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35/62

35_パーティー③



 シルビオと「普通にぶつかることができた」時点で、彼は異変に気付いたのだろう。結婚中は、リナが頑張ろうが寝ていようが、すべてばちんと激しく弾き続けていたのに――鉄壁令嬢のはずが、今はただの普通の人のように触れ合えてしまう。それで驚いていたのだろう。


「ええと、あの」


 リナは、ぱっと彼の手を離す。


 その焦りすらも無礼だっただろうか、と後悔したが、シルビオは怒らないどころか、嬉しそうに微笑んだ。


「ああ……君に初めて触れた」


 その、本当に心から喜んでいる顔を見て、胸が痛む。

 ――結婚中、彼を何度弾き飛ばしてしまっただろうか。こんなにも穏やかで、結婚中も、リナの魔法の暴走のせいで夫婦らしいことができなくても、決して怒ったりしなかった優しい人を。


 それどころか、リナが自棄になって「わたくしが睡眠薬を飲みますから、寝ている間になんとか!」などと強行しようとすれば「そんなことはできないよ」と気落ちしていた人だった。


「あの、その節は、本当にもう、結婚式から最後まで、多大なご迷惑をおかけして……」

「いいんだよ。……もしかして、もう魔法の暴走は無くなったんだね?」

「いえ……解決したわけではなくて……」


 今のはただのまぐれです、と嘘でも言おうかとしたとき、シルビオの方が先に、「あ」と何かを思いついたような顔をした。


 そっとリナに顔を近づけ、

「……もしかして、弱体化の薬を飲んでいるの?」

 と、声を潜めて訊いてきた。


(薬……? あ、そっか、弱体化の薬で私の魔力が弱まったんだと思ったのね)


 光の公爵家の次男であるこの人も、例の新薬のことを知っているのだろう。

 他の家の者に聞かれてはまずい話題なので、リナもシルビオにだけ聞こえるように、顔をなるべく近づけ、小声で囁く。


「わたくしは飲んでおりませんが、エドガルド様は今日飲んでいらっしゃいますわ」

「うん、それは聞いているよ。きちんと効いているようで良かったね」

「はい」


 こそこそと二人で顔を寄せ合って、会話をする。

 エドガルドが復帰できて本当に良かった、と改めて嬉しくなって微笑むと、それを見たシルビオも、つられたように柔らかく目元をゆるめる。


 ――そこで、ふと強い視線を感じて、リナは顔を上げた。


(……?)


 なんだろう、と周りを確認するが、誰とも目が合わない。


「どうしたの?」

「いえ、気のせいだったみたいです」


 少しだけ、防御魔法がぴりっとしただけだ。


 リナがまた彼に視線を戻すと、シルビオは少し照れたような顔で言う。


「そうだ、リナミリヤ、父から聞いたんだけど……防御魔法の暴走が落ち着いたら、僕との再婚を考えてくれるって本当?」


 そういえば選定公会議で、光の公爵に訊かれて即答した覚えがある。


「ええと、考えるだなんておこがましいことですけれど……と言いますか、シルビオ様ならもっと素晴らしい方との縁談がいくらでもあるとは思いますが――」

「僕が再婚を申し込んだら、受け入れてくれるってこと?」

「は、はい、それはもちろん。断るなんてありえません」


 かなり気恥ずかしかったが、頷いた。

 迷惑をかけた元夫が再婚を望んでくれるなら、断る理由など無いからだ。そもそも格上の主筋からの求婚を断る貴族など存在しない。

 シルビオは、声を弾ませた。


「嬉しい……すごく嬉しいよ」


 手をそっと取られ、両手で包み込まれる。


「ああ、君に触れられる。こんな日が来るなんて……」


 蕩けるような瞳。よほど結婚中の半年の苦労が思い出されて感動しているのだろう、と思ったけれど――なんだかその熱い視線に慣れなくて、リナは身じろぎしたくなる。


(……あっ)


