28_顔合わせ①
強行的なキスさえも「俺が媚薬成分を出しているせいですまない」などと躱されたリナは、部屋でラミラ相手に愚痴を叫んでいた。
「なんでも毒体質のせいにするんじゃないわよ! 自分自身の魅力だってどうしてわからないのかしら!」
「難儀ですねぇ」
先ほどエドガルド本人にもきちんと――かなりの羞恥心を我慢しながら「毒のせいじゃなくあなた自身に魅力があるのよ」と言ってみたが、「すまない。まだ毒が効いているんだな……すぐによくなるからな」という扱いだった。腹が立つ。
「もう直接『ずっと前からキスしたかった。学生時代から好きだった』とおっしゃってしまえばどうです?」
ラミラに言われて、リナは首を横に振る。
「言ったところで、この調子だとまた媚薬が効いているせいだと思われるわ。……え、これって、どこから挽回すればいいの……?」
何をしても媚薬だの毒体質のせいだの、リナの本意ではないと思われてしまうなら、『男女が二人っきりでいたら、なんとなくいい雰囲気に……』なんてリナが期待していた状況になっても、エドガルドがリナに手を出す可能性など皆無である。
――もしかして、もう手遅れなのでは?
毒体質のせいかも、という可能性が少しでもエドガルドの頭の中に生まれてしまった時から、リナの負けが決まっていたのではないだろうか。
「なんてややこしい人なのよ! 好きだけど!」
こうなったら完膚なきまでに防御魔法で毒魔法を完封し、「あなたの毒なんてまったく効いてない」という証明をしなければならない。
「……いいわよ、最初からそのつもりだったし。方針は変わらないわ」
絶対に負けない相手であると証明し続ければいい。ここへ来た当初と変わらない目標だ。
そして今一番早く片付けるべき問題は、リナの兄とカタリナ嬢の結婚が、このままでは進んでしまうということ。
――今ならまだ、チャンスがある。
「幸いにして、あの父も、顔合わせとして私とカタリナ嬢を会わせてくれるみたいだし、そこにエドも連れて行くわ。一応今は私の夫なんだから親戚扱いよね。……あれ? 私の夫としてカタリナ嬢に会わせるのはまずいのかしら?」
エドガルドが既婚者となれば、始まる恋も始まらない。
(ま、まあ、私たちは期間限定の実験的結婚だし、カタリナ嬢がそうわかっていてくれれば大丈夫でしょう!)
一番の難題は、エドガルドが外出してくれるかどうかだ。
◇◇◇
「リナ、本当にすまない。君の気持ちを捻じ曲げてしまうなんて、俺は自分が許せない……」
夕食時、彼にそう謝られた。
かなり自分自身に憤っているようで、険しく眉を顰め、拳を握っている。もしもその手にフォークやナイフを握っていたら、侵蝕してしまっていたのではないかと思うほどだ。
「……媚薬成分、よほど嫌なのね。いえ、そんなものは無いんだけど」
「いや、ある」
「どこから来るのよ、その自信……」
実際はリナが勝手に以前から惚れているだけなので、媚薬成分など彼の毒には含まれていないのだが。ラミラなど屋敷の毒魔法士たちが、「媚薬成分は検知していません」と何度言っても聞かないほどの頑固さだ。
エドガルドは眉を険しく顰めたまま言った。
「今すぐ君を家に帰したいのだが――解毒が終わるまでは、そばにいてほしい」
(え、珍しい! 帰れって言われない!)
