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29_顔合わせ②



 リナの兄――アスティリオと、その婚約者であるカタリナ嬢が、この屋敷にやってきた。


 カタリナ嬢は、在学中にも見かけたことがある。輝かしく光を集める金髪に、宝石のような青い瞳。すらりと伸びた背筋で優雅に歩き、爪先までの動作にも無駄がない、美しい令嬢だ。


 防御魔法士でもある兄は防御壁を自身とカタリナ嬢にかけ、カタリナ嬢はさらに念のためにとガスマスクをつけているが、無骨なそれに顔を覆われても洗練された美しさは失われていない。

 そのガスマスクの下には、大輪の花のように、誰が見ても華やかさを感じるような美貌があると、この場にいる誰もが知っている。


(やっぱり、綺麗な方だわ……)


 つい見惚れていると、彼女は少し照れたような顔をした。そのささいな動きすら上品で、やはり生まれながらの上流階級の人だ――と、自分とは纏う雰囲気が違うことをリナは感じ取って、なんだかこの場に居づらくなってしまう。


「二人とも一応面識はあるが、こうしてきちんと会うのは初めてだな。俺がエドガルド・イラディエルだ」


 エドガルドの挨拶を受けて、兄は静かに礼を述べる。


「本日はお招きいただきありがとうございます。アスティリオ・カレスティアでございます」

 そして、リナを一瞥すると、

「あれが……妹だ」

 と、かなり嫌そうに、隣に立つカタリナ嬢に紹介した。


 リナは兄を睨みたい気持ちを抑えて、微笑んでみせた。


「リナミリヤ・カレスティアと申します。本日はよくいらしてくださいました、カタリナ様。お会いできるのを楽しみにしておりました」


 今は結婚中なので、リナミリヤ・イラディエルと名乗るべきかもしれないが、エドガルドとカタリナ嬢をくっつけるためには『エドガルドの妻です』というアピールはするべきではない。


 カタリナ嬢は、

「カタリナ・アンベルと申します。お会いできて光栄です」

 と丁寧に淑女の礼を執る。

 格上のエドガルドにも動じていない、優雅で余裕のある所作だった。


 エドガルドはじっと目の前の二人を見ている。

 ――ああ見惚れているんだな。

 そう思って胸がちくりと痛んだが、意外にも彼は、横に立つリナの方を振り向いて言った。


「……驚いた。そっくりだな」

「え、カタリナ様と私が!?」


 まさか、と思いつつ、ちょっと嬉しくなって聞き返せば、

「いや、兄君と似ている、と言いたかったんだが」

 と真顔で言われた。


「そっち!?」


 彼が熱く見つめていたのは、兄の方だったらしい。


「私とこのクソ兄――いえ、お兄様が?」

「ああ、本当にそっくりだな……」


 エドガルドがしみじみと言うと、カタリナ嬢まで頬を染めて、「麗しい兄妹……素敵なお二人ですわよね……」と呟いた。それだけでカタリナ嬢がそれなりに兄の顔に好意があることに気づけてしまって心配になる。もしや恋愛結婚なのだろうか。


(が、がんばって、エド! カタリナ嬢が面食いだとしても、エドだって負けてないわ!)


 兄は確かに目立つ容姿をしている。

 白銀の髪と、薄氷のような水色の瞳。白皙の肌とその造形は、まるで天才の職人が丁寧にこだわって作った最高級の人形だ。

 そのくせその水色の瞳は、人を見下し、従わせるのに慣れきっている。 


 リナに追い抜かされたもののA級の防御魔法士なので、今日この屋敷でもガスマスク無しでその冷酷な美貌を晒していた。

 ――異母妹のリナさえ現れなければ、塵ひとつない完璧な道をこの先も歩き続けたであろうと思わせる、純然たる美しい貴族令息だ。


(それでも、このクソ兄貴に似ているってエドに思われたなんて、心外だわ……!)


 ぐぬぬ、と顔に余計な力が入ったリナに、

「……すまない、褒めたつもりだった」

 とエドガルドが謝った。


「……私、あんなクソ性悪な目つきかしら」

「いや、目つきは似ていない。造形の話だ。……すまない、わざわざ言うべきではなかったな。俺は兄弟やあまり近しい親戚がいないから、兄妹だとここまで似るものなのだなと驚いてしまって」


 エドガルドがしょげたような顔をするので、リナは胸がきゅっと苦しくなった。

 猛毒の家系ゆえに、早逝が多い、孤独な彼らしい発言だった。……家族に憧れる気持ちは、リナにもわかる。


「いいのよ、気にしないで。父方の祖父に似ているらしいわ」


 異母兄妹だがよく似ているのは、祖父の顔をそっくり受け継いだかららしい。

 小心者の父が、我が子たちにびくびくしているのも、厳しかった親を思い出すからなのだろうか。

 これほど兄にそっくりなおかげで、誰にもリナが本当に侯爵家の子かと疑われずに済んだが――リナも、兄自身も、互いにそっくりな存在がいることをまったく気に入っていなかった。



