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11_【初恋回想③】プロム


 リナはもうすぐ学園を去らなければならない。しかも王女の留学についていくならば、二年はこの国に戻らない。

 せめてどうにか、数日おきでも良いから、彼が卒業するまでの三ヶ月、たまにでいいからこの学園に通えないだろうか、と思っているが、父に言えるわけもない。好きな人に会いたいから、なんて理由を言えば、父と兄にむしろ邪魔されるに違いない。


 そして二年も隣国に行っている間に、彼は二十歳になってしまう。きっと結婚しているだろう。

 彼が侯爵令嬢のリナより高貴な出自であろうことは、漂う気品からしてなんとなく気づいていた。

 リナは庶子だ。母方も二代遡れば田舎の男爵家に血縁があると言えなくもないが――そのせいで侯爵である父のお手付きになったのだが――およそ胸を張って貴族と言えるような立場にない。


 きっと結婚はできない。でも、せめて学生時代の思い出が欲しい。


 彼の卒業について考えていると、卒業パーティーとして夜にダンスをするプロムナードというイベントがあると知った。

 卒業生がパートナーを誘って、学園内のダンスホールでおこなわれる夜会に参加するのだ。誘う相手は同学年じゃなくてもいい。

 つまり彼が誘ってくれれば、下級生のリナも同伴者として彼と踊れるのだ。


(……誘ってくれないかな……無理だよね)


 話し相手として打ちとけてはいるものの、女性として見られているとは思えない。向こうからすれば野良猫や子どもを構っているようなものだろう。それか、よくて友人だ。


 でも乙女心としては、一度でいいから、思い出がほしい。

 彼の手を握って踊ってみたい。

 彼の着飾った姿を見て、リナのドレス姿も彼に見てほしい。

 そう願うのは傲慢なのだろうか。


(……そういえば、フルネームも知らないままはまずいわよね)


 温室の管理人さんが彼を「エド様」と呼んでいたので下の名前だけは偶然知ったが、彼から名乗ってもらってはいないし、リナだって最初に会った日には古い名前である「リナ・アンベル」と名乗ってしまっていて、本当は今は「リナミリヤ・カレスティア」という名前だと伝えていない。

 このまま疎遠になってしまえば、友人として手紙を送り合うこともできないのだ。


(と、とりあえず、隣国に行ったあとも手紙が届くように、私から名乗って、彼の名前も教えてもらわないと……ああでも嫌われたらどうしよう……プロムに誘ってもらえたらにしようかしら……)


 プロムの誘いは卒業三ヶ月前から解禁されるらしい。いつでも誘っていいことにすると、学業がおろそかになったり、人気の令嬢は毎日誘われてうんざりしたりするから、とのことだ。なのでこの学園のルールとして「誘うのはプロムの三ヶ月前から」としっかり定められているらしい。


 面白いルールだなぁ、と思いつつ、エドにそれとなく「あの、プロムって……エドも出るの?」とちょっと前に訊いてみたところ、彼は目を丸くしていた。人を避けて裏庭や温室にいる人なので、もしかしたらそういうことには疎いかもしれないので、なるべくぎりぎりまで待とうと思った。……もしかしたら父のせいで終業式の日までリナは学園にいられないかもしれないが。


(なんとか、最後の日まで諦めないわよ!)


 さすがに下級生のリナが「あなたの卒業パーティーの同伴者にさせて」と恋人でもないのに言うのはおこがましすぎるので、完全に待つ態勢に入っていた。


 そんなプロム三ヶ月前の、解禁初日――教室に入ると、令嬢たちが楽しげにきゃあきゃあと何かの話で盛り上がっていた。目が合うと、優しい令嬢たちは、あまりクラスに馴染んでいないリナにも話しかけてくれる。


「リナミリヤ様、おはようございます! 聞きまして? 隣のクラスのカタリナ嬢のお屋敷に、朝一番に馬車が訪れて――プロムナードのパートナーに申し込まれたんですって!」

「え、すごい」


 二年生の令嬢を朝一番に誘いに来る令息がいるとは。気合いの入った人もいるんだなぁ、と感動した。とても羨ましい。

 リナが素直に目を輝かせるので、令嬢たちは嬉しそうにする。


「しかもその殿方、どなただと思います?」

「どなたなの?」

「なんと、あの『猛毒公爵様』なんですわ!」


(……誰?)


