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23_一番欲しいもの②



 しばらく「似合わないわね」「似合いませんねぇ」と想像上のエドガルドで意気投合した後、リナはラミラに微笑んだ。


「ありがとう、こんなふうに恋の話ができる相手って中々いないから、なんだか楽しいわ」

「……」


 ラミラはその言葉には少し困ったように眉を下げた。


「本当に、初恋を終わらせて、三ヶ月後には去ってしまうのですか?」

「そうよ」

「閣下への未練を断ち切って、今度こそ花婿を弾かないようにするためだけに、この屋敷にいらしたのですか?」

「そうよ。……いえ、エドの役に立ちたいって気持ちももちろんあるけれど」


 ラミラは、「……なんとまぁ。やらなくてもいいことをきっちりなさる方ですね」と呆れたような声を出した。


「いえ、やらないとどうにも前に進めないから未練を断ち切るのよ」

「具体的にはどのようなことをしたら未練が断ち切れるご予定ですか?」


 その質問に答えるのは中々気恥ずかしい。リナが視線を彷徨わせながら、「……思い出が欲しくて」と呟くと、ラミラはあっさり正解に辿り着いた。


「ああ、キスしたいんですか」

「察しが良すぎるわ!」


 顔を真っ赤にして叫ぶリナに、「素直ですねぇ」とラミラが苦笑した。


「それでガスマスクを拒否していらっしゃるんですねぇ。たしかにガスマスクで口を覆っていたら、キスなんてできませんものねぇ」

「うっ……」


 見透かされすぎて胸が痛い。比喩ではなく、実際に心臓がずきずきと痛み出した気がする。

 ラミラは興味深そうにリナを見てくる。


「ちなみに、真正面から『好きだからキスをして』と頼むご予定ですか?」

「え、まさか。好きだなんて言ったら困らせちゃうじゃない。……ほら、年頃の男女ともなれば、夜に部屋に二人きりになれば、良い雰囲気になることもあるかもしれないじゃない? 一回くらいはまぐれでいけると思っているわ」


 自分で言いながら、なかなかに雑で手抜かりな作戦だと改めて思う。

 目を泳がせながら言うリナに、身を乗り出してラミラが追い打ちをかけてきた。


「そんなまぐれの一回でいいんですか。中途半端なやつだとむしろ未練が残りそうですけど」

「いいのよ! まぐれでもいいことにしなきゃ、いつまでも帰れないわ!」


 そういうの『やけっぱち』って言うんですよ、とラミラが呟いていた。ムキになっているように見えるのだろう。とうとう、ラミラは揶揄うのもやめて、溜息を吐いた。


「どうしてそこまで無理やり初恋を終わらせて、好きでもない他人と結婚しなきゃならないんですかねぇ。いえ、お貴族様の事情はわかっておりますが……リナミリヤ様はそういう慣習がお好きとも見えませんので。ご当主のお父様に何か弱みを握られているとか? 人質がいるとか?」


 物騒な想像に、リナは苦笑した。


「違うのよ。もちろん父には結婚してからでないと当主の座は譲れないなんて言われてるし、そう明文化された契約書もあるんだけど――まあ私の方が長生きするから、それはどうとでもなるの。私の次の代だって、親戚から養子をとれば問題ないから、私が誰とも結婚せずに、初恋を貫くことだってできるわ。でも――」


 そこで言葉を切って、リナはちいさく微笑んだ。


「私、家族がほしいの。たとえ、初恋の人が夫でなくても」


 ラミラの目がわずかに見開かれる。

 家族――そう口に出した途端に、リナの胸の中には、切なさとやわらかな温かさが同時に広がった。


 母と過ごした懐かしい記憶。ちいさな家の中で、幼い頃には祖父母もいて、母はリナのたった一人の親であり、祖父母にとっては可愛い娘とその孫だった。母はいつも幸せそうで、目の前のことを大切にしていた。時には喧嘩もしたけれど、あたたかみがあって幸せな家庭だった。

 ――そして十四歳で引き取られた新しい家。実の父や異母兄と過ごす『新しい家族』はつらかった。


(もう、つらい思いはしたくない)