 さて、応接室のソファに座ってお茶を――となった時、ガスマスク姿のカタリナ嬢に視線が集まった。


「わたくし、外してもよろしいでしょうか」


 カタリナ嬢の発言に、真っ先にエドガルドが反応する。


「いや、念のために、着用しておいてもらいたい」

「……防御魔法士が二人もいれば、十分じゃない?」


 リナは横からそう囁く。


 兄は自身とカタリナ嬢に、そしてリナは自身とエドガルドへ、防御魔法のコーティングをしている。国内で言えばツートップの防御魔法士が揃っている。


「ええ、お二人を信頼しておりますわ」


 カタリナ嬢もそう言ったが、エドガルドは神妙な顔をしていた。


「侯爵家の二人の能力を信じていないわけではない……だが俺は最近新たな毒を出すようになったらしくてな」

「新たな毒?」


 正面の二人が聞き返す。

 ――嫌な予感がして、リナは思わず身を乗り出す。


「ちょ、ちょっとエド、まさかそれって」

「とても言いにくいのだが、実は媚薬成分が――」


 もがっ、と彼の口を覆いに掛かったが、一瞬遅かった。

 二人の耳には『媚薬』という言葉が届いてしまっただろう。


 予想どおり、兄は冷淡に見える顔をあまり動かさないまま、「媚薬?」と聞き返した。


「ああ、大変申し訳ないことに、とある女性にその症状が出てしまって……もしここでも無意識に俺が毒を出してしまい、カタリナ嬢の心を捻じ曲げてしまうようなことがあれば、とんでもないことになるだろう」


 微妙にリナの世間体を気遣っているのか、「とある女性」などと嘘をついてぼかしているが、兄とカタリナ嬢は、「あ……」という顔でリナを見た。

 そして、もし本当に、結婚の挨拶に来た女性を誘惑してしまったら一大事だろう、という彼の心配もわかる。本当にそんな毒があればだが。


「……エド、貴女の毒に、媚薬成分なんて無いから」


 もはや『とある女性』などと彼が庇ってくれた安全圏も捨てて、「私、ちっとも効いてないから」と眉を顰めると、エドガルドは困ったような顔をする。


「媚薬成分が無かったとしても、俺の普段の毒はすべて猛毒だ。危険なことには変わりない。……屋敷に来た当初から、君の防御魔法は俺の猛毒をきちんと防いでいたが、媚薬だけは相性が悪いのか、症状が出てしまっている。俺はそれが心配だ」


 ちなみに今日はリナはガスマスクを断固拒否した。ただでさえ恋敵――という表現すらおこがましいが、エドの好きな女性と同じ空間で過ごすのだ。少しでもおしゃれしたいという乙女心を押し通した。


 真っ赤な顔で「このわからず屋……」とエドガルドを睨んでいるリナを案じたのか、


「あの、もしかして媚薬ではなくて、リナミリヤ様が、エドガルド様のことを、その……」


 控えめにカタリナ嬢が、リナに助け船を出そうと言葉を選んでいた。

 しかしやはり「彼女はあなたのことが好きなのでは?」と恋心をバラすのは(はばか)られるのか、リナの方を気づかわしげに見ては、エドガルドにもちらちらと視線を送っている。


 その隣にいる兄など、露骨に哀れみの視線をリナに向けていた。なんなら「哀れな……」と口に出していた。


(ああ、もう、エドの馬鹿!)


 リナがエドガルドのことを好きだとカタリナ嬢にバレてしまったら、カタリナ嬢とエドガルドがくっつく可能性を減らしてしまう。すでにカタリナ嬢は「実験的結婚だと伺っていましたけれど……素敵」などと恋する仲間をみつけたような顔をしていた。


(いえ、それじゃあ駄目なのよ! うちのクソ兄貴に恋をしているのも駄目だし、私とエドを応援されても駄目なのよ……!)


 カタリナ嬢には、エドガルドと幸せになってほしいのだ。


 だから、決意を持って、リナは叫んだ。


「わ、わたくしはべつに、エドのことは――公爵様のことは恋愛対象として見ておりませんから安心してくださいませ! あくまで互いに魔法の問題を克服するための関係! 三ヶ月だけの結婚ですもの!」


 胸が痛みながら、嘘をついた。言いたくなかったが、エドの幸せのためだ。

 三人はぽかんとした顔でリナを見ていたが――真っ先に口を開いたのはエドガルドだった。


「媚薬の効果が解けたんだな! 良かった――……そう、これは良いことなんだ。……俺は知っていた。知っていたぞ。リナがこの結婚に対して、微塵も浮ついた感情を持っていないことは」


 まるで胸が痛むかのように、エドガルドの上半身は前に倒れかけていた。後半の方は、ほとんど聞こえないほどの小声だった。

 そして、彼の呟きに応じるように、じわり、と滲むような毒霧が彼から漏れ出て――すぐに消えた。


「!」


 はっとしてカタリナ嬢を窺う。彼女はきょとんとしているだけで、毒の影響を受けた様子はない。兄を見ればすぐに目が合い、「黙っていろ」と言いたげだった。口には出していないが、仮にも兄妹として過ごした経験があるため、その視線だけで意図はすぐ伝わった。カタリナ嬢はおそらく、エドガルドの毒が増したことを感知すらしていない。だとすれば騒がない方がいい。


「……」


 兄がなにか物言いたげな顔でエドガルドを見ていたが、結局何も言わなかった。




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