表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/58

13_馬車の中


 新婚三日目の朝になった。

 今日は城で行われる選定公会議――もとい、ガーデンパーティに出席する予定だ。


 名目は会議なのだが、ここ三年ほど出席できていないエドガルドのために、去年から中庭でやっているらしい。閉鎖的な場所でなければ、調子がいい時ならば来れるかもしれない、と思ってのことだろう。


 五大選定公だけが呼ばれる限定的なお茶会だ。


 リナは昼間の庭園に合うよう、淡い水色のデイドレスと、頭には小さな帽子のような、リボン豊かなファシネーターを添えた。式典に着ていくような格調高い正装だ。


(でも、部外者の私が――期間限定の妻なんかが、いきなり出席してもいいのかしら……)


 リナは近くにいないと、彼をコーティングする魔法を維持できないのでそばを離れられないだけだ。言うなれば、今日のリナは眼鏡や杖みたいに、彼の補助道具として出席する。


 それでも本来なら遠慮すべきほど、家柄に差がある。しかしあの父が「どうせ嫁ぐのならば利益がほしい」とこのお茶会に間に合わせて婚姻のスケジュールを進めたのも容易に想像できる――打算ありきの婚姻に申し訳ない気持ちになりながら、仕度をして玄関ホールに向かえば、同じく正装をした彼が立っている。


「今日はよろしく頼む」

「こ、こちらこそ」


 正装の彼は、今日も最高級の耐魔布を身に纏うために黒一色の服装だったが、その施された意匠は彼の気品を最大限引き出しており――どこからどう見ても、威厳ある美しい公爵だった。


 リナはそっと彼に両手をかざして、防御魔法をかけた。コーティングされた彼は、これで外部に毒を広めてしまうこともない。


「よし、これで大丈夫よ」

「すまないな。……では、行くか」


 彼と向かい合わせで馬車に座る。

 走り出した馬車の中で、対面に座る彼をリナはこっそりと盗み見た。


(こんなに近くで正面にずっといるのは初めてだわ……)


 どきどきと緊張してしまい、ついつい俯いていると、


「どうした? 具合が悪いのなら――」

「平気だから!」


 彼に怪訝そうにされて、慌てて顔を上げる。


「あなたこそ大丈夫? 何か気になるようだったらすぐに言って」

「ああ、問題ない。君のおかげで安心して出かけられる」


 そう褒めてもらえるのは嬉しいが、リナが近くにいないと魔法壁を維持できない上に、人に触れられたり、良くも悪くも他の魔法を受けることはできない。S級の防御魔法はとにかく一番強く、すべて弾き続けるので――リナが元夫を拒み続けた『鉄壁』と同じなので――誰ともダンスも握手もできないのだが――


(ま、まあ、今日は庭でのガーデンパーティだし、誰かと触れ合わなきゃいけないこともないでしょう!)


 まるで他人との握手一つ許さない束縛系の恐妻っぽくて申し訳ないが、今日は夫婦としての出席だし、五大選定公だけの庭園での集まりならダンスもない。ずっとそばにいて魔法を維持できるだろう。


(うん、これでエドは無事に選定公として出席もできるし、ごちゃごちゃ言ってくる人も減るでしょう。早速役に立てて良かったわ)


 そうでないとリナは無理やり押しかけて妻を名乗るタダ飯食らいという不審人物になって三ヶ月滞在することになってしまうところだった。


 にこにこと満足気に座っているリナを、彼は静かに見つめてきた。

 かと思えば、窓に目を向ける。なにかを見ているというわけでもなく、車輪のカラカラと回る音をぼんやりと聞いているような様子だった。


 リナもなんとなく窓に目を向ける。煉瓦で舗装された王都の道。にぎやかな人の往来と、カラフルな屋根の店たちが視界を過ぎていく。


 そういえば学園時代、二人で出かけてみたかったのに結局叶わなかったのを思い出した。


「ねえ、覚えてる? 学園にいた時――」

「……昔の話はやめてくれ」


 話を振ろうとすれば、すぐに断られてしまった。


 しゅんとすると、彼が気まずそうな顔をして、

「過去ではなく……俺の知らない君の話を聞かせてくれないか。隣国での二年はどうだった?」

 と静かな声で訊く。


「……!」


 彼が訊いてくれたのが嬉しくて、リナは弾むように話した。

 二年間、同い年の王女殿下が友好のために、ちょっと気まずい隣国へ交換留学に挑む際、護衛として採用されて、共に隣国に行ったこと。王女が聡明で、リナを信頼してくれたこと。社交界での知恵と勇気を授けてくれたこと。そして王女が隣国の王子の一人と恋に落ち、婚約を結ぶまでの経緯。


(それに――)


 帰国後も王女はリナを気にかけてくれて、光の公爵家の婿を魔法で拒み続けてしまう苦しみにも寄り添ってくれた。良い魔法書や、王家に伝わるような秘儀は無いかと相談したところ、初恋の未練を見抜いたのも王女殿下だった。


「だったら本当に好きな人とキスをしてみたら何か変わるんじゃないかしら」


 そう王女殿下は言い、手回しをしてくれて、研究だの最強の盾と矛の対決だの、それっぽい理由で研究機関を焚きつけて――それでこの三ヶ月だけの結婚が実現したのだ。


(本当に感謝しております王女殿下……!)


 もうじき隣国に輿入れが内定している王女殿下に、良い報告ができるように頑張ろう、とリナは改めて決意した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