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46_ひどい人①



「あの、ちょっと退室してもよろしいでしょうか」

「どうしたの? 具合が悪い?」


 リナを見て、シルビオは心配そうにする。

「少し触ってもいい?」と訊かれて頷くと、リナの額に手をあてて「熱は無いね」と彼が言った。


「そっか、ごめんね。薬が合わなかったんだね。横になる?」

「いえ、あの……」


 口元を手で押さえているリナを見て、「吐きそう?」と察したようだ。


「でも吐いても意味ないんだ。魔力に作用するからね。弱体化の薬は大体持続性があるけど、君の場合は一粒で半日くらいみたいだから、しばらくつらいかもしれない」


「弱体化の薬……?」


 そうだ、なぜ忘れていたのだろう。そういうものがあったのだ。


(でも、私が、弱体化の薬を飲んだの……? いつ……?)


 頭がまったく働かない。

 薬の存在と、自分の現状と、なにもかもが綺麗にきちんと繋がってくれない。


「ええと、あの硬い粒が……?」

「そうだよ。君のための弱体化の薬だよ」


 いつもどおり微笑んだままシルビオは言った。

 なにか色々と言わなければいけない気がするのに、「弱体化の薬、エド以外のも、もうあるんですね」という呟きしか出なかった。


「そうだね、君のお兄さんに協力してもらって君専用を作ったんだ」


 シルビオはさらりと言った。


「闇属性を弱らせる時は光属性を込めたけれど、君の防御魔法は無属性だから、結構難しかったんだよ。魔力を消耗させるように色々な属性の魔力を混ぜ込んだけど、それ以外にも、そもそも防御魔法を発動しないように防衛本能を弱めようと思って、不安を感じにくくする精神操作系の魔法も入れたんだ。そのせいで頭痛とかしないかな? 大丈夫?」


 なにやら勝手にひどいことをされている気がするが、リナが今考えられたのは別のことだった。


(――ああ、だからなのね)


 不安を訴えるように胸の奥がこんなに騒がしいのに、頭まで届かなくて、うまく思考と繋がらないような感覚。身体の主張と、思考する頭の部分が途中で隔たれているようだった。先ほどから頭がうまく働かないのはそのせいなのだろう。


「頭痛は無いですけど、なんだか、変で」

「うん。不安を感じにくくしたはずなのに、不安そうだもんね。ごめんね。合わなかったんだね。これからもっと改良していくよ」


 シルビオは痛ましそうに目を細めてリナを見る。

 リナを大切にしてくれる優しい人だ。……いや、本当に優しいのかわからなくなってきた。気遣いができるなら薬を盛る前に教えてほしい。普段の行動からして、気遣いができる人ではあったはずだが。


(ええと、善意で、私のためにしてくれたのよね……? 防御魔法の暴走を抑えようと……)


 だが、胸を締め付けるような不安感がつらい。どうにかして逃げ出したい。


(逃げる……? 逃げるってどうしたらいいんだっけ……?)


 今まで『逃げる』という動作をほとんどしてこなかった。

 侯爵家に来てからは防御魔法を磨き上げ、王女の留学に護衛として同行してからは、その場に突っ立ったまますべてを弾くのがリナの性質であったし、実験のために火矢を射られようが大砲を撃ち込まれようが、その場から走って逃げたことなど一度もなかった。


(この部屋から歩いて逃げればいいのかしら……? でも、そんなことをしても、この身体の不調はどうにもならなくて……ええと……)