 きょとんとリナが固まったので、「あっ、ごめんなさい、俗名なんてはしたなかったですわね……ほら、あの、五大選定公の一席を代々拝命している、イラディエル公爵家ですわ」と令嬢が説明を足してくれる。


「い、いらでぃえる公爵家……」


(まずい、政治用語がわからないのはまずい)


「あー、あの五大選定公の、あの、建国以来の、とてもえらい、おうちの」

「ええ、そうですわ」


 うちの異母兄なら「その顔、本当にわかっているのか? ちょっと説明してみろ」と追い打ちをかけてくるところだが、リナのような編入者にも分け隔てない本物の清らかなご令嬢たちは、疑ったり追及したりせず、恋話の仲間に入れてくれる。


「五大選定公のご令息に愛されるなんて、すごいことですわよねぇ」

「ええ、本当に……」


 一応、五大選定公については知っている。令嬢としての教育ではなく平民としてのレベルの知識だが、王様の次に偉い存在のはずだ。王様といえど、この五人が賛成しない法案や施策は通せない。そして選定公というのは何よりも、次期国王となる王太子を選ぶ特別な存在のはずだ。だから『選定公』と呼ばれている。

 絵本では話が盛られまくって、建国時に貢献した名家の一つは『竜殺し担当』とかいう、代々毒を使う家だと書いてあった気がする。本当に大昔に竜がいたかは定かではないが、リナはその絵本が好きだった。しかし、貴族の間では猛毒公爵なんて呼ばれているとは――意外とお嬢様たちも俗っぽいというか、むしろ近しいからなのか、容赦のない呼び方だなぁ、とリナは思った。


(……絵本の中では、竜殺し担当の公爵様って英雄扱いじゃなかったっけ?)


 それに、エドとは色んな絵本の話で意気投合したこともあるが、ちいさい頃から好きなその絵本の話になったとき、彼は最初困ったような顔をしたが、「竜に立ち向かうのってすごいわよね!」とリナが興奮すると、植物好きとしてなのか、かなり詳しく解説してくれた。しかしその時も彼も『猛毒公爵』という言葉は使わなかった。なので今日までリナはそのような呼び名を知らなかったのだ。


(うちの最高学年に、そんな偉い家のご令息がいたんだ。すごいな……)


 リナが惚けていると、ご令嬢たちはさらに情報を足してくれる。


「隣のクラスのご令嬢が選定公様に見染められるなんて……しかも一度も話したことがないんですって。ですから皆、寝耳に水で……」

「予想外の年の差ビッグカップル誕生って感じなのですわね」


 リナはなるべく令嬢っぽく話しに混ざったが、令嬢たちは急に少し気まずげな顔をした。


「でも断ったんですって。玉の輿ですのに、もったいない」

「え?」

 リナがきょとんとすると、別の令嬢が「でも仕方ありませんわ」と声を潜める。


「普通だったら伯爵家のご令嬢が公爵家のご令息となんて、大変名誉なことですけれど……でもあの猛毒公爵家となら……ねえ?」


 よくわからないが、格上すぎる公爵令息から話したこともないのにプロムに誘われて、しかも断った伯爵令嬢が隣のクラスにいるらしい。それは朝から令嬢たちも盛り上がるわけだ。


「よほどカタリナ嬢に惚れ込んでいらしたのでしょうね」

「ねえ、すごいですわよねぇ」

「断るだなんて本当にもったいないですわ……まあ、たしかに猛毒公爵様は本当に怖いですけれど」


(怖い人なんだ……)


 よくわからないが、ちょっとどんな人なのか見てみたくなった。


(……いやでもそれどころじゃない。私だって時間ないんだから)


 彼に会える昼休みが待ち遠しかった。


「……でもやっぱり、本気の恋だと初日の、しかも朝一番に申し込むものなんでしょうね」


 リナがぽつりと呟けば、「きゃあ」と令嬢たちは頬を染める。


「それはもちろん、他の殿方に取られたくないという情熱の現れですわよね。羨ましいですわ。わたくしたちも三年後には――」

「あら、まるで同学年に気になる殿方がいらっしゃるみたいね?」

「きゃあ」


 令嬢たちはその後も楽しげにしていた。

 この国では幼少から許嫁がいるのは王族くらいで、あとは年頃になってからそのときの力関係や能力で決まることが多い。恋愛結婚も次第に増えている傾向にある。


 その後も、授業の合間に令嬢だけでなく令息たちも、「あの猛毒公爵が、話したこともない二年生の伯爵令嬢に朝一番に屋敷を訪ねて振られた」という噂でもちきりだった。


(ここまで失恋をおおっぴらに噂されると可哀想ね、猛毒公爵家のご令息様……顔も知らないけど)


 最高学年の五年生。エドの学友だったりするのだろうか。



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