つい目を輝かせてしまうと、「治療のためだぞ。迅速に解毒するからな」と念を押された。
「俺への気持ちが無くなったらすぐ教えてくれ。逆に強くなっても教えてくれ。治療の参考にする」
「……ええと、まあ、当分、治りそうにないわ」
嘘をつくのは心苦しいが、追い返されないためと思えば、『媚薬のせいで惚れている』という不名誉だって受け入れよう。
あとどれだけ嘘をつけば、リナは『欲しいもの』を手に入れられるのだろうか。
「毒消し薬は飲んでいるのに、なぜ効かないんだろうな……」
彼はずっと苦悩の表情だ。リナはそっと目を逸らし、止まっていた夕食の続きを口に運ぶ。
「……まあ、日常生活に問題はないんだから、いいじゃない」
「良くない……俺は自分が許せない……リナ、俺にできることなら何でもするからな」
相変わらず、無制限に叶えようとしてくれる。お人よしすぎて詐欺に遭いそうな人だ。
「ふうん。……じゃあ、早速ひとつ頼んでみてもいい?」
「何でも言ってくれ。どんなことでも叶えよう」
「あのね、私の家に、一緒に来てくれない?」
彼は意外だったのか、目を瞬かせた。
「構わないが――帰りたいのか」
「一日だけよ。兄と、その結婚相手の……カタリナ嬢と顔合わせがあるの。食事会みたいなものかしら」
彼は少し悩むような顔をした。
「俺が行く必要はあるのか?」
「今は私の夫でしょう?」
「そうか、君の兄君は俺の義理の兄君になるのだな」
「え、それは最悪……」
あの性悪な兄と、エドガルドが義理の兄弟だなんて、リナとしては嫌すぎる。しかもこのままだとエドガルドは、初恋相手のカタリナ嬢が年下の義姉になってしまうのだ。
「ごめんなさい、エド、私にあんなクソ兄貴がいたせいで……」
「何の謝罪なんだそれは……?」
彼は不思議そうに首を傾げていた。
「ともかく、俺がそちらの屋敷に行くのは危険だ。毒を撒き散らしてしまう」
「私の防御魔法でコーティングするから大丈夫よ。選定公会議の時だって、大丈夫だったでしょう?」
「……しかし、今は――」
彼は言いにくそうにした。
「私の魔法が信用できないって言うの?」
媚薬成分が効いているなどと思われているのだから、リナの防御魔法の『最強』という看板を疑っているだろう。
「平気よ。もし本当に媚薬成分が漏れているって思うなら……ラミラたちだってあなたに熱烈に迫っているはずでしょう?」
「ラミラたちは毒魔法士だ。耐性がある。それに媚薬成分が含まれていないなら、なぜ君が俺に――」
彼に言われて、リナは頬が熱くなるのを感じた。
「べ、べつにいいでしょう! そういう気分になる時だってあるでしょう!?」
「それを媚薬と言うのでは……」
「私は媚薬なんかなくてもエドのことを――」
好きだ、と言ったとして、これも媚薬のせいだと思われるのだろうか。
「か、仮に媚薬のせいだとしても、キスくらいしてくれたっていいじゃない……」
もはや無茶だと自覚しつつも食い下がると、「いや、それは違うだろう」と真顔で言われた。
「とにかく、うちに一緒に来て! 私の魔法を信じてちょうだい!」
「行かないと駄目か? 君の屋敷にいる全員が危険に晒されるが」
「そんなに信じられない? ……じゃあ全員にガスマスクをさせればいい?」
「……いいのか?」
リナ自身はガスマスクを着けたがらないのに、他人には着けさせる前提で言うのは良くないことだろう。だが、リナはどうしても彼とカタリナ嬢を会わせたかった。
つい懇願する目で、彼を見つめてしまうと、
「……そんなに君が願うなら、叶えたいが……」
とエドガルドは思案する。
「だが、やはり移動するまでに毒を撒き散らすかもしれない。そうなると被害を受ける人数が格段に増える。……こちらに呼ぶのなら構わない。やはり俺はこの屋敷から出ない方がいいからな」
「……もう完全に私のコーティングを信用しなくなったのね」
「君の実力を疑っているのではない。だが、不調であるとは思っている」
「……」
結局、兄とカタリナ嬢をこの屋敷に招くことで合意した。




