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SS①:『可愛いガスマスクとは何か』会議

本日2/28(金)よりコミカライズが始まりました!レーベルは「ぶんか社BKコミックスf」、作画は「群青街」先生、ピッコマ様で先行配信中です(他サイト様では3/28(金)からです)。よろしくお願いいたします。


 猛毒公爵と呼ばれるエドガルドが、正式に鉄壁令嬢のリナミリヤと結婚生活を継続すると決まってから一ヶ月ほどが経った。


 今日は彼女(リナミリヤ)は『研究合宿』とやらで不在である。

 丸薬の研究に防御魔法士として参加しており、ときどき泊まり込みの研究会にも行く。エドガルドからすれば、妻が知らぬ者たちと同じ屋根の下ですやすやと眠っているかと思うと、まったく気が気でないのだが、本人が楽しそうにしているので、その嫉妬深さはなるべく隠して黙っている。……というか、大抵は実験が盛り上がって全員で徹夜しているらしく、「ちゃんと寝ろ」と言いたくなることが大半のようだ。


 ――そして、彼女不在のこの機会を逃してはならない。

 決意をもってエドガルドは屋敷の奥にある一室に五人の従者たちを集め、全員の着席を確認してから真剣な面持ちで問いかけた。


「では会議を始める。本日の議題は『可愛いガスマスクとは何か?』だ」

「これお給料出ますか?」


 すかさずラミラが呆れ顔で口を挟んだ。その態度に他の従者たちはどきりと肩を揺らす。

 皆、自分たちの主人が寛容な人物であると知ってはいるが、ラミラの粗略な物言いには日頃から度肝を抜かれることも多かったのだ。


 エドガルドはしっかりと頷いた。


「もちろんだ。さらに、良い案を出した者には褒賞も出す」

「ああ、前から公示されてましたけれど……」


 使用人たちしか見ることのない――つまり、リナミリヤに見つかることのない、使用人たちの掲示板には貼り紙がされている。

 かつて、彼女が「三ヶ月だけの結婚」として来てすぐの頃は、『穏便に追い出せた者には褒賞を出す』だったのだが、今は少しカラフルになり、『求む名案!おしゃれな女性も喜ぶ、素敵なガスマスク!』などと達筆な字で強調されたポスターが貼られている。


 これが公爵のやることか、とラミラは思ったりする。


(本質をわかってないんですよねぇ……)


 ラミラは自分の又従兄(はとこ)を呆れた目で見上げる。

 ――この国で王の下に五席しかない『選定公』の若き一席。

 今や社交も再開し、かなり忙しくなったというのに「暇なのか?」と訊きたくもなる。


「そもそも、リナミリヤ様はもうガスマスクなんて要らないじゃないですか」


 ラミラの言葉に、「たしかに……」と他の従者たちからも同意が漏れる。

 もともとリナミリヤはS級の防御魔法の使い手で、唯一エドガルドのS級毒魔法に対抗できる人物だと言われていた。エドガルドの毒魔法が落ちついた現在、もう彼女の「ガスマスク拒否」な姿勢に対抗策を(こう)じる必要はない。


 だが、エドガルドは真剣な面持ちで否定する。


「俺はもう無闇に毒霧を撒き散らしてしまうことはなくなったが、それでもいつか俺ですら対抗できない毒に溢れた世界になった時に、リナがガスマスクを嫌っていては困る。リナが喜んでくれるようなガスマスクを用意しておかねばならない……」


