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16.消えたミオラ

 リリアはお客さんだから、お茶の準備をさせるわけにはいかないでしょ。だからレオンに命じたけれど、レオンだってそういうのは得意じゃない。

 私? 公爵令嬢だから、この手の家事は全部使用人にやらせてたのよ。だから出来ないのよ。


 そんな、揃って家事ができない私たちを見かねて、リリアが手ずからお茶を淹れてくれた。やっぱり本職は違うわね。手際がいい。お茶の香りも最高。

 申し訳なく思ってるわよ。


 でもリリアのお茶は本当に美味しくて、私たちは幸せなひとときを過ごすことができた。


「あ、そういえば管理人さんが仰ってました!」


 その途中、リリアが思い出したように声を上げた。


「明日は雷が降るかもしれないそうです!」

「そうなの? そんな感じはしなかったけれど」


 管理人さんとは、リリアの主人が所有する王都での別邸を、使わない時に保守しているおじいさんだ。現状リリアの唯一の同僚とも言える。


「長年の勘だそうです!」

「ふうん」


 空の様子を見ると微妙な変化に気づくとか、そんな感じかな。


 私たちは明日仕事だから、外に出ることはないと思う。けど気をつけろってリリアは教えてくれたんだろうな。


 リリアが帰る時、見送りながらそっと空を見た。秋の日はすでに暮れていて、そして星は見えなかった。厚い雲に覆われているからだろうか。




 翌日、レオンと私は同じくらいの時間に起きて、次に一緒に休みを取れるのはいつだろうと考えながら店の開店準備に入った。

 レオンはホールの掃除。私は野菜の皮むきに勤しむ。私は料理ができないけれど、皮むきだけは得意なんだ。えっへん。いつか世界一の皮むき名人になってやる。


 とまあ、そんなバカバカしいことを頭に浮かべながら無心で仕込みをしていると、外が騒がしくなった。


「レオン! 大変なんだ!」


 開店前だというのに部外者が入ってきて、しかも私たちに用があるらしかった。というか、この声は知っている。

 リュダだ。


 かなり切羽詰まった様子で、かなり緊急事態らしかった。


「サマンサ! ちょっと外すわね!」


 店長に許可を取り付けて、返事は聞かずにホールへと飛び出す。レオンとユーファも店先に出ていた。

 リュダは、私やユーファまでいることに安堵の表情を見せた。一緒に働いていることを、先日聞いてはいたけれど、知った顔を複数見れば安心するものよね。


 なにか大変なことがあって、施設からここまで走ってきたのだろう。息が上がっていた。道行く人に、ヘラジカ亭ってどこですかと尋ね回りながらここにたどり着いたのだろうし。


「リュダ、どうした? 落ち着いて、ゆっくり話してくれ」


 切羽詰まっていたとしても、まずは話を聞かないと。リュダは息を整える暇も惜しいという様子だけど、レオンは深呼吸を促した。

 そして彼が言うには。


「ミオラがどこにもいないんだ。たぶん、叔母さんに連れて行かれた」


 それは緊急事態だ。



 彼の話はこうだ。今朝、やはりミオラの叔母がやってきた。しかしシスターは私たちのお願いもあったことで、ミオラとの面会は謝絶した。

 彼女は大人しく帰ったようだけど、リュダはその様子を見ていた。未練がましく施設の方をチラチラ振り返っていた。


 その後、何事もなく日常が戻ってきたけれど、お昼の時間になって誰かが気づいた。ミオラがいない、と。

 施設の中のどこを探してもいない。いつからいないかも、正確なことはわからない。ただ原因は察せられたということだ。

 リュダは何もしないというわけにはいかず、事情を知っているはずのレオンに助けを求めたというわけだ。たぶん、シスターたちにも無断で飛び出したのだろう。


「わかった。行き先に心当たりがある。リュダ、お前は孤児院に戻れ」

「でも!」

「行き先はミオラの家だろう。俺たちはそれがどこにあるか知っている。助け出せるはずだ。けど危険だから、リュダはついてこない方がいい」

「危険って……でも……」


 言い返そうとして、リュダはできなかった。わかっているのだろう。この件は大人の悪意が関わっている。そしてリュダは子供だ。ほんの少し年上のレオンに、勇者ごっこで手も足もでないような未熟者だ。


「ルイ、行くぞ。ユーファ、この子を見張っててくれ。あと、俺たちが少し抜けることをサマンサに伝えてくれ」


 レオンはそれだけ言い残して、私を連れて外に出た。リュダが待ってと声をかけたけど、止めることも追いかけることもできない。

 ここまで走り疲れて、ろくに足も動かないだろう。彼はミオラの家の場所もわからない。


 ふと、空を見た。厚い雲がかかっている。雨も降りそうな雰囲気だけど、昨日リリアが言ってた通りに雷も落ちそうだ。




 レオンについていって走る。ああもう。こいつ足が速いんだから。

 でも、ミオラのピンチに待ってとは言えない。私も全力を出して追いかけた。



――――



 後に残されたユーファは、相変わらず荒い息のままのリュダに見つめられて、ちょっと困惑していた。

 この子とは、前に孤児院に行った時もあまり話せてない。お互い顔は知っているという程度。

 もちろん、レオンのお願いはちゃんと聞くつもりだけど。

 そうだ。まず、サマンサにレオンたちのことを言わないと。ホールにニナがいたら、そっちに伝えてもいいけど。今は厨房の方にいる。


 リュダに、ここにいてと告げてから厨房へ。経営者一家が、今日の仕入れ状況からおすすめメニューを何にするか話し合っている。


 無口なユーファが要件を苦労して伝えて、優しい経営者たちがすぐに了承してくれて、ユーファがホールに戻ると。

 リュダの姿はなかった。


 行き先は察せられたけど、ユーファはミオラの家の位置を知らないから、追いかける術もなかった。

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