50_怒り③
その言葉を合図に、ぶわり、とエドガルドの胸の奥から黒い靄が湧き上がるのが見えた。
「!」
リナは必死に防御魔法で、エドガルドの毒が広がらないようコーティングをした。だが、自分が飲んだ弱体化の薬のせいで、魔法の強度がかなり低い。
周囲からは悲鳴が上がった。そばにいた兄のアスティリオが、すぐに周囲の者を避難させ始める。
エドガルドは、自分の毒魔法が制御できないことに驚愕し、すぐに抑えようと集中を始めるが、凄まじい勢いで魔力が膨れ上がっていく。彼の胸の奥で、光属性の魔力が毒魔法を誘発するようにしきりに明滅しているのが見えた。
「これは……」
「絶対、守る、から……!」
リナは必死に防御魔法で毒が漏れないよう押し留める。
絶対に負けるわけにはいかない。エドガルドに人を殺させるわけにはいかない。
周囲の混乱の中、シルビオは困ったように微笑んで、リナたちだけに聞こえるように呟いた。
「リナ、無理をしない方が良いよ。君は自分ともう一人にしか防御魔法をかけられないんでしょ? 今は弱っているんだから、自分だけに集中した方が良いよ」
「余計なお世話よ!」
リナは即座に叫んだ。
二人の会話を聞いて、エドガルドはシルビオの真意に気づいたようだ。
「……俺の薬に細工をしたのか。今日の薬は効果が弱いのか? それに、光属性の魔力が悪さをしている」
「そう、あなたの魔法はどんどん強くなるはずだよ。抑え込んでいた反動で、一気に魔力が強くなる。光属性の魔力が闇属性を焚きつける。まさに火に油を注ぐような状態。そうなるように調整したからね」
それからリナを見て、シルビオは呟いた。
「思っていたよりも、リナの魔法が強いみたいだ。今日はかなりリナを弱めるようにしておいたのに。これじゃあ被害が小さくなってしまうな」
まだ逃げきれていない招待客たちに視線を送って、シルビオが困ったように微笑んだ。
リナに言及した途端、エドガルドから、強い怒気が湧き上がった。
「――リナにも薬を盛ったのか。よくもリナを傷つけ、リナの信頼を裏切り、こんな真似を」
「だめ、エド、感情を抑えて!」
彼の感情に応じるように、毒霧が荒れて強さが増していく。
周囲は恐れから悲鳴を上げた。まだ半分以上逃げていない者がいる。驚き、逃げることを忘れてしまった者、あるいは好奇心で、この異常事態から目を離せずにいる者がいるのだ。エドガルドを化け物を見るような目で凝視する者もいる。このままでは死人が出て、エドガルドの責任にされてしまう。
「早く逃げて!」
リナは叫ぶが、一部の貴族たちは動かない。
「これだから猛毒公爵なんて生かしておくべきじゃなかったんだ!」
ひどい言葉を投げかける者さえいた。
「いいから早く逃げてってば!」
リナの言葉に応じてくれない。「俺がやる」とエドガルドが言った。
「この方法は取りたくなかったが――非常事態だ」
エドガルドが手をかざすと、新たな毒霧が放たれた。
ひっ、と悲鳴を上げる貴族たちにその霧は襲い掛かり、逃げようとしても纏わりつく。全員が毒霧を吸い込んだところで、エドガルドは言った。
「――全員、俺の声に従え。会場を出て、庭まで向かえ」
その言葉に応じるように、貴族たちはくるりと向きを変えて、いっさいの躊躇なく会場を速やかに出ていくではないか。
「エド……?」
リナは彼を見上げるが、エドガルドは硬い表情で何も言わない。その代わりに、シルビオが声を出した。
「……へえ、従わせることもできるんだね。催眠毒? なんでもありだね。ずるいなぁ。世界征服だって出来るんじゃない?」
エドガルドはシルビオを睨みつけた。
「……俺の最初の毒に対抗して体内で解毒できるよう、別の毒も混ぜて放出した。いつどんな事態が起きても良いよう、配下の毒魔法士も待機させている。庭で治療を受けるはずだ。――だから、リナ、何も心配するな」
