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43_異変 ※彼視点



 二日後、エドガルドは『光の公爵家』でおこなわれる夜会に参加していた。


 弱体化の薬のおかげで――そして先日もリナの兄アスティリオとカタリナ嬢の婚約パーティーに出たこともあって、周りの貴族たちもエドガルドの出席を自然と受け入れ始めていた。今夜もアスティリオに付き添ってもらっている。


「すまないな、忙しいだろうに」

「いえ、私もこの夜会に呼ばれておりましたので」


 アスティリオは静かに目を伏せる。

 ――あまり彼に頼るべきではないとわかっていた。貴族同士の繋がりは利権が絡む。だが今夜は、どうしてもリナの様子を見たかった。


(これから社交界に復帰すれば、他人として何度も見かけるようになるのだろうか)


 互いに貴族として生きる限り、二度と会わないということはない。

 ならば、遠くからでも見たいと思ってしまう。かつては、もう二度と会わないと決めていたのに、一度再会してしまえば、やはり恋しかった。


 学生時代、リナが王女の留学に同行すると聞いた時――彼女の魔法の才能が期待されていると知った時、彼女はこれから駆け上がっていくのだとわかった。

 年々毒体質が悪化し、いずれ人前には出られなくなり、いつ化け物として処刑されるかわからない自分とは、決して共に過ごせないと思った。

 だから、卒業前のプロムナードの話が出た時、彼女との縁を切った。


 どうか自分と一緒に落ちぶれてくれとは言えなかった。

 彼女は出世にも爵位にも興味はないかもしれないが、家を捨てて二人で逃げることは叶わない。


 毒魔法を無意識に溢れさせてしまう自分は最上級の耐魔布や魔石を仕入れられなければ、他人を傷つけてしまう。上流階級との繋がりは保たなくてはならない。

 屋敷で抱える毒魔法士たちを見捨てていくわけにもいかない。毒魔法士は、悪用したい者に狙われる。自力では逃げ切れない者、自身の毒に蝕まれて治療と研究が必要な者。S級であり誰からも恐れられる自分が顔役として存在するからこそ成り立つ均衡もある。

 いずれ自分が死んだ後の対策はしてあるが、S級の自分が生きたまま逃げれば、諸外国からその力を得ようと行動が起こされ、残された毒魔法士たちが利用される可能性も高い。


 だからすべてを捨てて人里離れた場所に逃げることはできない。貴族の一席を守りながら命を終えるしかない。


(……そもそも、毒魔法のことがなくとも、俺はリナにふさわしくないが)


 彼女が在学中、それなりに親愛を向けてくれていたことはわかっている。友情としては成り立っていたが――とても、生涯の伴侶になってほしいなどとは言えなかったし、彼女だってそんなことを言われては困るだろう。


(彼女には、幸せになってほしい)


 この会場のどこにいるだろうか、と探していれば、注目を浴びている若い男女がいた。

 ――リナとシルビオだ。


 なにせ今夜の主催の次男、そして一度は離縁した二人がまた再婚しようというのだから、みんなの関心を集めるだろう。


 一年前、結婚式の誓いのキスで弾かれた二人が、今は手を取り合って歩いている。『鉄壁令嬢は、防御魔法をもう制御できるようになったのね』と周囲の楽しげな会話が聞こえてきた。


(そうだろうとも。彼女は優秀だ)


 才能があり、そして努力を惜しまないのだから、いずれ解決するだろうと思っていた。当然のことだ、とエドガルドは思う。


 ――やはり、手を握れるのは、俺だけじゃなかったじゃないか。


 あのとき、彼女にキスをしなくて良かった。

 勘違いをするところだった。


 手を取り合い、静かに寄り添い合っている二人はお似合いだった。

 清廉な空気。光に満ち、未来があると信じられる姿。


 ――俺じゃなくて良かった。


 これが、あるべき姿だ。

 最初から、彼女の夫で居続けられる理由などなかった。


 これから彼女は順風満帆に生きていくだろう。

 もう防御魔法の暴走に(わずら)わされることもなく、心置きなく伴侶と心を通わせ、次期当主を目指すことができるのだろう。


 ――だが。


(なにか、妙だな)


 遠目からでもわかる、彼女の伏し目がちな美しさ。落ち着きがあり、大人びた令嬢の姿としては問題ないが――彼女本来の生命力を感じない。もっとその瞳にたくさんの光景を映そうと目の前をまっすぐ見つめているのがいつもの彼女のはずだった。だが、今はその目に何も映そうとしていないように見える。


 近づいていけば、その違和感は増した。

 たった二日その顔を見なかっただけで、彼女の顔は蒼白になっていた。

 周囲の何にも興味を示していない伏し目がちな瞳は、決して虚空を見つめているのではなく、不安の波を押し殺すように強く留められているのだとわかった。


(――何があったんだ、リナ)


 自分の中に、焦燥と怒りが湧くのを感じた。



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