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52_天敵



 次に目が覚めた時、リナは見覚えのある部屋で眠っていた。

 実家の侯爵家の寝室である。


(……あれ?)


 エドガルドといた気がするのに、あれは夢だったのだろうか。

 身体を起こそうとすれば、ひどい頭痛がした。身体も相当に重かった。


(毒も浴びたし……魔力も限界まで使ったし……)


 当然と言えば当然なのだが、先ほどまではエドガルドと心地よく、ふわふわと過ごしていたような気がするのだが――やはり、都合のいい夢だろうか。

 寝返りを打とうとしたら、わずかに背中に違和感があった。そういえば背中の侵蝕の傷はどうなったのだろう、と手をそっとあててみれば、触れるとまだ癒えていない傷としての痛みは感じたが、思ったほどの深手ではなさそうだった。何か布があてられており、持続的な魔力も感じるから、治癒魔法が掛けられている最中かもしれなかった。


(…………)


 何度、見渡しても、ここは実家の自分の寝室だ。


(エドと話していた時は……あれは公爵邸の客室だったのかしら? それとも夢?)


 エドガルドとキスをしたはずなのに。確証が持てないのが非常に悔しい。

 熱もあったせいかおぼろげで――今は、熱は無いが、痛みはある。


(だ、誰かに訊きたい)


 歩こうと思って寝台から床に足を降ろした時、静かに扉が開いて――兄と目が合った。


「……ノックくらいしなさいよ」

「まだ寝ていると思った」


 悪びれもせず兄が言う。

 たとえリナが重病人で寝込んでいたとしても、この兄にだけは勝手に入ってほしくないなと思った。


 兄の顔を見たせいか、頭痛がさらにひどくなった。こめかみを押さえるリナを見て、「まだ動くな、愚か者め」と兄が言う。


「お前はうちで引き取った。しばらく安静にしておけ」

「エドとシルビオ様は?」


 兄はずかずかと部屋に入って来ると、椅子を引いて、ベッド脇に座った。


「お前の応急処置が終わったので、二人とも聴取を受けている。王宮から調査員が来たからな。お前は重傷者だと言ってあるから後日取り調べだ」

「そこまで重傷者のつもりはないんだけど……エドが悪者にされたりしていない? 私、今すぐにでも主張しに行くけれど」

「調査は厳正に行われている」

「……そう」


 それでも心配にはなる。エドガルドの落ち度だと勘違いされていないだろうか。シルビオだって、こんな事件を起こして、このままでは済まないだろう。


「お前の責任だぞ。お前が最初に嘘を吐くからこうなる」

「……まあ、そうでしょうし、嘘吐きの自覚はあるけれど……『最初』って、どの嘘のことよ」


 じとりと睨むと、兄は静かに見つめ返してきた。


「言っただろう。お前は侯爵家に来たこと自体が間違っている。お前の欲しいものは最初からこの家にないというのに」

「……」


 十四歳のとき、母の元に帰りたくて泣いていたのを思い出した。貴族の暮らしも、魔法の向上も、本当は別に欲しくはなかった。ただ、母が「この子には魔法の才能があるんです」と縋るように父に言ったから、母の言葉を嘘にしたくなかった。だから証明し続けようと思った。立派になった姿を早く母に見せて安心させたかった。それは叶わなかったけれど――


(でも、エドに会えた)


 令嬢として学園に入学させられたからこそ、エドガルドと出逢うことができた。結果的にはこれで良かった。

 ふわりと表情をゆるめたリナを見て、兄が不満そうにした。


「よくも欲しくもないくせに居座り、あげくに侯爵家を継ごうなどと……俺の道の邪魔をするな」

「結局それが言いたいだけでしょう」


 兄は当然だとばかりにリナを睨んだ。


「そもそも、魔法を扱うには強大な意思が必要だと言うのに、天才だの最強だのと呼ばれるお前もイラディエル公爵も、意思の力を軽んじている。特にお前は頭を使うのが下手なのだから、自分の魔法の方を信じろ。粗末な頭で考えるだけ無駄だ」

「ひどい言いぐさね」


 リナは顔を顰めた後に――


「……欲しいものは、もう、ちゃんとわかっているわ」


 エドガルドの顔を思い浮かべた。

 彼以外、欲しくない。


「というか、偉そうに説教してるクソお兄様、私に盛られたであろう弱体化の薬、作ったのはお兄様でしょう? 私に飲ませるとわかっていて協力したのでしょうね。この最低最悪のクソお兄様。心が痛んだりしないのかしら?」


 防御魔法士用の薬を作れと命じられたなら、当然リナに飲ませるためだとわかっただろう。それでも平然と作ったのだ。

 最低だ、とリナが睨みつけると、馬鹿にしたような顔で兄が見下してくる。


「愚か者め。俺が拒んだら侯爵家はどうなる。そもそも俺が協力しなかったところで、そのうち他の防御魔法士が何年後かには技術を取得し、お前用の薬を作っただろう。……結局お前はシルビオ様に薬を盛られていたぞ」

