08_メイド②
〝――閣下に嘘をついていらっしゃいますよね?〟
彼女の問いに、リナは固まった。
「な、何のことかしら」
と、すっとぼけてみようとすれば、じとりと静かに見つめられる。
「うっ……」
心当たりがしっかりあるリナには、躱しづらい視線である。逃げられそうにない。
「……ち、ちなみに、どうしてそう思ったのかしら?」
「言ってもよろしいのですか?」
これはもう確実に負けるな、とリナは思った。
ラミラはあっさりと根拠を話し出す。
「誰にも指一本触れることのできない『鉄壁令嬢』様のはずが、先ほど私はリナミリヤ様の髪を梳かしたり、目元に触れることができました。人は普通、目の近く手を近づけられたら警戒するものです。しかしリナミリヤ様の防御魔法は発動せず、平然とその肌に触れることができました」
(しまった……!)
もともと愛人の子であったリナは、着替えなども十四歳で侯爵家に引き取られた時からすべて自分でやっていた。侯爵令嬢らしくないと父に怒られたりしたが、その方が気楽だったからだ。豪奢なドレスの時は手伝ってもらったりしていたが、結婚式でやらかすまでは、別に誰のことも防御魔法で弾かなかったし、弾かれないことに疑問を持つメイドもいなかった。――しかし、今は制御不能の『誰も指一本触れられない鉄壁令嬢』のはずなのだ。すべての人を弾かなければならない。完全に油断していた。
「ええと、その……女性は大丈夫なのよ!」
嘘ではない。リナが『これは恋心が原因』と気づく前に来た研究員たちも、今思えば全員男性だった。なので無意識に弾きまくっていたのだろう。
「男性だけ? なぜです?」
「そ、それは――」
目を逸らすリナを、ラミラが「おかしいですねぇ」と追い詰める。
「まさか相手の魔力素の性質によって弾くか弾かないか変わるとか? しかし男女差がそうはっきり出るとも思えませんし――精神的なもの? ……もしかしてリナミリヤ様、うちの閣下がお好きなのではありませんか?」
「うっ……!」
一足飛びに正解に辿り着かれて、リナミリヤは呻き声をあげてしまった。
「な、なにを言っているのかしら!?」
「なるほど、『鉄壁令嬢が光の公爵家次男を結婚式でふっ飛ばした』という噂は有名でしたが……実際は『本当に好きな人以外に触れられたくない』から防御魔法を発動してしまうのですね。結婚式での騒動も、魔法の暴走ではなく、ただキスができなくて? ――なんとも今どき珍しい、ピュアな乙女心じゃあないですか」
いっそ感心したように、しみじみとラミラが目を丸くする。
(ああ、もう、恥ずかしい……!)
はっきり言われてしまって、羞恥による熱が一気にせり上がってきた。頬など火が出てしまいそうだ。リナはぶんぶんと首を横に振る。
「そ、そんなことないわ! 私だって貴族としての覚悟はあります! そんな子どもじみた理由で光の公爵家との縁談を拒んだりしないわよ!」
「まぁ、縁談を拒むつもりはない、と強い意思だけは持ったつもりでも、体の方がしっかり拒否反応を示すこともありますからね。体の方が先に根を上げるものなんですよ、理屈じゃないんです」
「ち、違うわよ……!」
「大丈夫です、閣下には言いませんから、誤魔化さなくても大丈夫ですよ」
砕けた口調ではあるが、落ち着かせようとする意思を感じて、リナは黙り込んだ。
「……言わないで。絶対に言わないで」
「私からは言いませんが――しかし、むしろ、閣下にも隠さず『あなたじゃなきゃだめなの』とおっしゃったらよろしいのに。きっとお喜びになりますよ」
「喜ぶわけないじゃない……」
「え、なぜです?」
「……好きでもない相手から告白されたって重いだけでしょ」
ラミラはきょとんとした後に、記憶を辿るような顔をする。
「いえ、閣下は――お二人が在学中の頃は、私はまだこの屋敷におりませんでしたので詳しくは存じ上げませんが、ずっとリナミリヤ様の瞳と同じ色の花を大切に育てていらっしゃいますよ。それはもう、他の植物とは違う、格別の扱いで」
「その花が好きなだけでしょう」
その花なら多分リナミリヤも心当たりがある。在学中に「君の瞳の色にそっくりだろう」と彼が一輪贈ってくれたことがあるからだ。
「もともとこのお屋敷で何代も前から育てている花よ。あとから私と会ったんだから、その花を大事にしてるからって、私への好意は関係ないの。それに――」
言うのはつらかったが、リナは口に出した。
「あの人、好きな人がいるのよ」
「え、そうだったんですか? ……直接閣下がおっしゃったんですか?」
「聞いたわけではないけれど……まあ、行動からして明らかね。学生時代からずっと好きだと思うわ」
「そうですか。まあリナミリヤ様がそこまではっきりおっしゃるなら……そうなんですかねぇ?」
ラミラは首を傾げていた。
「それにしても、リナミリヤ様は素直な方ですね。『この人でなければ嫌』と思うほど人を好きになることがあるだなんて。しかもお相手がうちの閣下とは。いやぁ、良い話を聞かせていただきました。この世もまだまだ捨てたものじゃありませんね」
「ねぇ、ちょっと何回しみじみ言うのよ! からかってない!?」
「からかってなどおりません。素晴らしい主人に仕えることができて、心から歓喜に満ちておりますよ」
「表情全然変わってないけど?」
「生まれつき表情がわかりづらいようで」
悪びれもなく、けろりと言う。
「それで、うちの閣下のどこがそんなにお好きなんです?」
「やっぱりからかってるじゃないの! もう知らない!」
楽しげな侍女を部屋から追い出した。
一人になって、「ふぅ」とようやく深い息を吐く。家から持ってきた本でも読もうかと思ったが――先ほどの会話のせいで、学生時代の彼との日々を思い出してしまい、心がまったく落ち着かなかった。