1.孤児院の手伝い
魔法なんて、もう誰も使えなくなった。大昔の迷信だ。
みんなそう言う。
あの子以外は。
――――
深夜。
ヘラジカ亭の二階にある自室で、仕事を終えたわたしは着替えてのんびりと過ごしていた。
特に何をするわけでもない。公爵家にいた頃は習い事だとか勉強だとか乙女の嗜みがどうとかで休む暇はなかったな。だから、こういう暇な時間も今は楽しいと思えてきた。
いずれ退屈を持て余す時も来るだろう。そんな時にどうするかを考えるのもありかな。なにか趣味を持つのもいいかも。
みんな何してるんだろう。レオンに訊いてみようかな。
いや、それは駄目だ。やめておこう。あのクソガキの場合、ナイフを研ぐとか薬の調合をするとか、気味の悪い怪しい趣味しか持ってなさそうだし。やっぱりニナかユーファだな、こういうのは。
あのクソガキのレオンは頼りにならない。
よし、明日の仕込みの時間に早速訊いてみよう、と考えていたら。
コンコンとノックの音がした。
さらに。
「ルイ。いるか?」
「ひえぇっ!? まさかレオンあなた、クソガキって考えてたこと読み取って来たの!?」
「なに馬鹿なこと言ってるんだ。いるなら入れてくれ」
「うん。わかったわかった。言っておくけど、クソガキだなんてちょっとしか思ってないからね」
言いながら錠を開けてレオンを招き入れる。
十二歳のクソガキは、私をを見上げて呆れた顔をしていた。
「ちょっとは思ってたのか。いつものことだけど。てか、言わなきゃわからないことをわざわざ言うなよ」
「レオンのこと考えてる最中に来られたから、驚いたのよ」
「ふうん。なに考えてたんだ?」
「レオンの趣味ってなにかなーって」
「図書館に行くとか。あとはナイフ研いだり、薬の調合をしたり」
「やっぱりー!」
「なんかムカつくな……」
「で? そんな不気味な趣味しか持ってないレオンが何の用かしら?」
「ルイは小さい子供、好きか?」
「へ?」
予想してなかった質問が飛んできて、わたしは首を傾げた。でもまあ、質問の意味がわからないってことはない。
答えにはちょっと迷ったけど。
「好きか嫌いかを考えたことはないわね。少なくとも嫌いではないわ。お茶会やパーティーなんかに小さな子が背伸びした感じで来たりすると、かわいいなって思うことは多かったわね」
「あー。そうか。ルイとはそもそも子供の捉え方が違うのか。金持ちの家で躾けられた、行儀のいい子供じゃない。貧乏な庶民の家の、落ち着きのない元気でわんぱくな子供だ」
「お淑やかとか、そんな感じじゃなくて?」
「どっちかというと生意気な子が多い」
「レオンが小さくなったみたいな?」
「その例えはムカつくけど、そういうことだ。それか金持ちの家で、躾じゃなくて贅沢ばっかり教えられたみたいな、我慢のないガキどもみたいな」
「あー、無理ね」
そういう駄目な貴族の子供も見たことはあるし、それが成長したんだろなって感じの駄目な貴族にも心当たりがありすぎた。
「そうだな。ルイには荷が重いよな。うん、ユーファに頼む」
「待って。おい。待てこら」
たしかに私はレオンの望む言葉を返さなかったかもしれない。けど、わたしには向いてないから諦めるとか、そんな態度を一方的に見せられたわけで。
大人しく帰してやるものですか。
「せめて、どういう要件かだけは伝えなさいな」
「教会が運営する孤児院の手伝い。当番が回ってきたんだ」
「孤児院?」
「親が病気や事故で死ぬとかで、身寄りがなくなった子供たちを保護して育てる場所。この王都だと教会がやってる」
そういう施設があるのは知っている。公爵領にももちろんあった。
「うちでも教会がやっていたわね。公共事業として、公爵家からも補助金を出したりしてたはず。教会じゃないところもあるの?」
「金持ちの家が直接運営してたり、商人の集まりがやってたり。海沿いの街だと、漁師のギルドがやってたりする所もあるらしい。将来の人材育成も兼ねて」
漁師のなり手を確実に確保できるのだから、合理的なのだろうな。
「商人だって将来の人手のためにやってる面があるし、教会だって一緒だ。子供を養いながら、神の教えを授けている。何人かはそのまま聖職者になるだろうさ」
「嫌な言い方ね」
「純粋な善意より、少しくらい裏があった方が信頼できるだろ?」
「それはそうだけど」
わかっているとも。教会だって、孤児院なんて面倒でお金がかかる仕事をしているのは善意が大きいって。
逆に領主を始めとした貴族たちが実利もないのに孤児院を運営してるパターンも、公共事業をしっかりやって領民に優しい治世をしてますアピールを含んでいる。
善意と利益は両立するもので、そのバランスを取りながら孤児院は存在している。
で、そんな王都の孤児院だけど。
「孤児院専属で働いてるシスターがいるけど、それだけじゃ人手が足りないこともある。シスターも休暇が必要なこともあるし。だから各地区の教会が持ち回りで、週末に人を派遣してるんだ」
週の終わりはシスターもちょっと楽をしたいってことね。無理なく働ける、いい制度だ。
「で、うちの地区の当番が回ってきた。もちろんエドガーが行くことになるのだけど」
「行かないでしょうね」
「そういうことだ。今までも一度たりとも、頑として行くことはなかったらしい」
「でしょうね」
レオンが普段から付き合っている、アルディス地区の神父の顔を思い浮かべる。
神父としては優秀らしい。街の住民のために祈り、悩みごとに耳を傾け、適切に助言をする。皆から慕われている。
一方で、肉体労働一切お断りの彼が、子供の遊び相手なんて疲れる仕事を引き受けるはずがないのも理解できた。
だからレオンが代わりに行くことになるし、私も手伝いとしてどうかと訊きに来たわけだ。