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53_束縛



 リナは次の日、光の公爵邸に向かった。調査はまだ続いているようで、エドガルドとシルビオ、二人とも揃っていた。


「リナ! 安静にしていなくて大丈夫なのか!?」

「リナ! 大丈夫!? どこかで休む!?」


 二人ともすごい勢いで心配してきた。


「平気よ。……それより、二人こそ、大丈夫?」


 三人で客間に入って、あの後どうなったのかをリナは訊ねた。 


 調査や聞き取りの結果、『シルビオのせいでエドガルドが毒魔法を暴走させた』ということはきちんと調査員――もとい、王家と王立魔法研究所に伝わったらしい。

 そしてエドガルドはそのことは公表せずに内輪だけに留めて、シルビオを罰しないように言ったらしい。


 おひとよしだよねぇ、とシルビオは困った顔をしていた。

 リナも少し戸惑った。


「……ええと、原因をはっきり言わないと、招待客はみんなエドが自分で毒を暴走させたって思い込んだままなんじゃない……? エドのせいにされない?」


 そう思ったのだが――


「……いや、俺が少し記憶をいじったからな」


 エドガルドが気まずそうに目を伏せながら言った。


「あ、そういう毒があるんだっけ?」

「……ああ」


 彼は頷く。


「数時間分の記憶を失わせる毒だ。俺はいつでも出せるし、精製しておいた毒の瓶も俺の屋敷にあった。……それを万が一のときのためにと連れてきていた毒魔法士たちが――ラミラたちが、俺の指示より先に使っていたらしい。解毒作業と同時に」

「抜かりないわね」


 エドガルドは納得がいっていないようで、「本来なら懲戒処分だ。……あれは治療用であって、私情で使うべきではないんだが」と渋い顔をしている。


「いえ、むしろラミラたちに感謝したいわ!」


 エドガルドを助けるために、即座に判断したのだろう。


「屋敷のみんなに愛されているわね、エド」

「そうだろうか……?」


 エドガルドは怪訝な顔をしていた。


「じゃあ、結局、他の貴族からエドが今まで以上に怖がられたりすることはないのね? だって覚えてないんだものね?」

「事情を知る調査員と王家以外は、そうだな」


 エドガルドが追い込まれないのであれば安心だ。リナはほっと息を吐いた。


 それからリナはシルビオを見る。


「シルビオ様は……?」


 王家によって、処罰されたりするのだろうか。

 リナの視線を受けて、シルビオは儚げに微笑む。


「本来なら貴族を大量に負傷させかねない悪事だったってことで処刑されただろうけれど――彼が庇ってくれたから」


 シルビオはエドガルドを見る。

 エドガルドは「大事(おおごと)にはしたくないからな」と静かに言うだけだった。


(エドらしいわ……)


 自分を陥れようとした相手にも優しいのは彼らしいと思った。リナとしては、エドガルドに何かあればシルビオを絶対に許さなかっただろうが――結果的には無事で済んだ。


(でも、今後もシルビオ様はエドのことを狙うんじゃないかしら……)


 そう思って不安になっていると――ちょうどシルビオが動きを見せた。


「恩を仇で返すようで申し訳ないけれど」


 そう言ってシルビオが取り出したのは魔法契約書だった。


 リナとエドガルドは虚をつかれて、それをまじまじと見つめて内容を読む。


 それは、「エドガルドとキスができたらシルビオと結婚する」という魔法契約書だった。その条項の一文が光っている。これはつまり、指定した条件を達成したということだ。


「リナ、彼とキスができたんだね」

「……!」


 思わずリナはエドガルドの顔を見た。


「えっと、あの、夢じゃないのよね……!?」

「……キスのことか? 夢だと思ってもらっては困る」


 リナは飛び上がりそうになる。

 

(良かった! 夢じゃなかったのね!)


 ということは、熱く見つめられたのも、愛を囁かれたのも、抱きしめられたのも――あの甘く情熱的な時間は全部本当にあったということだ。 


 ついつい頬を染めて喜んでしまいそうになるが――冷静に考えたら、これはまずい。

 なにせ魔法契約書は絶対だ。

 このままではリナはシルビオと結婚しなければならなくなる。


(え、あれ? エドとキスしたのが夢じゃないなら、エドとは両想いなのよね……!?)


 また思わずエドガルドの顔を確認する。彼はいつもと変わらない――いや、少し険しい顔をしている。この事態に困惑しているのだろう。


 まさか彼と両想いになれるとは思わず、シルビオと結婚するつもりでいたのだが――


(え、これ、どうしたらいいの!?)


