15_帰り際
(会議ってこんな感じで良かったのかしら……)
やはり部外者のリナがいては五大選定公らしい大事な話し合いはできないようだ。これでは結局『彼を問題なく選定公の会議に出席させる』という問題の解決にはならないし、彼に選定公の席から退いてほしいと思っている他の貴族を黙らせることにはならないのだ。
さて帰ろうかとエドに促された時、四十代くらいの男性が近づいてきた。リナは緊張で体が強張る。『光の公爵家』の当主だ。――元夫の父である。
「あの、その節は多大なご迷惑を……」
リナが謝ろうとすると、「構わない」と男性は言う。それから隣に立つエドを見て「結婚おめでとう」と言った。
「いえ、期間限定の実験のための婚姻ですから」
「聞いている。三ヶ月だけの、しかも魔法の不調の解明のためだろう?」
それからリナを見て、静かに言った。
「貴女が防御魔法を制御できるようになれば、また息子との再縁も考えてくれるかね?」
「はい、それはぜひとも――」
願ってもない最良の縁談だ。リナが即答すると、びりっと魔法壁に異変が起きたのを感じた。
「!?」
一瞬、彼の毒魔法が強烈に膨れ上がり、リナの魔法が内側から負けかけたのだ。
(なんで!?)
思わず彼の顔を見ると、はっとした顔で彼がリナを見る。
「――すまない、魔力が乱れた。大丈夫か?」
「うん……壁がどうなっても私にダメージは伝わらないから平気だけど……どうしたの? 具合が悪いの?」
そっと小声で訊くと彼が困惑したように目を瞬かせる。
魔法の乱れは、体調や精神に左右されることが多い。
「いや……」
彼が言いにくそうに目を逸らした。
「申し訳ありません、夫の体調がすぐれないようですので、失礼いたします」
リナは彼を連れてすぐに退出した。
◇◇◇
「大丈夫? どこかに座って休む?」
廊下をゆっくり歩いてお茶会の会場から離れつつ、リナがついつい心配して何度も彼に訊ねると、
「……これでは立場が逆だな」
と呆れ顔で言われた。
初日にリナの手を握れたことを魔法の不調だと誤解した彼に、やたら「大丈夫か!?」と訊かれ、そのたびに「平気だから! 心配しすぎよ!」と否定していたのを揶揄しているのだろう。
「だって心配なんだもの」
「体調が悪いわけじゃない」
「それなら良いんだけど……」
ゆっくりと外廊下を歩いて、別の中庭に出た。こじんまりした庭にベンチが置かれている。
そこへ座って、隣に腰かけた彼を見た。太陽の光をぽかぽかと浴びていて、顔色も悪くなさそうだ。
「……ふふ」
「なんだ?」
思わず微笑むと、彼が不思議そうにする。
「良かった。あなたがお日様の下で、普通に過ごせていて。他の公爵様たちとも仲が良さそうで」
「……妙な心配をするんだな」
彼は目を伏せる。
「だって、あなたはずっと他人を毒で傷つけないように人を避け続けるんじゃないかって、このまま誰とも関わらずに生きていくつもりなんじゃないかって思っていたんだもの。心配にもなるし……少しは日を浴びたほうがいいわ」
彼は首をすくめてみせる。
「日光なら自分の屋敷の庭でも浴びれているぞ」
「それもそうね。でもたまには違う庭もいいんじゃない? 私もいるんだし――さっきのはびっくりしたけれど……大丈夫よ。一瞬あなたの魔力の方が上回りかけたけど、周りには毒は漏れていないわ。ちゃんと修行するから。絶対に守り切るから。街でも、どこへでも、行きましょう」
静かにリナが語りかけると、彼はリナを見るのをやめて、空をぼんやりと仰いだ。
「……先ほどのは何だったんだろうな。……まあ、互いにいつでも魔力の出力が完全に一定というわけにはいかない。体調や感情で揺らぐことはある。……S級同士、何かのタイミングで俺が上回ることもあるだろう。君は十分にやってくれている。これ以上、修行だの頑張るだの言うな。君は頑張りすぎるところがあるからな」
それは心配してくれているのだとわかったが、リナとしては聞き逃せない。
「……私の方が、タイミングによっては劣りかねないって言うの? 対等よ。私は天才よ?」
「……そこに食いつくのか」
〝――――君と俺が、釣り合うわけがないだろう〟
あの日の言葉。
身分は違っても、魔法では彼に負けないように頑張ってきたのに。
「ゆ、油断してただけなんだから! 本気出せば負けないわよ!」
「別に勝負はしていない。慌てなくていい」
焦った口調になるリナに、彼が冷静に首を横に振る。
「私だって白黒つけたいわけじゃないわよ! 今日みたいにあなたが心配せずに出かけられる手段はあるってこと! あなたがいかに史上最強のS級毒魔法士だろうと、対抗できる人間はここにちゃんといるんですからね! 勝手に孤独がらないで、安心してありのままに生きるのよ! S級の天才同士、いつだって手を貸すんだから!」
むきになるリナに彼は苦笑し――そして、
「……君は変わらないな」
まるで昔を懐かしむように微笑んだ。
「あ……」
リナが思わず彼に見惚れると、すぐに彼は顔を逸らす。
「いや、今のは――」
「昔って、学園の――学園で一緒に過ごした時のことよね?」
嬉しくて身を乗り出すと、彼が否定する。
「すまない、俺から口走っておいて申し訳ないが、昔のことは話したくない。……胸が痛むんだ。また先ほどのように魔力を乱しかねない」
「え、そんなに苦手なことなの? 学園時代を思い出すだけで心が乱れるなんて――まあ私も教室や屋敷で令嬢のふりに失敗していた初めの頃を思い出すと、心が『う゛っ』ってなるけれど」
「……まあ、そういう感じだ」
「これと同じなの!? ひどいじゃない! そんなに私との思い出が恥ずかしいって言うの!?」
「……そうだな、そういうことにしておいてくれ。未熟だった自分を思い出すとつらいんだ」
「く……っ」
リナからすれば大切に真綿で包んで一生大切にしておきたい思い出だというのに――最後の日だけは思い出すと胸が痛いが。
(あの頃のことを、わかちあえないなんて!)
やっぱり片思いはつらいなぁ、と改めて思うリナであった。