そう言ってリナを見た。
「エド……」
彼はリナが想像するよりもずっと自分の体質と向き合ってきたのだ。こんな非常事態でも、彼は揺るがない。
シルビオは揶揄するように言った。
「もしかして、記憶を失わせることもできるのかな?」
「……できるが、後回しだ」
「じゃあ、噂が広がる方が速いよ。もう王城に早馬が向かったかもしれないね」
シルビオは嬉しそうにする。
「破滅だね、猛毒公爵。もう二度と現れないでほしいな」
(シルビオ様……)
彼がここまでエドガルドを排除しようとすることが受け止めきれなかった。
エドガルドも同じ気持ちのようで、眉を顰めて、シルビオに問う。
「俺を社交界から排除するために、こんな事件を起こしたのか? 権力のため、派閥のため、選定公の一席を空けるためにここまでするのか」
「違うよ」
すぐに否定されて、ますますエドガルドは理解できないような顔をする。
「では、俺のような化け物を始末したかったのか。正義感か」
「ううん、まさか。君は素晴らしい魔法を持っている、ただの人間だよ。だけど個人的な恨みで牢屋にずっといてほしいんだ。簡単には誰も会えないような人になってほしい。社会的に死んでほしい」
だからね、とシルビオは言う。
「今夜、君は僕を毒魔法で殺しかけた、ってことにしたいな。――アスティリオ、もう僕を守らなくていいからね」
気がつけば、この会場に残っているのは、そばで静観していた兄のアスティリオと、リナとエドガルド、シルビオの四人だけになっていた。
「……ですが」
無表情のまま、兄はシルビオを見る。
「大丈夫、僕は光属性だから、多少は耐えるよ。死にはしない。――『猛毒公爵』が、本気で僕を殺そうとしたら別だけど」
兄はシルビオを守っていたであろう防御魔法を解き、自分自身の防御魔法だけを残した。兄は弱体化の薬など飲んでいないので、完璧なS級の魔法で自分自身を守っている。
(――この人が、エドをコーティングさえ、してくれていれば)
そうすれば、彼の毒魔法が暴走しても体外に漏れないようにでき、招待客を恐怖に叩き落とすことも無かった。
睨みつけても、兄はリナの方を見ない。
シルビオは、エドガルドに向けて手をかざした。
光属性の魔力が刺激しているのだろう。エドガルドは苦しそうにし、暴れ出るように毒魔法が強さを増していく。
「光属性の治癒魔法には、他人の魔力を増幅させるものもあってね。本来なら良いことなんだけど、まあ、何事も、悪用できるものだよね」
誘われるように、エドガルドの毒魔法はどんどん強くなっていく。
――そして、その毒を浴びているシルビオは苦しげな呼吸になり、顔色が悪くなっていった。
「やめてください! もうやめて!」
リナは必死でエドガルドを防御魔法で包み込み続けていた。
防げる毒魔法の量には限界がある。いっそエドガルドの中で悪さをしているシルビオの魔力をコーティングできればいいのだが、まだ弱体化の薬を作る技術のないリナでは――まだ魔法になっていない、源泉ともなる他人の魔力を包み込む技術がないリナでは、シルビオの魔力をコーティングすることができない。
ただでさえリナも弱体化の薬のせいで、魔力不足なのだ。うまく魔法を使えていないのに、未取得の技術など成功しない。ひたすら毒魔法を抑え込むしかない。
(弱体化の薬なんか、クソ食らえだわ……)
頭が割れるように痛い。
リナの邪魔をしようと、身体の奥で、弱体化の薬がその存在を主張している。
「リナ!?」
正面に立つシルビオに叫ばれ、リナは、自分の目と鼻から血が出ていることに気づいた。
「リナ、もうやめるんだ!」
エドガルドとシルビオから言われるが、リナはまったく退く気はなかった。
