SS⑦:なにげに初デート・中編【8/20(水) 1巻発売!(※画像あり)】
8/20(水)にコミックス1巻が発売されます!
(このSSの一番下に書影の画像があります)
特典・サイン本抽選については活動報告にまとめております。
https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3486434/
よろしくお願いします!
リナは大急ぎで部屋に戻ると、ラミラや他のメイドたちに囲まれて、『初デート』のためのおめかしを開始したのだった。
「どうしましょう、服を……服を決めないと……! やっぱり無難に白や水色!? それとも大人っぽく紺色に……」
「落ち着いてください、リナミリヤ様」
ラミラが冷静な声を出しながら、服をクローゼットから取り出して寝台に並べてくれる。屋敷のメイドたちは、きゃっきゃと楽しそうに、リナの頭に髪飾りをあれこれとあててみせる。
(というか、エドはどんな格好を――!?)
初デートの服装が、まったく想像がつかないまま、リナは自分の準備をするのだった。
◇◇◇
なんとか服を決めて出掛ける格好が仕上がった。
玄関ホールへ行くと先にエドガルドが待っており――
「やっぱり黒なのね……!」
ほぼいつもと同じだった。だが、普段の公爵らしさは抑えて、リナと同様に「ちょっと良いところの商家の青年」くらいの印象にはなっている。だが、やはり黒が多めだ。すべて耐魔布で出来ているのだろう。
薄手の春夏用とはいえ黒色のシャツに、黒色のベスト、黒のスラックス。
なんだか暑そうに見えるが――
(でも、新鮮……!)
シンプルな型のシャツを着ているだけで、ちょっと感動してしまう。
これならば、猛毒公爵ではなく、「趣味で黒一色を着ている人」として街を歩けそうな気がする。
「リナは……可愛いな」
急に彼から褒められてどきりとする。
リナの格好は、白地に小花柄の刺繍がささやかに青や黄色を彩るブラウスと、普段のドレスとは違ってあまりボリュームのない、花浅葱色の上品なスカートと上着で揃えた。
髪はおろしつつも、小さな編み込みも作っている。ラミラたち女性陣が張り切って「可愛い、かつ普段とは違う新鮮さを!」と色々と考えながら髪型を決めてくれた。
「……ありがとう」
「本当に可愛いな」
まじまじと言われて照れてしまう。
「だが、すまない。不釣り合いかもしれないが、俺は念のために黒い格好でもいいだろうか? ……耐魔布ではない普通の服を着るのは、まだ落ち着かない」
「そうね、せっかくのおでかけなのに落ち着かないのはよくないわ。いきなり人混みに行くわけだし」
いずれ色々と明るい色を着た彼を見たい気持ちはあるが、必ずしもこのデートで着てほしいというわけでもない。
「もしくは弱体化の薬を飲むのなら、耐魔布でなくとも安心なのだが」
彼が悩みながら言う。
「それは――やりすぎじゃない? 身体に負担はかかるでしょうし、薬もあまり頻繁に使うと耐性がつくかもしれないし」
今の彼は学生時代と同じ程度に安全だ。学生時代は普通に制服で学園内を歩いていたので、そこまでするのは過剰だろう。
毒魔法に耐性のない人たちも、直接皮膚同士が接触さえしなければ問題ない状態だ。耐魔布の黒い服なら、なおのこと充分な対策だろう。
(肌が見えているのは顔だけだし……すれちがいざまにエドの唇を奪うような人も現れないでしょうし)
そんな人がもしいたら、妻としても全力で防御魔法を発動させてもらうところだ。
「そうだな。ではこの格好で行こう。……普通のデートらしさが少なくてすまない。君の隣を歩くのに、もっと洒落た服を着られればいいのだが」
「気にしないで。黒も似合っているし……それに、結婚式には、お揃いの白を着てくれるでしょう?」
「もちろんだ」
彼の即答が嬉しくて、頬がゆるむ。それなら結婚式までおあずけでもいい。
「それでは、行こうか」
彼にエスコートされて、馬車に乗り込んだ。
◇◇◇
そうして王都の街に降り立ったリナたちは、二人で街を歩き出した。
(初デート! 初デート……!)