 最愛の妻を案じて、ぐっと拳を握り込む姿は夫の鑑と言えなくもない。感銘を受けている従者までいる。だが――


「……そんな世界、さすがにリナミリヤ様もガスマスクつけますよ」

 ラミラだけは冷静に突っ込む。


「というかリナミリヤ様の防御魔法ですら生き残れない世界だとしたら、ガスマスクなんてあっても意味がないと思いますけれど」

「毒をもって毒を制す、という言葉もあるだろう。防御魔法とは相性の悪い猛毒が世界に蔓延する可能性だってある。彼女に危険が及ぶ可能性を微塵も残しておきたくないんだ」

「はあ、そうですか……」


 ラミラはこの会議の意義について突っ込むのは諦めた。これ幸いとエドガルドは話を本題に戻す。


「それで、どんなガスマスクがいいだろうか? レースやリボンをつければ、などと俺は最初安直にも考えていたが、それではリナはガスマスクを着けてくれなかった」


 彼女の滞在初期、なんとかガスマスクを着けさせたい彼は、それなりに試行錯誤もしていたのだ。そしてリナの方も、一度倒れてからは接触実験の際にガスマスクを首から提げていつでも着用できるようにするなど、歩み寄りも見せていた。……だが、それでも極力、絶対に、意地でも限界まで着けたくない、という彼女の強い意思は日々感じられたが。


 そして、そのガスマスク拒否の真の理由を知るラミラは、「いや、可愛さの問題じゃないです」とエドガルドに言ってもいいのだが、不便さの改善はしてほしいので、すっと手を上げた。


「食い込みなどを改善すべきでは。痕がつきますし、乙女心に関わります」

「ふむ。確かにそれは他の者たちからも時々言われる。だが、いかに窮屈だろうと、安全上、密閉性に妥協はできない」

「……」


 そこは残念ながら変わらないようだった。

 じゃあもういいや、とラミラはさっさと『真相』を言うことにする。


「もうリナミリヤ様はガスマスクを着けると思います」

「なぜだ?」

「何故も何もありません。もうガスマスクをしないことにこだわる必要が無くなったからですよ」

「……? ガスマスクの方は何も変わっていないのにか?」

「……」


 さて、どこまで言うべきか。


 もともとガスマスクを拒んでいたのは、『口を覆っているとキスのチャンスが皆無になるから』と『少しでも好きな人に可愛く見られたいのに顔を無骨なガスマスクで覆うなんて嫌!』という、リナミリヤの切実な恋心ゆえだった。

 二人の想いが通じ合った今、ラミラとしては、もう言ってもいいとは思うのだが――


(でも、まあ、想像つくんですよねぇ)


 あの恥ずかしがりやのリナミリヤが「お願い、エドには言わないで!」という姿が、ありありと想像できてしまうのだ。それをぽいっと捨てられるほど、専属侍女として彼女(リナミリヤ)への情が無いわけではない。


 ラミラが黙ってしまうと、別の者がおずおずと手を上げる。


「リナミリヤ様に直接ご要望をおたずねしてはいかがでしょう……?」


 執務室などでよくリナミリヤと話す侍従の青年だった。


「ご本人の要望を反映するのが一番確実かと思いますが……」


 もっともな意見だった。

 だが、エドガルドは首を横に振る。


「もちろん訊いたが、『別にもう必要なときは着けるわよ』と苦笑された。装飾の希望は無いそうだ。……遠慮しなくていいのだが……」

「……」


 そりゃそうだ、とラミラは思った。


「いや、遠慮とかじゃないですよ閣下。それがリナミリヤ様の本心ですよ。もうどんなに無骨でダサくてセンスのないド陰気なガスマスクでも着けてくださいますよ」

「もちろん、着けてはくれるかもしれない。だが内心『可愛くないな……』と思いながらガスマスクを着けさせてしまうのは申し訳がない」


 心苦しそうな主人に、「いや、だから、違いますって」とラミラは首を横に振る。


「リナミリヤ様ほどの防御魔法士がガスマスクが必要になる時なんて、世界滅亡の寸前ですから、『このガスマスク可愛くないな……』なんて考えてられませんって」

「だが、リナには少しでも快適でいてほしい」


 このド阿呆め、と毒づきたくなる。

 愛妻家は結構だが、先ほどからずっと愛が迷走しているのだ。


「ラミラ、他にアイディアはないのか」

「そうですね、閣下が名前を刺繍してさしあげたら喜ぶと思います」

「いや、デザインの話を……」

「レースとリボンなんて、あってもなくても変わりませんよ」

「他には――他にはないというのか?」


 万策尽きて、絶望とばかりに苦悩する主人に、毒魔法士の従者たちは慌てて「きらきらしたビーズをつけるのはいかがでしょう?」「真珠貝を磨いたものは――」などと意見を出す。


