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39_真の囲い込みとは②


「で、お兄様は結局どうして、元夫婦の会話の横で置物になっていたの?」


 シルビオを玄関で見送り、中へと戻りながら訊くと、兄に冷えた目を向けられる。


「なんだその言いぐさは」

「だって、なにか目的があったから同席したんでしょう? あまり話さなかったから意外だったわ」


 兄はそれには答えず、背後の――シルビオが去った扉を遠く眺める。


「俺は帰国したばかりで、お前が夫婦とやらをやっているのを初めて見たが」

「ああ、そうよね、入れ違いみたいなものよね」


 兄は結婚式にもいなかったくらいなので、シルビオがこの屋敷で婿だった時の様子を一度も見ていない。


「俺は在学中のシルビオ様を知っている。お前との相性については、非常に予想通りだ。予想通りでつまらん。猫を被ったお前は気色悪い」

「感想がそれ? 私を見なきゃいいだけでしょ。それに私の猫を被ってない時の庶民っぷりなら、シルビオ様はちゃんとご存知よ。騙し討ちみたいなことはしていないわ」

「……もう用が済んだ。帰れ。目障りだ」


 相変わらず我儘で利己的な人である。


「ここをデートの場所に指定したのは誰よ!?」

「外でデートがしたければ今後は好きにしろ」


 リナは兄にむかつきながらも、さっさとエドガルドたちの待つ屋敷に戻った。



       ◇◇◇



「ただいま」


 もはやこちらの方が我が家であってほしいエドガルドの屋敷へ戻ると、エドガルドは「おかえり、楽しかったか?」と優しく出迎えてくれる。


 帰宅した者への出迎えとしてはただの常套句の挨拶なのだろうが、「楽しかったか?」という問いには一瞬返答に困ってしまった。


(楽しいとか楽しくないとかではなくて……)


 しかしそれを言葉にするのも妙な話だ。


 その場で口をきゅっと閉じて固まってしまったリナを見て、

「……? シルビオ殿とは仲が良いのではなかったのか?」

 とエドガルドが心配そうにする。


「いえ、お友達というわけではなくて」

「友達ではないだろうが……半年は夫婦だったのではなかったのか?」

「そうだけど……」


 一度も触れ合うこともできず、防御魔法の裏切りに「どうして!?」と焦るばかりで、その気持ちに振り回されて、夫婦らしさを積み上げるどころではなかった。


(触れもしないのに夫婦っていうのも……)


 しかし、そこまで考えて――それも違うな、とリナは思った。

 在学中エドガルドとは一度も触れ合わなかったのに、リナの心は間違いなく彼と過ごす幸福に満たされていたし、彼さえ望んでくれれば触れ合えなくとも夫婦になれただろう。

 関係の名前だの、触れ合えるかどうかだのではなく、結局は自分の心次第なのだろうと思った。


(だとしたら、ますますこのまま結婚するのはシルビオ様に悪いわよね……?)


 リナの望みは幸せな家庭を得ることだが、シルビオが不幸になるのであれば、彼と結婚をしないと今すぐ即決できるくらいには、優先順位はシルビオの方が高い。目の前の人間の方が重要だ。


 シルビオを傷つけないためにも、防御魔法がまだ解決していない今は、やはり結婚を断るべきだろう。

 彼には他にも良い縁談がいくらでもある。

 リナはまず防御魔法をどうにかしてから、それから縁談を探すべきだ。


(でも、シルビオ様も、私と結婚すると何かメリットがあったりするのかしら)


 彼の方から縁談を持ちかけてきているのだから、そう簡単には他の縁談には移れない理由があるのかもしれない。その場合――あまり待たせるのもやはり申し訳ないので、一気に防御魔法を解決させなければならない。つまり初恋の未練を今すぐ断ち切る。


「エド、この間言った、男性との接触に慣れるために協力してほしいって話だけど、私の気は変わってないわ」

「リナ、媚薬がまた効いているのなら――」

「そんなものないって言ってるでしょう? 胸倉掴んでいい?」

「医者を呼ぼう」


 無理やり迫ろうとしたら、引き剥がされた。

 こうなったらもう、毒魔法を完封できるようになって、媚薬の疑いなんて言えないような状況にしてから夜這いに行くしかないだろう。



       ◇◇◇



 夜、ラミラが就寝準備をしながら話しかけてくれる。


「いかがでしたか、元夫のシルビオ様との逢瀬。うちの閣下とどちらが魅力的ですか?」

「ラミラは私の気持ちを知っているでしょう?」


 リナが苦笑すると、「おや」とラミラは眉を上げる。


「同時に二人の男性を愛する場合もあるかもしれませんので」

「ないわよ」

「つまり、シルビオ様のことはお好きではないのですね?」

「……」


 それを肯定するのは、なんだか心が痛かった。


「……シルビオ様は素敵な方よ。これから好きになってもいい相手として確定したら、存分に好きになろうと思うの。実際、最初の結婚の時はそう思っていたわ」

「? どういう意味ですか?」


 リナの言葉に、ラミラは不思議そうにする。


「ほら、たとえ政略結婚でも、正式な夫婦になったら次第に愛が生まれていく夫婦もあるでしょう?」

「まあそうですね」

「そうしたら駆け引きとかなしに愛を伝えあえるでしょう? もう結婚してるから恋心を隠したりしなくていいのよね。……『夜会のパートナーに誘ってもいいかしら』なんて悩まないでいいのよ。そんな存在が得られるってだけでも、政略結婚って結構すごいことじゃない?」


