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38/59

38_真の囲い込みとは①



 兄も同席し、実家の侯爵邸でシルビオとの『初回デート』をおこなった。

 シルビオは豪華な花束を持って訪れた。抱えきれそうにないほどの、赤い薔薇の花束だった。


「リナミリヤ。今日は時間を作ってくれてありがとう。美しい君に」

「ありがとうございます……」


 受け取れば、リナの上半身から溢れるほどの大きな花束は、ずしりと重かった。


(すごい花束……それに、シルビオ様から花束を頂くのって、初めてだわ)


 なにせ最初の結婚の時は、会ったその日からシルビオはこの家で暮らす婿だったので。外からやってくるのは妙な感じだ。


 そして手土産のケーキの量も多かった。いろんな種類のケーキ――これも花畑が作れそうなほど色とりどりの豪華さだった。


「まあ……こんなに食べ切れませんわ」

「君を喜ばせたくて、つい買いすぎてしまったよ。ごめんね」

 と、儚げに微笑まれては、断るわけにはいかない。


 預けた花束を侍女が飾りに行くのを見送りながら、リナは内心、首を傾げたい気持ちだった。


(シルビオ様ってこんな感じだったっけ……?)


 夫婦だった時は、もう少しほどほどの距離感があったというか――あまり『年頃の男女』だと意識させるような振る舞いはしなかった。気が付いたら隣にいる、という感じだった。


 しかも、彼の従者の荷物の多さからして、おそらくまだ贈り物を持ってきている。女性相手に花束を持ってきたとなれば、他の贈り物は装飾品だろうか。帽子などが入りそうな丸い箱らしきものも見えるし、夫婦生活中もよく出かけるとクッキーなどを買ってきてくれたので日持ちのする焼き菓子もあるだろう。

 今日はあきらかに大盤振る舞いである。


(どうしよう、やたら豪華だわ……でも公爵家のご令息が年頃の女性に会いに行くとなると、これくらいしないといけないのかしら……?)


 もはや最上級の公爵家たちの社交辞令というのは、このレベルが常識なのだろうか。リナだって誰かの屋敷を訪ねるならば、手土産は張り切って持っていくが……


「シルビオ様、わたくしたちは、一時とはいえ夫婦だったのですから……勝手ながら、今でも家族のように思っておりますわ。どうかシルビオ様にも同じように思っていただければ嬉しいです」


 だからあまりお土産は要らないんですよ、と言いたかったが、シルビオは「家族? 嬉しいな」と柔らかく微笑むだけだった。真意は伝わったかわからないが、家族扱いには喜んでいるようだった。


 結局、そのたくさんのお土産は屋敷の使用人たちが受け取って奥へ持っていき、そしてリナの前にだけケーキが三個置かれることになった。妙な光景であるが、今日のシルビオはなんとなくリナの笑顔を期待している感じがするので――最初、一個しか置かなかったら、少し寂しげな顔をしていたので――「わあ、嬉しい」と遠慮なく三個食べた。

 何のためにか同席している兄には「こいつ本気か」という顔をされたが、シルビオはリナの令嬢らしからぬ振る舞いなど半年も夫婦だったので当然知っている上に、むしろそういう言動が見たそうだったので――予想通り、なんだか嬉しそうである。


(私の庶民っぷりを半年も見ていたのに、それでも再婚してくださるっていうんだからすごいことよね)


 顔も知らずに結婚した最初の時とは事情が違う。すべてわかっていてまた夫婦になろうというのだ。リナだって一応猫を被っていたりしたが、漏れ出ている庶民っぷりなど、生粋の公爵令息からすれば、かなりの量だっただろうに。懐が深すぎる人か、あえて周りにいないタイプと結婚したい人だろう。


 正面に座るシルビオは、本当に嬉しそうにリナを見ている。


「どうかな、リナミリヤ。おいしい?」

「はい、とてもおいしいです。さすがシルビオ様は素敵なお店をご存知ですね」

「お口に合って良かった」


 春の日差しのような彼の微笑みは、かつてと同じで、「この人の笑顔を曇らせてはならない……」と思わせる儚さだ。それでいて、今日はやたらと彼からの視線を感じる。リナの反応を以前よりも気にしているようだ。


(これは……餌付け? 子犬セラピーがここでも?)


