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18.ファイヤーボール

 ミオラの腕を掴む力が増したのだろう。幼い少女の細腕がきしみ、顔をしかめた。


「ミオラ!」

「黙りなさい! 一歩でも近づいたら、このガキの命は無いわよ!」

「てめぇ……」


 リュダが私たちの隣に並んで怒りの形相を見せる。けれど状況がわかっているのか、それ以上近づくことはなかった。ただ、孤児院の仲間を見るだけ。

 見られているミオラは、こちらに助けを求めるような目を向けていた。


「絶対に助ける。絶対に……」


 方法があるわけではないだろう。けどリュダは、それを理由に逃げ出す男ではなかった。

 無謀でもなんとかするしかない。たとえ、大人から見れば滑稽極まりない手段を取ったとしても。



「集え、炎の精霊よ。我が手に力を。敵を砕け、穿け、燃やせ――」


 叔母に手のひらを向けて詠唱を始めた。

 魔法なんてこの世界にはもはや存在せず、詠唱なんてものが実際に使われたのかも定かではない。

 けど、彼は今、本気で伝説の魔道士になろうとしていた。


「ファイヤーボール!」


 全力の彼の叫びを、これを受けることになる女は子供の遊びだとせせら笑っていた。


 しかしリュダがそう唱えたのと同時に、轟音が鳴り響いた。


 さっきリリアが言っていた通り、今日の天気は雷。それが近くに落ちた音だった。さすがの叔母も、突然のことに驚きの表情を見せる。すぐに気を取り直そうとしたけれど。


「な、なによ。ただの偶然、子供だまし……」


 そうだな。今のはただの偶然だろう。けれどレオンには僥倖だった。


 叔母が怯んだ隙に駆け出して、彼女のナイフに自分のナイフをぶつけて跳ね上げる。さらにミオラの体を蹴って叔母から強引に離した。

 女の子の体を蹴るなんて最低だけど、とりあえずミオラは助かった。痛くないように、最低限の加減と蹴る場所の見極めはしてたようだし。腰の固い所を蹴るとか。

 それにレオンは、悪い奴にはもっと容赦がないもの。


 振り返りながら叔母の腹に回し蹴りを食らわせる。体重差から彼女を突き放すことはできなくとも、腹を押さえてうずくまる。

 そんな彼女の顔面に今度は膝蹴りを食らわせて、その体を崩れ落ちさせた。


 ちょっとやりすぎじゃないかな。ううん、これでも手加減した方なんだと思いたい。


 女は顔を押さえて痛がっている。血が流れているのが見えた。どうせ鼻血だから気にすることはないだろう。


「ミオラちゃん! 無事!?」


 私と、少し遅れてリュダがミオラに駆け寄る。

 目の前で起こったことに驚いた様子を見せているけど、怪我をしたようには見えない。


「どこか痛いところは? ごめんね、レオンが荒っぽい助け方をして」

「だ、大丈夫です。痛くなかったです」


 怖かっただろうし、少しは痛かったはず。けれどミオラは気丈に振る舞っていた。

 とにかくこれで解決だ。この子の叔母は官吏に引き渡すことになるだろうか。こっちの事情を説明するのは面倒だし、孤児院のシスター経由で誘拐の罪で捕縛してもらうことになるかな。


 これで、この女が諦めてくれればいいんだけど。そう期待したいところだけど、うまくはいかないだろうな。レオンも厳しい表情で女を睨んでいて、諦めさせるのにどう説得するか考えているようだった。


 けどレオンがなにか言う前に、わたしの鼻を嫌な臭いがくすぐった。


 焦げ臭いというか。何かが燃える臭いというか。


「レオン! もしかして」

「火事か!」


 天井を見上げるレオン。そこから、パチパチと音がする。


「まずい。さっきの雷、この家に落ちたんだ。リュダ! ミオラを連れて外へ逃げろ! ルイ、こいつを外まで運ぶぞ。絶対に死なせはしない!」

「ええ!」


 ここで死んだら、絶対に冥界へは行かなそうだものね。

 煙の匂いはどんどん強くなっていく、雷のせいで起こった火災は思ったよりも勢いが強く、何年も人の手が入っていないこの家をあっという間に燃やし尽くすかもしれない。


「早くしないと天井が崩れ落ちるかも。そうなったら俺たち、死者の仲間入りだ」

「怖いこと言わないでよ!」


 そんな冗談言ってる場合じゃないってのに。


「ほらおばさん。引っ張るからじっとしてろよ。絵はたぶん燃えて無くなるから、諦めろ」

「い、嫌! 絶対に!」

「黙れ」

「おごっ」


 暴れようと手足をバタつかせた叔母の腹を何度か蹴飛ばしたレオン。本当に、悪人には容赦がない。

 この少年には勝てないし、抵抗したらもっと苦しくなるだけと身をもって思い知らされた女はぐったりとして静かになった。


 服を掴んで思いっきり引っ張る。服と床面の摩擦が強く、なかなか進まない。


「ああ。殴るんじゃなくて説得して自分の足で歩かせるべきだったな」

「今更!」

「ま、説得は無理だったろうし、このまま頑張るしかないよな」

「だったら! 喋らないで力を入れなさい!」

「わかってる。これでも頑張ってる」

「レオン!」

「危ないから戻ってくるな! でも助かった! 手伝ってくれ! 俺がこの女の足を持つから、ふたりで腕を引っ張って運ぶんだ!」

「わ、わかった! 急ごう。思ったよりも火が強い!」


 リュダが戻ってきた。ミオラを無事に外に届けた後、こっちを心配してくれたのか。


 足の方に回ったレオンが力いっぱい引き上げる。床との接地面積が減った女は運びやすくなった。

 次第に濃くなってくる煙を吸い込まないようにしながら、私たちはなんとか外に脱出することができた。

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