「……シルビオ様が、何年後でも私に薬を盛ったっていうの?」

「お前が拒み続けるならそうなっていただろうな」

「…………」


 そんなことになるだろうか、と考えてみたが、答えは出なかった。

 眉を顰めて悩ましげな顔をしているリナを見て、「馬鹿なのか?」と兄が言った。


「まさかこの期に及んで、シルビオ様がお前を手放したり、お前の意思を尊重する人間だとでも思っているのか? どう見たって手段を選ばない側の人間だろうが。……お前は俺のような攻撃的な相手は突っぱねることができるくせに、一見善良そうな相手には無防備だ。しかも結婚式で恥をかかせて半年間生殺しにした相手としての負い目がある。あれほどお前が弱くなる相手もいない。お前はあの方に手綱を握られて、衰弱死する飼い犬になるだろうと思っていた」

「……後から言うのやめてくれない……?」


 兄はシルビオがリナをどう扱うかわかっていて放置したのだ。


「最低最悪のクソお兄様。お兄様こそ犬ではなくて? ここまで光の公爵家に尻尾を振るのがお上手だとは思いませんでしたわ」

「愚か者め。俺達が侯爵家に生まれた以上、主筋である光の公爵家と縁を切ることはできないだろうが」

「……〝俺達〟?」


 意外だ。まるでリナを侯爵家の兄妹として(くく)るような発言など、初めて聞いた。

 兄はわずかに暗い顔をした。


「……光の公爵家は長年、弱体化の薬を作りたがっていた。作れればどのような相手も敵ではなくなるからな。……弱体化の薬をあの家が牛耳った世界では、どの魔法士が一番邪魔になると思う?」


 妙な質問に、リナは首を傾げる。


「……? そりゃあ、エドでしょう。一番強いもの」

「違う。俺達防御魔法士だ」

「え?」


 即座に否定されて、リナはきょとんと目を丸くする。

 兄はまっすぐにリナを見ていた。


「防御魔法は無属性で、顕著な弱点がない。そして『鉄壁令嬢』などと呼ばれるお前は最上位の魔導式大砲を撃ち込まれようが、毒魔法を浴び続けようが、無傷で生き残る。もしも武力で地位を得ようと思ったときに、立ち塞がるのは間違いなくお前だ」

「……」


 予想外の答えに、リナはただ瞬きをする。


「まぁ、戦闘力の無いお前一人が立っていたところで、負けもしないが勝ちもしない。――お前がイラディエル公爵を守るのであれば、お前たち二人で誰にも邪魔されずに世界を征服できる、ということだ」

「絶対やらないわよ」


 エドガルドにも言われた気がする。「本気を出せば、地上で最後に立っていられるのは俺と君だけになるだろう」とか、なんとか。


「例え話だ」と兄は遠い目をした。


「お前がシルビオ様と最初の結婚をする前から、光の公爵家は弱体化の薬を進めていた。お前とシルビオ様のことがあってからは、毒魔法と防御魔法用の薬を優先で作らされた。兄妹である俺であれば、お前によく効く薬を作れるだろう、とな。つまりすべての魔法士を支配したいなら、お前をいざという時に葬れる準備が無ければ、光の公爵家は安心できないわけだ。……俺の体で試しながら防御魔法士用を作ったから、多少は抵抗できる余地を残したレシピにはした。いずれ俺も薬を盛られることがあるだろうし、その時に困りたくはないからな」

「……」


 リナは何も言えなかった。

 兄は疲れたように嘆息する。


「……どうあっても光の公爵家は俺達を放ってはおかない。いつか片付けねばならない問題だった。お前は学生時代からシルビオ様に惚れられていたから、なおのこと厄介だった。よくもひとことも話したことがない相手にあれほど好かれてくれたものだな」

「……顔も知らなかったんだから、防ぎようがないわよ」


 兄も苦労していたのだろうか。だからといって性悪な兄を尊敬したり見直したりはしないが。なにせそのままリナが死んでも、罪悪感一つ覚えないであろうし、むしろ「せいせいした」と本気で思うような人なのだ。


「お兄様って、光の公爵家が嫌い?」


 少し子どもっぽい質問をしてしまったが、兄はそれについては笑わなかった。


「苦手なだけだ。全員マイペースだからな。家が格上でなければ、ぶん殴ってやれるのだが……こちらの都合を考えずに仕事を振ってくる。その分、普段は得るものも多いがな」


 たしかにシルビオも、のんびりに見せかけてかなり早い――自身のペースで事を進めていく、まさにマイペースと言えるだろう。


「お兄様にも苦手な人たちとかいたのね。お兄様こそ我が道を行くマイペースなのに」

「俺とは規模が違う」


 一緒にするな、と嫌そうな顔をしていた。



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