 しばらくリナとシルビオは、近況について話し合った。リナはほとんど実験的結婚の話――エドをコーティングして選定公会議に出たくらいの話しかできなかったが、シルビオは「すごいね。さすがリナミリヤだね」とにこにこしていた。

 そして兄はなぜかずっと同席していたが、あまり自分から話すことは無かった。


 ティータイムを終えると、「また来るね」とあっさりシルビオは帰ろうとした。

 結婚について具体的な話が進まなかったことに安堵していると、彼は少しだけ心配そうに、

「今日も、手を握れるか、試してみてもいいかな?」

 と訊いてきた。


(が、頑張らねば……)


 今はきっと大丈夫なはずだ。

 無意識に防御魔法を強くしてしまわなければ、彼を弾かないはずだ。


 リナは深呼吸をした。


(……大丈夫、変に意識しなければ大丈夫……ラミラたち侍女に髪を結ってもらったりする時と同じこと……ただの自然な接触……)


 そっと手を差し出し、シルビオと指先から触れ合って――手を握り合う。


(よし、弾かずに済んだ!!)


 ぱっと顔を上げてシルビオを見れば、彼も嬉しそうに目元をとろけさせた。


「ああ、君に(さわ)れた」


(よかった……!)


 彼の笑顔を見て、心から安堵する。

 ――かつての夫婦生活の最後の方、彼はリナにこそ直接言わなかったが、「もしかして僕はリナミリヤに嫌われているんじゃないだろうか。だから拒まれているんじゃないだろうか」と使用人に相談していたという。


 ……どれほど、この人に苦しい思いをさせただろうか。


 理由もわからず嫌われているかもしれないと感じながら暮らすことは、誰だってひどくつらいことだ。そんなつらい誤解をさせてしまったことをリナはずっと悔いていた。


 嫌ってなんかいない。


 そう直接告げてしまえば、リナが彼の弱音を聞いたことが彼にわかってしまう。当時のリナにできたのは、「本当に、シルビオ様と触れ合ったりキスしたいと思っています」と告げることだけだった。そして「睡眠薬を飲みますから、その間に触ってください! 今日こそ初夜を遂げましょう!」と強行手段を提案することだけだった。「もうやめよう。諦めよう」とシルビオが言ったのはそれがきっかけだったかもしれない。それでもリナは睡眠薬を飲んだが、翌朝の彼は「頬に触れようとしたけれど、やっぱり駄目だったよ」と寂しげに微笑んでいた。

 そうして離婚をした元夫だ。


「あの、本当に……結婚中は、申し訳ありませんでした。わたくしの魔法の能力が至らないばかりにシルビオ様にご迷惑をおかけして……」

「そう謝らないで、リナミリヤ」


 俯きそうになるリナと視線を合わせるように、彼は優しく屈んでくれる。


「過去は過去だよ。これからの明るい未来を一緒に考えよう?」

「でもシルビオ様……今はこうして触れ合えていますけれど、まだ不安定で……きっと、また苦しい思いをさせてしまいます。だから――」


 彼が幸せそうに、リナに期待してくれるのがつらい。今の状態のままでは、また彼に同じ思いをさせてしまいそうで心配だ。

 けれどシルビオは首を横に振る。


「大丈夫。待てるよ。夫婦としてまたゆっくり進んでいこう? ……それに、今度はそんなに苦しくないと思うよ」

「どうしてですか?」

「君と他の誰かが結婚する方がつらいってわかったからね」


 それはまるで嫉妬するかのような発言だ。

 お世辞だとはわかっているが、彼がそんなことを言うのが意外できょとんと見つめてしまうと、彼はいたずらっ子のような顔をする。


「それに、本当に耐えられなくなったら――今度は秘策もあるから」

「え、秘策?」

「そう。大丈夫になる秘策」


 リナは予想しようとするが、何も思いつかない。


「どういう秘策ですか? ……お守りとか?」

「まだ内緒」


 シルビオは自分の唇に人差し指をあててみせる。


「リナミリヤ。先日の夜会で約束したことを覚えている?」

「……約束、というのは、あの……」


 それは、キスができたら結婚を決意してほしい、と言われたことだろうか。

 兄や使用人もいる場でキスという単語を出さなきゃいけないのだろうか。リナが羞恥でしどろもどろになっていると、

 

「うん、覚えてくれているみたいだね」


 と、リナの表情で察したのか、それだけ言ってシルビオは笑顔で帰っていった。




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