「シルビオ様が、先にやめてください――私は死んでも退きません」
「無理だよ。止められない。もうやめるんだ。弱っている君では無茶だよ」
リナは勝気に笑ってみせた。
「私は天才なんです。これくらい、何ともありません」
動悸がする。頭痛がする。手先の感覚が無くなってきて、頭は重いのに足は軽くて、そのまま頭から倒れてしまいそうだった。
「リナ!」
とうとう倒れたのだと気づいたのは、景色がぐらりと反転して、エドガルドの腕がリナの背中を受け止めた時だった。
「っ!」
彼が触れたところから強烈な痛みがあった。
――侵蝕だ。
手袋越しでさえ、毒体質の彼が触れれば侵蝕が起きる――リナの防御魔法が、エドガルドの暴走している毒魔法に負けたのだ。
「リナ! すまない」
痛みに顔を顰めたリナを見て、エドガルドが叫ぶ。
リナが座り込み、上体を保てるのを確認してからすぐさま彼は手を離し、そして一歩、二歩、と離れていく。
「俺が今、死ねば、この毒も止まる」
「馬鹿なこと言わないで!!」
だが、今もエドガルドから空気中に溢れていく毒は強さを増している。
この場の四人の中で、真っ先に死ぬのはリナかシルビオだろう。
エドガルドは殺人者に――もしくは死なせなくとも、二度と牢屋から出られない。あるいは処刑されるだろう。
ふいにシルビオがリナに近づこうとする。警戒するようにエドガルドが叫んだ。
「何をするつもりだ!?」
「治療に決まっているだろう!?」
シルビオが怒鳴る声を初めて聞いた。
リナの元に駆け寄り、シルビオの光属性の魔力がリナの背に注がれる。治癒魔法でリナが受けた侵蝕の傷を治そうとしてくれているのだろう。
「こんなに爛れて――ひどい傷だ」
それから、シルビオはリナの息が弱々しくなっているのを見て、顔を顰める。
「リナ、もうやめるんだ。君はもうここから離れて」
「……逃げません」
リナが逃げたら、シルビオがエドガルドの毒で死ぬ。エドガルド一人をここから遠ざけても、遭遇する誰かが死ぬ。ここで抑え込むしかない。
「リナ、もう低級の防御魔法にまで落ちている。弱体化の薬で魔力を消耗していた上に、もうほとんど使い切っているんだよ。命を削ってしまう。……それに、毒を吸い込んだかもしれない」
(……わかっているわ)
もう声を出す気力さえ、失われ始めていた。
リナは上体を起こしていられなくなり、床に崩れ込む。
シルビオの光魔法を浴びていても、治癒効果は気休めでしかない。
「アスティリオ殿、リナに防御魔法を!」
エドガルドが兄に向かって叫んだ。
だが、兄は動かない。
「アスティリオ殿!?」
無反応の兄に、エドガルドは驚いているが、リナはまったく驚かなかった。兄はただ主家のシルビオに付き従うためにここにいるだけだ。妹のリナを助けるためではない。
シルビオも、その存在を思い出したように、慌てて叫ぶ。
「アスティリオ、リナに防御魔法を! リナを守れるのは君だけだ!」
従うべき相手の言葉――だが、兄は冷えた目で、床に倒れているリナを見下ろすだけだった。
「このままだとリナが死んでしまう! アスティリオ、早く!」
再三のシルビオの声でも、動かない。
(……あはは、それでこそ、クソお兄様)
もう、声こそほとんど出なかったが、リナは兄を罵倒したい気分だった。
リナを疎ましく思っている兄が、この機会を逃すはずがない。自分の手で刺すことはなくとも、死にかければ見殺すことはわかっていた。
(本当に、予想を裏切らない、最低のクソ兄貴だわ)
リナの視線を受けても、兄は虫でも見るかのようにリナを見下ろし続けていた。一切目を逸らすこともない。
――リナ用の弱体化の薬も、兄の防御魔法のコーティング無しには作れない。シルビオがそれを作ろうとした時点で、兄はリナに使われるとわかっていて協力したのだ。最初から、リナの敵だ。