いつもの街並みも、想像以上にキラキラして見える。
(どうしましょう、私、浮かれてるってバレバレじゃないかしら!?)
頬が真っ赤かもしれないし、口元もゆるんでいるかもしれない。
すれ違う人々に不審に思われるかもしれない。
一方のエドガルドは落ち着いている。これなら心が乱れて毒魔法が暴走することもないだろう。
「エドは大丈夫? 具合は悪くない?」
「特に問題ない」
「……私は、どこか変じゃない?」
「大丈夫だ、いつもどおり可愛らしい」
そんなことを言われて、ますます赤くなった自覚がある。
あちこち二人で街を見て回りたかったはずなのに、彼のことばかりが気になって、そわそわとしてしまう。何をすればいいのかわからない。
「エドはどこか行きたい場所はある? エドの願いが知りたいの」
「……ふむ」
悩むように口元に手をやり、しばらくしてから、彼が言った。
「リナ、一つ、願いがある」
「なあに?」
「手を繋いで歩きたい」
「!」
(デート……! すごくデートっぽい!)
心は歓喜で上昇し続けている。ふわふわと、このまま飛んでいきそうだ。
慌てて手を差し出せば、彼が握ってくれる。
そうして歩き出した。それだけで幸せだ。ゆらゆらと、つい手を揺らしてみたりする。
「……誰かと手を繋いで歩いたことはあるか?」
「え? そうね、お母様とは小さい頃に……」
「いや、そうではなく……」
「男性で? 無いわ」
シルビオと夫婦だった時も、共に街を歩いたりはしたが、手は無意識に弾いていた頃なので、握れるはずもない。
「男性の手を握ったのはエドが初めてよ。あのお屋敷に来た時の、最初の接触実験の時」
「……そうか」
(というか、手を繋ぐのさえ無意識に「エドじゃなきゃ嫌」って思ってたのね、あの頃の私……)
懐かしくて微笑んでいると、彼は別のことを考えていたようで、真剣な面持ちでリナに告げる。
「この先も俺だけでありたい。……俺だけで満足できるよう、心を尽くすから、どうか俺と共にいてくれないだろうか」
「満足できるようって……」
言い方は失敗している気がするが、やきもちを焼いてくれているのだとわかる。
「一緒に幸せに暮らしましょうね」
「……ああ、もちろんだ」
重々しく彼が頷く。
それから街並みにようやく目を向けられるようになった。
流行りの服や菓子の店も気になるが、今日はエドガルドといるので、寄らなくてもいいだろう。
「ちなみに、シルビオ殿とは、デートはしたのか?」
なぜかさらに訊いてくる。
「え? ええと、シルビオ様とは……そうね、期間限定のスイーツとかを一緒に食べに……?」
「……そうか。……うっ」
急に彼が苦しそうな顔をして立ち止まってしまった。
「どうしたの、エド!? 大丈夫!? ……ごめんなさい、私のせい!?」
前にもこのようなことがあった気がする。
大抵、エドガルドの心が乱れた時――嫉妬した時である。
「いや、俺が学生時代に君に告白していれば良かっただけの話だ……」
やはり嫉妬が原因のようだ。というか、訊かなければ良かっただけの話な気がするが、やはり二番目の夫として気になったのだろうか。
「ごめんなさい、エド、もうシルビオ様の話はしないから!」
「……いや、俺の方から訊いたんだ。君に落ち度はない……俺が受け止めるべき過去だ……」
「というか、訊かなければ良かったんじゃない……?」
「すまない、知らないままではいられなかった……」
苦しむとわかっていても知りたくなるのは――冷静な正解を選べず、ままならないのは、恋をしているからだろうか。それが彼の恋心の証拠なら、リナは喜んでおくべきだろうか。
(でも、自分から毒に当たりに行くようなものじゃない……!?)