「なるほど、煌めきが綺麗だろうな……いっそ宝石でも埋め込むか?」

「……馬鹿なんですかね、うちの閣下は。拝金主義の人間じゃあるまいし、ガスマスクをぎらつかせてどうするんですか」


 又従兄妹(はとこ)だからこその気安い態度なのだが、「い、いま、閣下に馬鹿と……?」と従者たちは「ひっ」と悲鳴をあげかねない動揺っぷりになった。

 遠縁であるとはあまり言ってはいないので、傍から見ればラミラは公爵を愚弄する命知らずの平民である。

 とはいえ最愛のリナミリヤの専属侍女を任されていることが、彼がラミラを何より信頼していることの証左でもある。


 いよいよ不毛な会議を終わらせたくて、「まったく……」とラミラは溜息を吐く。


「ただのガスマスクでいいんですよ。閣下が『愛しのリナに』とでも刺繍しておいてさしあげればそれで大喜びですから、もうそれでいいでしょう」

「会議に飽きたからといって投げやりな提案をするな」

「飽きられる心当たりがあるんじゃないですか。……わりと本気でこれが正解だと思っておりますが?」


 ラミラからすれば正解はもう決まっている。

 どうしてここまで乙女心がわからないんだ、と唸りたくもなる。


「賭けましょうか? 閣下が自ら『愛しのリナに』と刺繍したガスマスク以上に、リナミリヤ様が喜ぶガスマスクがこの世にあるかどうか、実際に贈ってリナミリヤ様に判定していただきましょう。――これが誤りであれば、私の給料、半年無しでも構いませんよ」


 ざわ、と周囲が驚愕に満ちる。半年分の給料なんて、代償が大きすぎる。

 ――つまり、彼女は自分が損をするとは微塵も思っていないのだ。


 その強い瞳を、静かにエドガルドも受け止めた。


「……わかった。その案が失敗したとしても給料を取り上げたりしないが――しかし、お前がそこまで言うのなら」


 その言葉で会議は終わり、刺繍などしたことがないエドガルドはその日から猛特訓を始めた。手袋越しで、なおかつ耐魔仕様の布を縫うのは中々に難易度が高く、そこそこ握力もあるエドガルドは、うっかり勢いよく自分の指を刺してはその血で侵蝕を起こして刺繍針を五本ほど駄目にした。


 ただ文字を縫うだけだ。『愛しのリナに』と短い文を。

 しかもかなり直角な字体だ。優雅な筆記体は早々に諦めた。時間がかかってしまえば、ガスマスクを渡すのが遅くなる。その間に愛しい妻に危険が及んでは元も子もない。


 だが、それでも妥協したくないエドガルドは、「少しでも、少しでも、可愛い方がいいだろう……リナはおしゃれだからな……」と文の最後に、ガタガタな線を描きながらも、ちいさな花を刺繍した。手本を用意してくれた先生にだいぶ簡略化してもらった図案からも逸脱し、ラミラからは「象形文字ですか?」と言われたほどの、誰が見てもあきらかな初心者の第一作だ。


 一ヶ月かかって仕上げたそれを、「……俺が刺繍したんだ」と差し出してみれば、「え、私に? エドが?」とリナは目を輝かせ、キラキラとした笑顔で幸せそうにガスマスクを胸に抱き――


 そうしてラミラは、特別ボーナスをもらったのであった。



次話は本編ネタバレありのいちゃつき多めSSになります。3/28(金)更新です。よろしくお願いいたします。

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