34_パーティー②
兄の言葉の意味をしばらく考えていた。
(私とエドが踊ると、何がまずいの……?)
やはりエドガルドと踊りたいという私情がまずいのだろうか。最初のダンスは彼の初恋相手に譲るべきか――今日のカタリナ嬢は淡い水色のドレスを着て、輝かしい金髪を結い上げていた。まさしく今日一番の主役、絵本に出てくる姫君のようだと、誰の目から見ても思える美しさだった。今はそれなりに近くで彼女は親と歓談しているが、こちらの会話は聞こえていないだろう。
「そうか、私とエドが目立ち過ぎたら良くないわよね。婚約披露パーティだもの。『猛毒公爵と鉄壁令嬢』の話題も立ててしまったら、注目が二分化されるわ。彼女にとって、大事なイベントでもあるのに」
「……カタリナを心配してくれるのはいいが、そういうことではない」
と兄が言う。
「でも、エドがカタリナ嬢と踊る分にはいいわよね?」
「俺の次なら、それは構わないが」
その日一番最初のダンスはさすがにパートナーと踊るものだが、二番目以降は、誰と踊ってもいい。
「よし、エド、カタリナ嬢が最初のダンスを終えたら、すぐさま誘いに突撃するのよ!」
主催である兄とカタリナ嬢が最初のダンスを踊るために中央へと向かっていくのを見届けると、すぐさまリナは、エドガルドに言った。
彼は「なぜだ」と怪訝そうにする。
「社交的には間違っていないだろうが、俺はまだそこまで他者と触れ合えるほどではない」
「大丈夫だってば。早くカタリナ嬢と踊りたいと思わないの? 隙あらば踊りたいと思わないの?」
「思わないが」
「思いなさいよ!」
彼が困ったような顔をする。
距離を縮めていくことだけが恋の正解ではないとわかっているけれど、やはりエドガルドには初恋相手と幸せになってほしい。
「だって、カタリナ嬢に花束を朝一番に持っていって、プロムナードのパートナーを申し込んだんでしょう? それくらい本気なんでしょう? 踊りたかったんでしょう?」
「……その話はやめてくれ」
まだ学生時代の話を掘り返すのは駄目らしい。
「卒業した後だって、三年も支援をしていたんでしょう?」
断られてもなお好きだったのだろうから、今だって本当はまだ諦めきれていないはずだ。
「ああ、支援についてなら……彼女は家族から冷遇されていてな。しかも駒として執着されていて――それを引き剥がすためだった」
「……そうなの?」
初耳だった。リナも父や兄とうまくいっていないので胸が痛んだ。
「今は大丈夫なの?」
と訊くと、
「ああ」と彼が頷く。
「もう心配しなくていい。今は、君の兄君がきっちりと――噂によればなかなか思い切ったこともしたらしいが、彼が睨みをきかせているから、カタリナ嬢は、もう大丈夫だろう」
「え、うちの性悪クソお兄様がよそのおうちに何か――いえ、カタリナ嬢が助かったなら良いことかしら」
「ああ、だからカタリナ嬢のことは心配いらない。君の兄君に任せておけばいい」
「……そう」
リナは納得しかけたが――
「でもやっぱり一度くらい踊っておいた方がいいんじゃない?」
と食い下がった。
「俺が踊る必要があるのか?」
「そうよ! いいから踊るのよ!」
「なぜそこまで必死なんだ……今日の主催の一人と踊ると、俺の復帰をより強く印象付けられる、という作戦か?」
「もうそれでいいから!」
理由なんて何でもいい。絶対に踊って、初恋相手との思い出を作ってほしかった。なぜってリナがそれで苦労しているからだ。一度でもキスさえできれば、なんていう淡くて傲慢な執着一つを断ち切れずに、彼の期間限定の妻にまでなってしまっているからだ。
「ほら、行ってきて! 頑張って!」
「……」
ぐいぐいと背中を押して、ほぼ無理やりエドガルドを送り出した。何度も振り返られ、このままではリナの元に戻ってきそうだったので、彼の視界から離れようと人混みに入り込んで身を隠す。
彼に気を取られながらの移動だったので、とん、と誰かにぶつかった。
「あ、申し訳ございません、わたくしの不注意で――」
「いやこちらこそ――」
互いに顔を見て、固まった。
「……リナミリヤ」
「シルビオ様?」
それは、元夫。光の公爵家の次男、シルビオ・レアル氏だった。
ゆるやかなプラチナブロンド。同色の金の瞳。春の日差しのような空気を纏った男性で――まさに『光の公爵家』の名前にふさわしい人だ。
「お、お久しぶりです……」
あまりに気まずい。彼もきっと同じ気持ちだろう。そそくさと去ろう、とリナは思ったのだが――
シルビオは信じられないものを見たかのように、その場で固まっている。
「あの……?」
リナがこの会場にいることなんて、最初に兄が開催の挨拶をした時に見て知っているだろうに、なぜこんなに動揺しているのだろう。
具合でも悪いのだろうか、と心配になって顔を覗き込むと、おぼつかない様子で手をゆっくりと差し出されたので、そっと受け入れるように握ってみる。
「どうかされましたか……? ご気分が悪いのですか?」
この手を引いて控室に連れて行ってほしいのだろうか。
いよいよ倒れそうなのだろうか、と彼をみつめていると、シルビオはようやく言葉を発した。
「触れた、ね」
「……あ」
しまった、とリナは遅れて気づいた。
エドガルドの背を押すために――防御魔法がA級のままだったのだ。
A級であれば誰でも触れる。
その状態でリナはこの人と普通にぶつかった上に、手まで握ってしまった。
まだ『S級の防御魔法が暴走していて、花婿を結婚式で弾き飛ばした鉄壁令嬢』の名を返上していないままなのに。
その、かつて新婚中に弾き飛ばし続けた元夫と、普通に触れ合えてしまったのだ。