 困惑しているリナに、シルビオが微笑んだ。


「僕と結婚してくれるよね? 魔法契約書は絶対だよ」


 シルビオの声は甘く、優しかった。隣でエドガルドが頭痛をこらえるように額に手を当てている。


「…………なぜそのような約束をしてしまったんだ?」

「だ、だってエドと両想いになるなんて思わなくて……シルビオ様は私と結婚の約束ができたら嬉しいって……だから喜ばせたくて」

「……そうだな。気持ちを隠していた俺が悪いな……」


 エドガルドは落ち込んだように俯いていた。


「リナは良い子だよねぇ」とシルビオが微笑む。


「そ、そもそも、あの、エドは……私と結婚したいっていう意味での『好き』なの?」


 落ち込んでいるということは、やはりリナと結婚したいということで合っているのだろうか。片思いの期間が長いリナは不安になる。


「当然だ。……俺の方こそ確認するが、俺と両想いだとわかった今、俺とシルビオ殿、どちらと添い遂げたい?」

「そ、添い遂げ……」


  その言葉に胸が高鳴る。緊張しながらも、本音を言った。


「……エドがいい、です」


 途端にエドガルドはほっとした顔になり、そしてシルビオに向き直った。


「悪いが、この結婚は邪魔させてもらう。その魔法契約書は無効だ。俺とリナはまだ離婚が成立していない。よってリナはまだ俺の妻だ」


 彼の発言に、リナとシルビオは目を丸くする。

 ――そしてすぐにシルビオは余裕たっぷりに応じてみせた。


「だめだよ。魔法契約書で誓ったことは、どんな状況でも実行しなければならないんだ。離婚なんて紙切れ一枚でできるし、ましてや君達は元々三ヶ月だけの実験のための結婚なんだから、離婚するのに王家へのお伺いもいらないよね? 簡単に離婚できるんだから、リナは僕との結婚を実行しなければならないよ」


(そのとおりだわ……)


 魔法契約書はそれくらい重い約束なのだ。


 だが、エドガルドは動じなかった。


「リナ、父君と俺に関する魔法契約書もあると言ったな? それは俺と再会する前の日付だと言っていたな?」

「? ええ、そうよ」


 もしも実験的結婚の滞在中に、両想いになれたらエドガルドとずっと結婚していたいと思ったからだ。父は「猛毒公爵なんて」と三ヶ月だけの結婚にすら乗り気ではなかった。二度目の許可はないかもしれないと思った。

 だから、エドとキスができて――人を弾きまくるリナに対して父が考えた『夫婦としての最低条件』がこなせて――そしてエドガルドにリナとの結婚延長の意思があれば、父も結婚延長を許可する、という魔法契約書に父に書いてもらった。今はまだ父が侯爵家の当主なので、侯爵令嬢のリナが公爵のエドガルドと結婚したければ父の承認が必須なのだ。


「俺に関しての魔法契約書も、俺とキスができたら、という条件で、リナとの結婚に関する内容だ。履行条件が同じで履行内容が拮抗する場合、先に作成された魔法契約書が優先され、それが完了するまでの間、後の契約書の内容が履行されなくともリナが魔法的罰則を受けることはない。どちらもキスが条件であれば――俺との結婚延長が優先される」


 エドガルドは言い切った。

 リナは期待で鼓動が早くなる。


(私、エドと一緒にいられるの……?)


「…………」


 シルビオは黙って何かを考えていた。


 リナはエドガルドに確かめる。


「エド、本当に私達ってまだ離婚してないの? 書類とか――」

「まだ提出していない」


 エドガルドはきっぱりと否定した。


「そうなの? ……でも私がシルビオ様と婚約するって言ってエドの屋敷を出ていく時、普通に見送ってくれたわよね……?」


 あの態度でまさか書類を処理していないとは思えない。真面目な彼であればなおさらだ。

 リナが見つめていると、彼は言いにくそうにした。


「…………ぎりぎりまで、たとえ書面上でも、君に妻でいてほしかった」

「……!」


 彼の言葉に、胸が高鳴る。


「すまない、束縛するような真似をして」

「ううん、嬉しい!」


 今にも飛びつきたい気分だった。飛びついてもいいだろうか、と迷っていると、ずっと何かを思案していたシルビオが口を開いた。


「……魔法契約書の優先順位……順番待ちってことは、二人が離婚した瞬間に、僕との結婚義務が有効になるんだよね?」

「絶対に別れないからな」


 エドガルドは即答した。

 シルビオはリナを見ながら、「これって、死別でもいいんだよね?」と確認してくる。 


「シルビオ様!?」

「別に命まで奪うつもりはなかったけど、こうなったら仕方ないよね。狙っていかないと」

「仕方なくありませんよ!?」


 ごめんね、恩を仇で返して、と微笑んでいるシルビオに、リナがどうしたものかと慌てていると――「冗談だよ」と彼は言った。


「僕はもう、そんなに自由に動けなくなる。……猛毒公爵様が内密にって言ってくれても、本当に事件がなかったことにはならないし。おかげさまで他の貴族から袋叩きにはされなくて済むけれど……貴族としてのすべてを剥奪されるからね。遠い田舎でほぼ幽閉みたいな感じになるかな」


 彼は儚げに微笑んで、ちいさく首をすくめてみせる。


「シルビオ様……」


 幽閉、という重い言葉にリナは戸惑う。やはり、それなりの処罰は下るのだ。

 その表情を、シルビオは愛おしそうに見つめていた。


「でも、何十年後かはわからないでしょう? リナはきっと僕が貴族でなくなっていても、きっと態度を変えたりしないだろうから……ね?」


 リナは何かを言わねば、と思ったが、「答えなくていい」とエドガルドに止められた。


「隙を見せるとつけこまれるぞ」

「え……」

「君が断りにくくて健気なところを利用しているんだ」

「だんだん僕のことがわかってきたみたいだね」


 シルビオは笑っていた。


 エドガルドはそれを睨み、シルビオからリナの姿を隠すように抱きしめた。


「え、エド……!?」


 思わず顔を見上げようとすると、逃がすまいとより強く力を込められた。


「絶対に離さない。……リナ、嫉妬深い俺を、嫌いになるか?」

「……む、むしろ好きです」


 良かった、と彼が苦笑した。




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