 まずい、と思った時には、ばちんと弾いてしまっていた。

 魔法を強めたつもりはない。だが無意識による防御魔法――これでは、シルビオとの結婚式からの『暴走』と同じだ。


「も、申し訳――」


 謝ろうとすれば、「言わないで」とばかりに、自分の口元に人差し指を立てる動作をした。

 周りに気づかれないように、とも配慮してくれたのだろう。

 また元夫を弾いているところなど見られたら、貴族たちの噂話の種になってしまう。


「大丈夫。わかっていたことだから」

「その……まだ不調は治っておりません。いつになれば解決するのかも、はっきりと明言することはできなくて……」


 俯きそうになると、「顔を上げて」と優しく言われる。


「焦らなくていいよ。今度は待てる。何年だって待つから――猛毒公爵との実験が終わったら、また僕と結婚してくれるかな?」


 まっすぐな言葉に、面食らう。

 もちろん先ほどのように「はい」と即答するべきだ。


 だけど直接の結婚、しかも時期まで決まりそうな求婚に応えてしまったら、もう戻れない。この先の道が舗装されてしまう。心が追いついていないのに、足だけ進み出してしまうような恐怖があった。


(でも、もともと三ヶ月だけの実験的結婚だし……エドとの結婚は延長できそうにないし……ちゃんと再婚相手は探すつもりだったし……)


 シルビオならば、一度結婚していた相手でもあって性格も知っているし、きっとこれから寄り添っていけば、生涯の大切な伴侶となるはずだ。


(……それなのに、即答できないのは……)


 まだ、初恋の未練が断ち切れていないからだ。


 固まってしまったリナを見て、シルビオは苦笑する。


「ごめんね、せっかちで。魔法の暴走自体は、治まるまで何年だって待つよ。ちゃんと触れられるようになるまで、今度こそ待つ。でも、結婚は……早めに返事をもらえないと、君を誰かにとられてしまうかもしれないから、焦ってしまって」


「そんなこと……」


 誰にもとられたくない、と。

 エドガルドがカタリナ嬢に朝一番に花束を持って申し込んだような――その感情、その執着、羨ましかった。欲しかったはずのそれが今、シルビオからリナに向けられている。


(私は今、嬉しいのかしら……?)


 うまく受け止めきれない。

 戸惑うリナを見て、彼が少し話を逸らしてくれる。


「君のお父様から聞いたんだけれど、猛毒公爵とキスができたら、『実験的結婚』の期間を延長するのを認めてほしいって、お父様と約束したんだって?」


(あのクソお父様!!)


 そんなことまで話したのか。主筋の公爵に尻尾を振るのが大好きな最低の父である。


(というか、それを話して何か意味あるの!?) 


 単に、はしたない娘だと思われてしまうだけではないだろうか。


 リナが苦い顔をしていると、シルビオが寂しげに眉を下げる。


「……猛毒公爵だけが君に触れられる可能性があるから、そういう文面にしたんだよね? ……僕とキスができるようになったら――僕とキスが一回でもできたら、その時に再婚を決断してくれる?」


「え……」


 温厚なシルビオの瞳に、獲物を狙うような強い光が宿る瞬間を見た。

 どきりとして、リナが彼を見つめてしまうと、彼は表情を緩めて、「さすがに今日キスしようとは言わないよ」と微笑んだ。


「でも、それくらい本気だってことを知っておいてほしいな。君には触れられないんだってずっと思っていたから、さっき触れることができて、本当に嬉しかったんだ。また頑張れそうだって思ったよ。……今度こそ、夫婦になりたいな」


