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54_エピローグ【最終話】



 リナはエドガルドの屋敷にまた引っ越したが、毎日のように魔法研究所から客が来ていて、ばたばたと落ち着かなかった。ようやく両想いになったというのに、いちゃつく時間も取れていない。


 一週間が経ち、最後の一人の応対を終えた日の夕方、ようやくエドガルドとソファーに落ち着いて、のんびりと紅茶を飲むことができた。


 隣に座るエドガルドが、リナを見ながらそっと謝ってくる。


「ずっとすまなかった。俺が自覚していなかったせいで、実験的結婚だの、接触実験だのと……君にたくさん迷惑をかけた。これからも苦労をさせてしまうかもしれない」

「ううん、迷惑も苦労も、ちっともしてないわ」


 むしろ結婚したいし触れ合いたいしで、かなりリナも私情を優先して押しかけたので、こちらこそ申し訳ない気持ちだ。


(それにしても――)


 穏やかな様子のエドガルドを見つめる。


 ここ一週間ほどエドガルドと生活してみたが、やはり彼の毒体質は、かつての学生時代くらいに落ち着いている。耐魔布の服や手袋を身に着けていれば、リナ以外と通りすがりにぶつかったとしても何も問題ないだろう。


(心を(いつわ)っているかどうかで、ここまで変わるなんて……しかも三年間ずっとだったの?)


 リナもS級の防御魔法でシルビオや研究員を弾きまくっては、「どうして!?」となっていたことはあるが、その時はやはり心を偽っているせいだとは気付けなかった。 


 あれをエドガルドはこの三年間、リナよりも(さき)んじてずっとやっていた、ということらしい。


 つまり最初に自分の心に嘘を吐いて『暴走』をしていたのは、エドガルドの方だった、ということだ。


(ううーん……?)


 本当に同じなんだろうか?とリナにはまだ信じがたい。


 首を傾げていると、「どうした?」とエドガルドに訊ねられた。


「本当に、心を偽ってたせいだけなのかなって」

「ほう」

「だってエドって、この三年間ずっと毒が漏れっぱなしで、毒魔法士以外はガスマスクをしないと近寄れないほどになっていたでしょう?」


 最初にこの屋敷に来たときの、あのガスマスク集団の姿が懐かしい。あれはほぼリナをおどかすための演出だったが、他家の者がガスマスク無しでエドガルドの前で無事ではいられないのは確かだった。


「それで屋敷から出ずに、三年間も社交界から遠ざかっていたんでしょう? しかも年々強くなっているっていう心配もあって……」

「そうだな」


 エドガルドは静かに頷く。


「そんな大変な状態だった原因が、本当に『自分の心に嘘を吐いているから』だけだったの? ……私の場合、防御魔法が暴走していた原因は、『エド以外に触られたくない』って深層心理に一致してるから、いろんな人を弾きまくっていたのはわかるけど……」


 彼の場合は毒魔法が暴走したって解決しないのに、と思ってしまう。

 ふむ、とエドガルドは悩むような顔をした。


「それは君が防御魔法士だから望みと一致しただけで、毒魔法士は毒を垂れ流すしか暴走しようがないのだろう」

「垂れ流すって……」


 もっと言い方があるだろうに、とは思ったが、まあそういうことなのだろうか、とも納得した。


 エドガルドの毒魔法を解決するには、あれこれと他の魔法で対抗するのではなく、彼の本当の望みをどうにかしなければいけなかったとは。


(……いえ、それこそ、私とまったく同じよね)


 結局初恋の未練をどうにかしなければいけなかったリナと同じだ。

 他の魔法に頼り続けて暮らすよりも、正直に生きるだけで解決、となる方がずっと良い。


 ……自分の防御魔法で助けたかったという欲もないわけではないが。


「まぁ、今後は弱体化の薬も安全になっていくはずだし――というか、私が頑張るから、心因性の暴走じゃなくても大丈夫なようにするわ」


 今回のことで王家にも薬の存在がバレたので、光の公爵家も黙っていられずに情報を提供した。今後は各方面と協力しつつ、さまざまな人の助けになるように発展していくだろう。


 そしてリナは弱体化の薬に必須であるコーティング技術者、防御魔法士として仕事を任せてもらう予定だ。技術取得のため、兄にしごかれながら猛練習中である。


「あ、そういえば、来週から光の公爵家と一緒に弱体化の薬のための合宿があるのよ。場所は魔法研究所だけど。三日ほど留守にするわ」


 国内外の多忙な上級魔法士たちが一堂(いちどう)(かい)し、短期集中で新薬について意見を出し合う――魔法マニアたちで三日間、朝から夜まで語り合う予定だ。

 リナの防御魔法は強度一辺倒なので、革新的な意見は出せないかもしれないが、魔法の向上には興味があるのでとても楽しみにしている。


 エドガルドは、「光の公爵家か……」と心配そうな顔をした。


「あ、シルビオ様のお父様やお兄様も参加なさるけれど……シルビオ様はもう王都にはいらっしゃらないのよ」

「わかっている」

「無茶な要望も……さすがにこんな事件の後ならしてこないでしょう」


 リナの侯爵家は、上下関係として光の公爵家に命じられればほぼ断ることはできない立ち位置だ。兄いわく「無茶な仕事を振ってくる」関係ではあるが――弱体化の薬については、王家の目が光っているのでもう大丈夫だろう。