手紙のこともそうだが、彼は結構嫉妬しやすいようだ。というか、これでは毒魔法が暴走してしまうのでは、と慌ててリナが防御魔法で彼をコーティングしようすれば、「いや、大丈夫だ」と首を横に振られる。
「ただ、できればずっと手を繋いだままにしていてほしい」
「手を? ずっと?」
「ああ、嫉妬で黒い気持ちが溢れそうになる時、手を握っていてもらえれば――リナは、今は俺の隣にいて、これからもずっといてくれるのだと思い出せる。そうすれば暗い気持ちにならずに済む。……狭量だと幻滅するだろうか?」
「いいえ! 嬉しいからぜひ繋いだままにしましょう!」
リナはぎゅっと手を握る力をさらに強める。
「これでどう?」と訊くつもりで顔を見上げれば、エドガルドはさらに言う。
「……もう少しくっついてもいいだろうか」
「ええ! もちろんよ!」
なんならいっそ、と、ぎゅっと彼の腕に縋りつく。
密着面積が大きいほど安心なのだろうか、彼もほっとした顔になる。
(実際、私が屋敷に来た時から、距離が近いと毒が弱まっていたものね……)
研究員には子犬セラピーだのアニマルセラピーだのと言われたやつだ。
思い出して、なんとなく抗議の気持ちで、むぎゅむぎゅとエドガルドの腕に圧力をかけてみる。
「?」
彼は不思議そうにしたものの、なんだか嬉しそうだった。
そして、彼の腕に寄りかかり気味で歩いていると、どちらかというと、なぜかむしろリナが大型犬の散歩を頑張っているような心地にもなる。
(歩きにくい……!)
というか、あまりにも浮かれたカップルに見えそうで、そうっと顔の距離を戻しておいた。彼の安心感のためにも、腕は絡めたまま歩く。
出店を通り過ぎる時に、「あらあら幸せそうなお二人だこと」と微笑ましそうに声を掛けられた。
「新婚なんです!」
なので大目に見てください、とリナは心の中で言いつつ、通り過ぎた。少し恥ずかしい。新婚と名乗っていいのかも微妙なところだ。なにせ二度目の結婚で、そして実験的結婚の延長からの夫婦である。
(それにしても……シルビオ様とは普通にお出かけしてたのに、エドとはようやくって、なんだか変な感じね)
学生時代は互いに気持ちを伝えずにいたのだから仕方ないが、夫婦となってからも結構時間がかかっている。今日だってリナが言い出さなければ『二人でデート』はもっと先になっていただろう。
「……エドは、私と出かけたいとか思ったことない?」
自分だけが思っていたのだろうか。一方的な片思いのような心地で訊ねてみれば、「いや、もちろんある」と即答される。
「学生時代に想像したが、まあ実現しないだろうなとそこで諦めたきりだった。それですっかり……今朝はすまなかった。気を遣わせてしまった」
リナが執務室の入口で様子を窺っていたことを言っているのだろう。
「俺も、君と行きたい場所はある。街の店には詳しくないが、学生時代から君に見せたいと思っていたものもある。……俺の場合、王立植物園や高山植物……中々遠い領地の山の光景だったりするが」
「へえ、面白そうね。一緒に行きたいわ」
リナが明るい声を出せば、彼も微笑む。
「それから、できればいずれ――」
彼はまだ何か言いかけていたが、前方に人混みが出来ているのを見て、「すごい行列だな。……たしか、あの店は――」と足を止めた。
なにやら賑わう菓子店があるようだ。
(まずい、あのロゴは……!)
先日、シルビオからの手紙にお菓子を添えて送ったことで、かつてのシルビオとの夫婦時代によく行っていた、「なじみの店」であることがエドガルドにバレてしまった店である。流行りのスイーツを売っているし、店内でティータイムも楽しめる。味も確かなので、みんなが行列を作り、ここまで賑わっているのだろう。
リナはぎゅっと彼の腕に力を込めた。
「見てはだめよ、エド! 思い出してはいけないわ! 何も見ていないことにしましょう!」
「……中々難しいな」
二人でそそくさとその行列の横を早足で通り過ぎる。
しかし、顔を知っている貴族がおしのびで列に並んでいたようで、
「え、あれって猛毒公爵……?」
「また随分と情熱的な距離感で……」
と、互いにぎゅうぎゅうにくっついている二人を見て、目を丸くしている。
(いちゃつきながら歩いているわけじゃないんです……!)