 思考はぼんやりとしたまま、目の前にシルビオを頼る。


「具合が悪いのは、どうすればよいのでしょう……?」

「ごめんね。体内の薬は取り除けないから、半日我慢して寝ていれば気にならなくなるよ」

「そうですか……」


 もう夜だし、とにかく寝ておけばいいのか、とリナは頷く。


「リナ、少しだけ治療しようか。触ってもいいかな?」


 彼が身を乗り出し、リナを覗き込む。

 頷くと、腕を回されて彼に身を預けるような体勢になった。どういうわけかシルビオに触れていると、息が少し楽になった。


「どうかな? 光属性は治癒魔法も使えるからね。君の弱体化の薬には影響はしないけど、少しは体力回復や鎮静効果があるんだ」

「そうなんですね……少し楽になりました……ありがとうございます」


 シルビオの片手が、リナの頬を撫でた。間近で彼が、優しく微笑む。


「今は防衛反応が弱くなっているだろうから、一人でいると危ないんだ。僕が朝まで守るからね。ここにいてくれる?」

「……はい」


 こくりと素直に頷いた。自分が弱っているのはリナにもわかる。でも、それでいいんだっけ……?と小さな疑問も湧いてきた。何かを警戒しなきゃいけない気がするのに、思考が曖昧で、うまく答えを掴めない。


(ああ、夜に男性と二人きりだから……でもシルビオ様は無理に襲う人じゃないし……もうすぐ夫になる人だし)


 何も問題ないはずなのに、不安が消えないのはなぜなのだろう。


(防御魔法が使えそうにないからかしら……?)


 自分の魔力が減って弱体化するのは、きっと誰だって怖いだろう。

 でも今は防御魔法なんて使えなくたっていいはずだ。こんなところに火矢も大砲も飛び込んでこないのだから。


 シルビオに身を預けて光属性の魔法を受けていれば、少しだけ楽になってくる。

 大人しいリナの髪を、シルビオが何度も撫でた。目が合うと、微笑まれる。


「ごめんね、君が具合が悪いのに、君にここまで触れられて、嬉しくて……つい頬がゆるんでしまうよ。手に触れられるだけでも以前の結婚より進展していたのに、もっと欲しくなってしまいそうだ。――ここまで触れても僕を弾かなくなったんだね」

「はい……そうみたいです」


 一年前の苦労はなんだったのだろうというくらい、平気で触れ合っている。誰から見ても、いずれ夫婦になる二人として何の問題もない。


「リナ……夢みたいだよ」


 とろけるような笑み。嬉しそうにその瞳にリナだけを映している。

 ああ、キスができる距離だ、と今さら気づく。そのまま食べられてしまいそうな緊張感を覚えたが、もう遅い。


「キスしてもいい?」


 言葉にされてしまった。

 はっきり訊かれてしまったら、リナは答えを言わなくてはいけない。

 迷ってしまったら駄目だ。黙ってしまえば相手を傷つけるのに、リナはとっさに言葉が出てこない。

 ――この人を悲しませたくない。それだけは確かなことなのに。


 彼の顔が見れないリナを、彼は優しく見つめてくる。


「以前、約束したよね。キスができたら結婚を決めてくれるって。覚えている?」

「はい……覚えています」


 兄とカタリナ嬢の婚約パーティーのときにシルビオに言われて承諾した。


「リナ……キスしてもいい? ……君が、僕を受け入れてくれるか、確かめてもいいかな」


 熱く見つめられ、もう逃げられそうにないと感じた。ここでキスを一度してしまえば、これまでの関係には戻れない。もっとその先までの道が一気に決まってしまう。


(あれ……? でも、結婚するんだから、それは、当たり前で……)


 結婚を約束した時から、道が決まっているのなんて当たり前だ


「……リナ、僕のことが嫌い? 僕に触れられるのが嫌なら、はっきり言っていいんだよ」

「嫌なわけでは……」


 この人が嫌いなわけじゃない。だけど、どうして即答できないのだろう。


 花婿として迎える相手を、もう弾かないようになりたいと願っていた。そのために初恋の未練を断ち切ろうと行動してきたはずだ。

 魔力が弱っている今、もう無意識に『エド以外』を弾くこともないかもしれない。キスだってできるかもしれない。

 一年前から悩み続けていたことが、今夜、終わるのかもしれない。


(でも――)


 でも、どうしても、胸が苦しい。


(……エドがいい)


 彼だけに、触れられたいからだ。


「ご、ごめんなさい……私、好きな人が、います」


 声が震えた。

 一生言うべきではなかった相手に、本当のことを言ってしまった。



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