不思議なことが起こるのは、昔話の中だけだ」

「でも、リュダがファイヤーボールを唱えると火事になった」

「雷が落ちただけだよ。単なる偶然だ」

「そうね。その通り……あと、リュダは思うままに走ったらミオラの家に着いたのは」

「それも運が良かっただけ。偶然だよ」

「……」


 レオンの言うとおり、これは偶然かもしれない。

 けど。


「魔法でいいのよ。こういう時は。好きな女の子のために頑張った時、リュダは確かに魔法使いだった。……その方がロマンチックだから」

「そうか」


 レオンは否定しなかった。ふと彼の方を見ると、微かに笑っていた。



〈おしまい〉

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