訂正しに行きたい気持ちもあるが、ぐっと我慢だ。
他人の目を気にしている場合ではない。
――晴れた街を歩く彼が見たいと思っていた。それが叶っただけで十分だ。
……そして、やはり、なんだかリハビリとして頑張る道のりはしっかり考えていきたいと思った。
「あ、ねえ、見てエド、あの店に寄っていかない?」
そろそろ少し喉が渇いてきた。ちょうど果物屋の横にジュースの屋台が出ているのを見つけた。二人分を買って、その場でジュースを飲む。木製のカップに注がれた葡萄ジュースは、直前まで魔法で冷やされていたようで、おいしかった。
(……ふふ)
ちいさく揺らせば、太陽の光を反射して煌めく。宝石のようだ。
飲み終わってカップを店に返し、また二人で歩き出す。
「初デートとしては、どこかの店で食事もできればいいのだろうが……今日は難しいかもしれない、すまない」
「気にしないで、エドと出掛けられただけで嬉しいから!」
今日はそろそろこれで撤退すべきだろう。
なにせ、おしゃれなカフェでのティータイム中に、また彼がシルビオのことを思い出してしまったら大変だ。万が一毒魔法が出てしまったら、とっさにリナが防御魔法で彼をコーティングすればいいのだが、それでも騒ぎになるだろう。
(でも普段は屋敷でも、もうそこまで急な嫉妬で毒が出たりはしないのよね)
それに、今だって手を繋いでいれば大丈夫だと言ってくれた。
(手を繋いだまま片手で食事をするのはちょっと難しいけれど……触っていなくても正面に私の顔が見えていたら大丈夫だったりしないかしら? ってなんだか自惚れが過ぎるかも……?)
想像して、つい頬が赤くなる。
歩みがわずかに乱れたリナの顔を、エドガルドが窺ってくる。
「大丈夫か? ……疲れたか?」
「い、いえ、大丈夫よ! こちらこそ、ごめんなさい、今日は急に誘ったりして。歩きにくいでしょう?」
「……いや」
彼はそっと目を逸らす。なにやら少し後ろめたそうだ。
「満更でもないとか思ってる?」
「……すまない。嬉しい」
「ふふ」
素直な言葉に――学生時代や実験的結婚の時には聞けなかった言葉に、思わずリナも笑みがこぼれた。なんだか足取りも軽くなる。
そうして、そのまま街をしばらく歩き――ただ街に来てぐるりと散歩しただけではあるが、「そろそろ帰ろうか」と、どちらからというわけでもなく、馬車を待たせている方へと自然と足が向かった。
「すまないな、これだけで帰るなんて」
「いいえ、楽しかったわ。街を歩くだけでここまで真剣になるのも新鮮だったし。……エドとぎゅうぎゅうにくっつけて、頼ってもらえるのも嬉しいし」
彼とのデートだからこその経験だ。それも大切な思い出になるだろう。「……俺もだ」と彼も小さく頷く。
「でも、そうね、お散歩なら、うっかり毒が出ても大丈夫なくらい、人気のない広い草原とかの方が良かったかもしれないわね。いつかまた旅行にも行きましょう」
笑い飛ばしながら言えば、エドガルドはふと足を止める。
「……そういえば、先ほど言いそびれたことがあるのだが」
「ああ、さっき何か言いかけていたような……なあに?」
彼はリナの顔を見つめながら言う。
「俺の方から言っていいのかわからないが……いつか二人で行けたらと思っていた場所がある」
その慎重な言い方に、彼の真剣さがリナにも伝わってくる。
「……それは、どこなの?」
リナが問えば、彼は静かな声で答えた。それは意外な場所だった。