 在学中、エドガルドへの恋心を伝えようかどうしようか、プロムナードに誘ってもいいだろうかと悩んだリナからしたら、「もう結婚してる二人なら駆け引きなしで愛を伝えられるし、存分に好きになっていいなんてすごい! 恋愛下手でも恋愛が楽しめる! 政略結婚ってお得!」という感覚だ。


 そう言葉に出してみると、

「……本当に、リナミリヤ様って今どき珍しいまでのピュアな乙女心をお持ちですよねぇ」

 という感想を、しみじみとラミラに返された。


「だ、だめかしら……? というかピュアじゃないわよ。打算的よ」

「良いことですよ。本物の恋愛の狩人は、打算的です」

「そうなのね……」


 リナが唸っていると、「ともかく」とラミラが言った。


「シルビオ様と結婚すれば、リナミリヤ様はお幸せになれるのかと思っておりましたが……大丈夫なんですか?」

「シルビオ様は優しくて素敵な人よ」


 ラミラはその返答には納得がいっていないようだった。エドガルドといい、ラミラといい、リナが再婚して不幸にならないか心配してくれているようだ。


「大丈夫よ。優しくて、穏やかで……それに、一緒に物事に取り組んでくれるような人だったの。一緒に防御魔法について悩んだり、一緒に夜会の新しい衣装の色や生地を決めてお揃いにして――ちゃんと私と同じ速度で、同じ場所にいてくれる人だったの。それだけでもすごく素敵でしょう?」

「そうですね。……いえ、普通では?」


 ラミラは納得しかけて、即座に否定した。


「いえ、その『普通』が素晴らしいのよ。うちの父と兄だと、そうはいかないわ」

「比較基準が特殊というか……いえ、なんでもございません。続けてください」

「続けてと言われても……」


 シルビオについて語ればいいのだろうか。


「今日もたくさん贈り物をくれたのよ。それはもうびっくりするくらい」

「おや、貢ぎ癖のある方ですか」

「いえ……」


 やたらとたくさんなのは今日だけの話だな、と思って言葉に詰まる。

 ラミラは「どうなさいました?」と首を傾げた。


「今日はなんというか……私にたくさん贈り物をして、それで正面に座って私の反応をにこにこ見ていらっしゃったのよ。それがちょっと珍しくて……贈り物を持ってきた人の反応としては普通かもしれないけど、なんというか、慣れなくて。そういう方ではなかったのに。すごい量で」

「おや」


 ラミラは意外そうに目を見開き、そして言った。


「それこそが真の『囲い込み』です」

「え?」


 真の囲い込みとは何だろう。偽があるのだろうか。……エドガルドのことだろうか、とリナは目を瞬かせる。


「贈り物の多さこそ、求愛の証。そしてリナミリヤ様が喜んでいらっしゃるか気になってつい見つめてしまうのでしょう」

「……そういうものかしら。いえ、まあ、そうね。社交辞令としてでも贈り物を用意したら、相手の反応が気になるわよね」


 縁談相手に会いに行くのだから、礼儀として求愛らしい振る舞いをしてくれているのはわかっていたが――……つまり、シルビオも演技を多めにやってくれているということだろうか。それをリナは受け止めきれずに戸惑っていたのだが――


(そっか、シルビオ様は頑張ってくれているのに、私はなんて失礼なことを考えているのかしら)


 まるでシルビオが変わってしまったような気がしていたが、エドガルドが頑張って「俺の妻」とか言ってくれようとするのと同じだ。演技するからには最大限やってくれようとしているのだろう。


(社交辞令でも大げさに求婚っぽいことをすると、囲い込みと同じような『逃げたい』気持ちが湧くのね)


 それならばこの心のもやもやした部分にも納得がいく。

 たくさんの花束、菓子、服飾品、そして求婚。パーティーでの「キスができたら結婚を決意してくれる?」という問い。

 彼の期待に応えられない、と不安になっていたが、演技とはいえ、囲い込まれそうな気にもなっていたのだろう。シルビオは演技を頑張ってくれているだけだというのに。それに、結婚を決断するタイミングについては、条件がある方がお互いに良いことだろう。


「なるほど、求愛は囲い込みで、囲い込みは逃げたい気持ちが湧くのね。なんとなくわかってきたわ」


 なぜそんな遠い目をなさっているのですか、とラミラが怪訝そうな顔をしていた。




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