 幸せな家がほしい。

 だから、リナはここへ来たのだ。

 自分が幸せになって、エドガルドも日常を取り戻して、好きなところへ出かけ、好きな人と幸せになってもらうために。――リナと彼が他人同士でも、それぞれ幸せに生きていきたいから。


「私がいて、夫がいて、子どもがいて――もしかしたら結果的には叶わないかもしれないけれど、でも、頑張ってみたいの。見込みのない初恋だけを抱えて、学生時代の思い出だけを支えにして、一生を終えることはできないの」


 執着の一つ。どうしても、今の父とは違う、自分の新しい家族がほしい。

 自分が人生を終えるその時まで、誰かと一緒に生きていきたい。


「同じ家で暮らして、温かい食事を一緒に摂って、庭の花が咲いたら手を引いて見に行って――寝る前に顔を見ておやすみって言えるような、そんな人たちがどうしても欲しいの」


 ――だから、私は初恋を終わらせに来たのよ、と。

 自分の願いを口にするのは心細かった。

 リナは、ぎゅっと胸に手を当てる。


「……ごめんなさい、エドに一途な人間じゃなくて。幻滅したわよね」


 そっと見上げれば、ラミラは静かに首を横に振った。


「幻滅だなんてまさか……というか、いくら自分の主人が初恋相手だからって、そこまで初恋を抱いて殉死してほしいなんて思いもしませんよ。――でも、そうですか」


 そこで言葉を切って、ラミラはリナの顔をしげしげと見つめた。


「リナミリヤ様は、きちんとご自分の欲しいものをわかっていらっしゃるんですね。そのために、ここまで自分でいらっしゃったんですね。初恋を終わらせるためのキス、そして家族。きちんと順番に取りにいくんですね。とてもご立派です」


 まるでリナが本当に立派かのように褒めてくれるので、リナは首をすくめて笑ってみせた。


「まあ最初は自分が何が欲しいのかわかってなかったから、花婿を弾いちゃって『どうして!?』ってなってたんだけどね」


 防御魔法が解除できないのではなく、『好きな人ではないから』だと気づいたのは離婚してから半年も後だった。元夫には何度も『魔法が暴走しているせいで、あなたを弾いてしまってごめんなさい』と謝り、元夫も『仕方ないよ』と言ってくれていたが、共に困窮しながら暮らしていた。もっと早くに気づいていれば、そんなことにはならなかっただろう。


「……まあ、そういうわけで、三ヶ月以内に絶対キスして帰るから、それまでよろしくね、ラミラ」

「ご健闘を祈っております」


 ラミラは深々と頭を下げた。


 さて、エドガルドにまた近づいてもらうためにも耐魔布の黒いドレスを着よう、とラミラと五着のドレスを眺めて選び始めた。

 この世でたった五着の、ただリナがここで過ごすためだけに作られたドレスだ。

 学生時代、彼と私服で会ったことはなかったが、どれも彼がリナの好みを気にかけてくれたのだろうとわかる品々だった。


 どれを着ようかと見ているだけで、心臓がどきどきと高鳴って息苦しい。


(あれ?)


 なにやら胸の圧迫感が、尋常ではないような気がしてきた。

 冷静になって、じっと自分の体調を確かめてみる。まるで全力疾走の直後のように、ばくばくと心臓がやたら存在を主張しているではないか。そのせいで息のしづらさと、重い頭痛も感じ始めた。

 先ほどからの胸の苦しさは、もしかして、恋話のせいではないのでは。


 ――先ほど、彼の前で一瞬でも防御魔法が解けてしまったせいなのでは。


「あの、ラミラ、一応訊くんだけど、遅効性の毒の場合、どれくらい後から効いてくるものかしら?」

「……!」


 ラミラが驚愕で目を見開く。


「なんだか、胸が苦しくて……」とリナが言い終わる前に、「今すぐ解毒薬を!」とラミラは動き始める。ベッド脇の机から薬瓶をいくつも取り出し、意図をもって素早く並べ始めた。ガスマスク同様に各部屋に常備されているものだ。


「取り急ぎこれを――細かい調合は閣下を呼ばないと――」

「え、待ってエドには言わないで! もし毒魔法に負けたってバレたら今度こそ追い出されちゃう!」

「言ってる場合ですか!?」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎながら口に薬液を流し込まれた。

 直後、リナは気絶した。


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