「アスティリオ!! ふざけるな!!」
シルビオが叫ぶが、やはり兄は動かない。
「――ごめんリナ、ここから離れよう。毒の届かないところへ行くんだ」
シルビオがリナを動かそうとする。だが、エドガルドがそれを止めた。
「待て、今、解毒用の毒も流している。……だがリナは気体の毒と相性が悪い。以前、毒を吸って倒れたときは、接触で対抗する毒を送り込んで治療したが――」
リナも以前倒れたことは覚えている。エドガルドが大切な人に触れるかのように、リナの頬に触れてくれて――
(あれ? それは夢だったんじゃなかったかしら……)
うまく頭が働いていないせいか、どこまでが夢で、どこまでが本当にあったことか、判断がつかない。倒れたのは事実だが、その先は曖昧だ。
シルビオはエドガルドに向かって叫んでいた。
「いま触ったら侵蝕で腐り落ちる! 背中の傷が見えないのか!? 僕の魔法では侵蝕の進行を止めるくらいしかできない! これ以上触れればひどい傷になる! 骨まで侵蝕されればもう元には戻らないぞ!」
「……わかっている」
苦しそうにエドガルドが言う。
シルビオは舌打ちをした。シルビオがここまで取り乱すのを初めて見た。
それに、シルビオこそ防御魔法無しで、光属性の魔法だけで対抗しながらこの毒の空間にいる。彼だってその身が危ない。
「シルビオ様こそ、早く、遠くへ……」
「君を放っていけるわけないだろう!?」
リナはもう、ろくに防御魔法が使えない人間と同じくらい弱っている。
この場にいるS級防御魔法の兄、毒の闇魔法と相対する光属性のシルビオ――この中でリナが一番弱くなっている。
リナがいるから、リナを気にしてシルビオも逃げられないのだ。このままではシルビオがエドガルドの毒で死んでしまう。それだけは避けなければいけない。
リナはエドガルドに向かって手を伸ばす。
「痕になってもいい、皮膚や骨がなくなってもいいから……触って、解毒してくれる……? どれだけ傷が残ってもいいわ。エドが触れてくれた証だから」
「リナ……」
エドガルドが戸惑う。
だが、もうそれしか方法はないはずだ。
誰もが動けずにいた。
そしてエドガルドが決意したようにリナに歩み寄ろうとした時――口を開いたのは、兄だった。
「お前はそのまま死んでいけ」
「アスティリオ!?」
シルビオが兄の名前を呼ぶ。だが兄はただ、リナを見ていた。
「お前は嘘吐きの愚か者だ。侯爵邸に来たときから、居たくもない場所に立ち、望まぬ目標のために嘘を吐き――だから愚かにも自分の魔法に裏切られ、今ここで死んでいくのだ」
(……そうね)
リナは嘘吐きだ。その自覚がある。
(不誠実で、傲慢で、私、ちっとも良い人間じゃないわ)
だからきっと、エドガルドにも、恋をしてもらえなかったのだろう。
「ごめんなさい、エド……私、本当は……」
力の入らない身体で、なんとか伝えようと、リナは弱々しく、声を出す。
リナを傷つけまいと距離を取っているエドガルドが、その消え入りそうな声に、動揺する。
「リナ……?」
「なんだか、もう、死んでしまいそうだから、言ってしまおうと思って」
不安に揺れる彼の瞳を見つめて、安心させるように、リナは微笑んだ。
「エド、あなたはとても、素晴らしい人よ……どんなにあなたが遠ざけようとしても、私、ずっと、好きだったんだから……だから自信を持って……本当に、大好きよ……」
彼の目が見開かれ、どうして、と声にならない言葉をこぼした。
「たくさんの人が、あなたの毒魔法を怖がるかもしれないけれど、それさえ解決すれば、あなたはいろんな人に愛されて、大切にされるべき人だから……ううん、毒魔法があっても、あなたのそばにいる人も、もういるわ……屋敷の毒魔法士たちも……そして、私も」
