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06_来客②


 その後もモンドラゴン侯爵はぐちぐちと「この結婚が気に入らない」という内容を喋り続けていたが、二時間くらいすると流石に体力が尽きたのか帰っていった。


 それを玄関ホールで見送ってから、彼が隣でぽつりと言う。


「巻き込んですまなかったな。ああいう貴族は、自分の知らないところで何かが進むのが一番プライドに障るんだ」

「……わかっていたのなら知らせておいた方がよかったんじゃない? 私はよく知らないけれど、そこそこ古い付き合いの家っぽかったじゃない」


 エドガルドも侯爵も、それなりに面識がありそうな雰囲気だったし、来た時も「ここはいつからガスマスクがいるような屋敷になった!?」と叫んでいた。使用人たちに対しても我が物顔だったので、たぶんエドガルドの親の代からこの屋敷にしょっちゅう来ていたのではないかと思う。ガスマスクに驚いていたなら、最近は来ていなかっただろうが。


「事前に知らせたり、客を呼ぶような結婚式をやるわけにはいかなかったからな」

「どうして?」

「君が途中でやめたいと言い出せなくなるからだ。周りに事前に知られていなければ、署名の直前だろうと、いつでも君の一存でこの結婚を無かったことにできる。君が署名して夕方には城に報告したので、耳の早い連中にはもう知られることになったわけだが」

「……」


 貴族同士の結婚が、当日署名が終わるまで他の貴族の耳に入らないということは滅多にできることではない。できるとしてもやってはいけない。相当の用意周到な根回しと、無礼者の常識知らずと責められる覚悟がいる。


「……そんなに私、途中で逃げそうかしら?」

「猛毒公爵と暮らそうなどと、直前で気が変わるのが正常だ。魔法の研究をしようする姿勢は立派だが、君がここで得られるものより、失うものの方が多いだろう。自分を大切にしたほうがいいぞ。……お父上に何か弱みを握られているんじゃないだろうな?」

「そんなものないわ。全部私の都合だから安心して」


 もしも、この結婚が権威でも実験への好奇心でも何でもなくて、ただあなたのそばにいてみたかったのだと言ったらどうなるだろう。


「なんだ?」


 つい彼を寂しい気持ちで見つめてしまった。

 彼は不思議そうにリナを見ている。


 この人は、本当は誠実で優しい人だ。

 だからこそ拒絶された時が怖い。


「……なんでもない」

「言いたいことがあるなら、はっきり言え。……具合は悪くないか?」

「平気よ」

「ならいい。……面倒な客の相手をさせてしまって悪かったな」


 彼が謝るので「何よ」とリナは笑う。


「早速、妻としての務めを果たせて私はわりと満足よ」


 妻、と彼の前で言うのは、なかなか勇気がいる。

 しかし三ヶ月だけとはいえ妻なのだから、これくらいのご褒美があったっていいだろう。初恋をもてあましているリナとしては、こういう思い出の積み重ねが大事なのだ。


「――ああ、それについて、先ほども言おうと思ったんだが」


 彼が急に深刻そうな顔になる。


「な、何よ」

「期間限定とはいえ妻だからと、俺を愛しているふりなんてしなくていいんだぞ」

「あ、愛……!?」


 頬が一気に真っ赤になるのがわかった。


「べ、べつに、あなたのことを愛してなんて――」


 とっさに否定しようとして、でも否定しなきゃいけないんだっけ?とふいに思う。


(これって否定しない方がいいのかしら!?)


 バレるのは恥ずかしい。拒絶されたら怖い。だけどキスが目標なのだとしたら、いっそこちらから告白するべきだろうか。いやしかし、これだけ帰れと言われているし、そもそも彼には好きな人がいるのに、いきなり告白なんて勝算がなさすぎる。


 慌てふためくリナを見て、「いや、だから、演技なのはわかっているから慌てなくていい」と彼が首を横に振る。


「俺は、愛しているふりをしなくていい、と言ったんだが」

「何のことよ」

「先ほど、俺を褒めてくれただろう。まるで最愛の夫について話しているかのようだったぞ。驚いたな。とっさにあのような演技ができるとは。台本でもあったのか? よくもああもすらすらと話せるものだ」

「……ま、まあね」


 リナはそっと目を逸らす。


「だが、俺を『国を守る者』として擁護するのはどうかと思うぞ。俺ほど破壊に向いている人間はいないというのに。もっと信憑性のある台詞が並んだ台本にするべきだ」


 ありもしない台本とやらの駄目だしをされたので、リナはわざと呆れたように言ってやる。


「自覚がないの? あなたって在学中から、花や木や小鳥を慈しんでいたじゃない。……私のことだって、面倒みてくれたし。あなたはどちらかというと、守って育むほうでしょうに」


 彼は驚いていた。

 だから、わざと「何か私が間違っているとでも?」という顔をしていれば、「物好きめ」と、彼は笑った。



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