 彼はまたそっとリナに手を近づけたが、やはり、ばちんと魔法が弾いてしまう。


「ごめんなさい、緊張していて……」

「大丈夫。……ただ、これから僕と会う時間を増やしてもらえるかな? 僕も、君との魔法実験の相手になりたいな。……やっと準備ができたんだ」


 そう言って、やわらかく微笑み、リナを見つめる。まるで春の日差しのような人だ。

 こんな儚げな人を半年も弾き続けて本当に申し訳なかったな、とリナは胃が痛くなる。


「また弾き続けてしまうかもしれませんが……」

「いいよ。僕の心配だけ? 僕が気にしないのなら、これから僕とも会ってくれるのかな?」

「は、はい、もちろん」


 リナが頷くと、

「良かった。約束だよ?」

 と嬉しそうにする。


「今夜はこのまま二人で過ごさない?」


 正直そろそろ胃が痛くて一回休みたいな、と思い始めていたのだが、うまい言い方が思いつかない。ふと視線を逸らせば、少し離れたところからエドガルドがこちらを見ているのに気づいた。

 きっと初恋相手と踊ってきただろうに、あまり喜ばしい顔をしていない。


(どうしたんだろう……)


 シルビオは当然それには気づかず、「どう? あちらで座って話そうか?」と誘ってくれるが、

「申し訳ございません、まだお話をしたい方がおりまして……」

 と断った。エドガルドの恋の行方が気になるからだ。


「そっか。それじゃあ、名残惜しいけれど、また近いうちに。手紙を送るね」

「ありがとうございます。ではまた」


 リナはシルビオと別れて、自分からもエドガルドに近づいていく。

 すぐ近くで見れば、彼の表情が固いことがわかった。


「エド?」


 どうしたの、と訊くと、彼が暗い顔で言う。


「……先ほどから見ていたが、やけに顔が近かったな。頬が触れ合えそうなほどだったぞ」

「ああ、内緒話をしていた時かしら? 弱体化の薬、他の家にはまだ内緒だから、誰かに聞かれたらまずいでしょ?」

「そうか。だが――……いや、なんでもない」


 なにやら言葉を飲み込んだようだった。


「どうしたの?」

「いや、君の兄君から助言を頂いたんだ。嘘を吐かねばならないくらいなら口を(つぐ)んでいたほうがいい、と。なので言わないことにする」

「私になにか嘘をつきたかったの?」


 彼は首を横に振った後、「言いたくないことを言わねばならないと思ったからだ」と言う。


「どういうこと?」

「……君は、やけにカタリナ嬢と踊るように言ったが、君こそ――」


 そこでぴたりと止まり、

「やはり言わないでおく」

 と言葉を濁した。


「『私こそ』? ……そんなにカタリナ嬢と踊るの嫌だったの? あ、ごめんなさい、話をしていてあなたが踊るところを見ていなかったの。どうだった? やっぱり勇気出して良かった、って思わなかった?」


 送り出した者としてきちんと見守っておくべきだっただろうが、思わぬ元夫との邂逅に気を取られて見ていなかった。……見たくなかった、という無意識の感情も影響していただろう。


 だが、彼はあっさりと、

「いや、踊っていない」

 と否定した。


「ええー?」

「そんなに駄目か? ……君が頑張ってくれているのだから、俺も頑張って踊ってくるべきか?」

「いえ、つらいならいいけれど」


 幸せを掴むために頑張ってほしいところだが、婚約までいった二人に、下心ありで近づいていって平気でいられる人でもない。


「……カタリナ嬢、幸せそうだものね。あのクソ兄貴の横で」

「ああ」


 今日の主役二人は輝いていた。カタリナ嬢の笑顔は、とても幸せそうで、美しい。

 エドガルドの性格上、カップルを引き裂くなど、やはり無理だろう。


「まあ、あの二人が上手くいきそうになければ、そのとき狙いに行けばいいだけだし――それに、あなたと幸せになってくれる相手がこの世にカタリナ嬢しかいないわけじゃないわ。いろんな人に目を向けて、いろんな人と付き合ってみればいいのよ。初恋だけがすべてじゃないもの。何回恋をしたっていいんだから! ね、そうでしょう?」

「……」


 てっきり同意してくれると思って軽い気持ちで相槌を求めたが、エドガルドは真剣な顔で、「心を偽るのはよくないと言われたからな……」と言った後、きゅっと口を(つぐ)んで目を逸らしていた。





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