そこで言葉を切り、リナは愛おしむように彼を見つめた。
「……大好き。どうか幸せになって」
力尽きるように、リナはゆっくりと目をつぶった。
「リナ……?」
エドガルドの声がするが、もう瞼が重くて、目を開けていられない。
「リナ……!」
泣きそうなシルビオの声もして、ああ、まだ言わなくてはいけないことがあった、とリナは自分を治療しているシルビオをなんとか見つめる。
「シルビオ様、ごめんなさい、こんなことになって」
「リナ……!」
「……あとお兄様、シルビオ様の命だけは、守ってくれるって信じてるわ」
リナのことは見殺しにしても、いよいよ危なくなったら、主家のシルビオの命だけは防御魔法で守るだろう。
そうなれば、エドガルドは、殺人者にだけはならずに済む。
――今もリナは命を擦り減らしながら、防御魔法でエドガルドを包み込もうと、すべての魔力を注ぎ続けている。それでも望む未来は掴めない。自分の力が足りないのが、悔しくてたまらない。
愚かだな、と兄は即答した。
そしてリナのすぐそばまで歩いてきて、しゃがみこんだ。
「お前はいつも遅い。もっと早くに自分の心に嘘を吐くのをやめておけば、ここで死なずに済んだだろうに。この国の古い言い伝えも知らん無教養者め」
「何の話よ……」
もう気力が無くて、目をつぶる。
兄の声だけが聞こえてきた。
「強大な魔力を持つ者ほど、心の真価が試される。嘘吐きの化け物は、嘘を吐くたびに魔法が乱れる。暴走する化け物は、誰からも愛されずに孤独に死んでいく。お前はそういう惨めな化け物だ。嘘を吐き続けるからこんな末路を辿るのだ」
本当にどうでもいい話だった。
リナが嘘吐きで、惨めで、報われずに死ぬことなど、もう死にかけているリナ自身が一番よくわかっている。何度言われようと、どうでもよかった。
「仕方ない、でしょ、これでも、がんばったんだから……」
「頑張り方が間違っている。最初からお前は嘘を吐いている。だから、お前は本当に欲しがっていた愛を得られずに、孤独に、惨めに死んでいく。お前が欲しかったのは、愛だけだろうに。結局誰からも得られずに終わるのか」
リナの頬を、何かが流れていった。ああ、自分の涙だ、と思った時。
「――俺が、愛している」
エドガルドから怒気を感じた。
リナはゆっくりと、彼を見上げた。もう視界はおぼろげで、彼の表情も、よく見えなかった。
「……リナは確かに嘘を吐く。だが、リナはいつだってまっすぐに道を選び、走り続けてきた。他人のためにも、自分のためにも、たゆまぬ努力ができる、素晴らしい人だ。……彼女を侮辱するな」
ああ、彼はリナが侮辱されたことに怒ったのだ。
兄からリナを庇ってくれた。
嘘でも、愛していると言ってくれた。それがただ嬉しい。
ゆっくりと彼は近づいてきた。
不思議と、毒魔法は感じなかった。
(あれ……?)
彼は、リナのすぐそばで膝を折った。
「リナ、愛している。……君を愛している者ならここにいる」
――その瞬間、まるで時が止まったように感じた。
「……触れてもいいか?」
彼の言葉に、リナはなんとか頷く。
互いに、どうしてか、もう触れられると感じていた。
彼が、リナの頬に触れる。だが、彼から侵蝕が起こることはなかった。
「どうして……」
すぐ近くでシルビオが呟いた。
リナにも理由はわからなかった。けれど今、防御魔法はなにも影響を受けていない。
防ぐべき攻撃魔法が、一切この場に存在しない。エドガルドの内から、もう毒魔法が発せられていないのだ。
どうしてかはわからない。だが、もう大丈夫なのだと思った。
まるで、かつての彼と同じ――学生時代、リナが最後の日まで、彼が毒体質だと気づかなかったほどの、素肌で触れさえしなければ普通に過ごせるほどの、エドガルド。
もう、元に戻ったのだと思った。