「だから心配しなくても大丈夫よ。私も弱体化の薬に貢献したいし」

「そうだな……気をつけて行ってきてくれ」


 途端、毒魔法の霧がエドガルドから漏れ出した。


「あっ!」


 リナは素早く、エドガルドを防御魔法でコーティングする。

 一瞬遅かったようで、たまたま廊下を歩いていたであろうC級毒魔法士が「ガスマスクある!?」と叫んでいるのが聞こえた。


「……今、嘘を吐いたの?」

「……すまない。また毒魔法が出てしまったようだ」


 彼は気まずそうに謝ってきた。

 なぜもやっとしたのだろう、とリナは彼の表情を観察する。


「言いたいことがあるなら言ってよ」

「いや、いい」

「よくないわよ。言ってちょうだい」

「嫌だ。言いたくない」


 まるで子どものやりとりだ。


「……まあ、言いたくないならいいわよ。嘘のせいで毒が出ても、防御魔法で私がどうにかするから。エドだって嘘を吐きたい時に自由に嘘を吐けるほうが健康的だし」

「……いいのか?」


 彼が困ったような顔をしているので、リナは胸を張って宣言した。


「私を誰だと思っているの? 天才S級防御魔法士のリナミリヤ・カレスティア――じゃなかった、リナミリヤ・イラディエルよ。あなたが自由に暮らせるように手助けしたくて、ここへ押しかけてきたの。好きな時に好きな場所に行って、会いたい人に会えるように――だから、嘘が吐けない不自由があるなら、その(かせ)だって、無くなるべきよ」


 エドガルドは眩しいものを見るような顔をして――それから言った。


「リナ、やっぱりわがままを言っても良いか?」

「良いわよ? なあに?」

「――本当は、片時も離れたくない」


 ぴたり、と毒が消えた。


 この人はこんなにわかりやすかっただろうか、とリナは目を瞬かせる。


 その心を読んだように彼が苦笑した。


「先日の弱体化の薬のせいで一度派手に暴走したせいか、切り替わりが顕著になったようだ」

「そう……わかりやすすぎて、ちょっと心配になるわ。誰かに騙されたり――それに、心変わりした時、すぐにわかっちゃうから」

「心変わり?」


 彼は聞き返し、「どういう意味だ?」と不思議そうにした。


(駄目よね、悪い方に考えるなんて)


 リナの心配は少し後ろ向きだった。

 ――嘘が吐けないなら、リナへ嘘の愛を囁いたらすぐにわかってしまう。

 それが怖いと思ってしまったのだ。


「リナ、まさか俺が君以外に心を移すなんてことを心配しているのか? 君だけを愛している。リナ以上に好きになる人などいない」

「エド……」


 彼のまっすぐな瞳に胸が熱くなる。


「……ただ、俺の方こそ心配していることがある」


 今度は彼が言いにくそうにした。


「君は、シルビオ殿との魔法契約書があるから、俺と離婚したらすぐにシルビオ殿との結婚義務が生じる。……いずれ君が俺と別れたいと思った時に、離婚をしにくい足枷のようなものができてしまった」

「え、それはエドのせいじゃなくて私が深く考えずに契約したのが原因よ!? エドと別れたいなんて思わないし!」


 リナは慌てて否定した。エドガルドが申し訳無さそうにする必要などまったくない心配だ。

 それなのに、彼は強い決意を持ってリナに言った。


「シルビオ殿より俺のほうが君を幸せにすると誓う。俺と結婚してよかったと君が心から思えるように努力する。……だからずっとそばにいてくれないだろうか。君を愛している」


 彼の真摯な愛に、できる限りの精一杯で応えたくなって、「わ、私も!」と彼を見つめる。


「私も……あ、愛しているわ。だから、ずっと、私のそばにいて……お願い」


 愛してる、なんて本心を言うのは勇気がいる。このひとことを絞り出すだけでも頬から耳まで熱が上がり、心臓が飛び出しそうなほど騒がしい。


 けれど、目の前の彼が幸せそうに微笑んで――優しくキスをすることができるから、本当の気持ちを言えるのは、とても幸せなことだと思った。



               【完】



ご愛読ありがとうございました。

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