第1話 出会い
「好きです。付き合って欲しい」
大好きな先輩からそう言われた。
友達として大好きな先輩から......
なんでいつもこうなるんだろう。
先輩とはずっと友人で居たかった。その気持ちは先輩も一緒だと思っていた。
大切だと思っていた友達は簡単にいなくなった。
東京でも雪が降り始める季節、私は友達を失った。失恋ならず失友だ。
先輩と出会ったのは今から二年前、今日と同じ雪が降り始める季節に私は初めて先輩と出会った。
当時、高校三年生の私は一月に私立大学の合格が決まり二月から今までお世話になっていた塾で働くことにした。まだ、高校生の私が生徒に教えることができるかとても不安だったけど、六年間もお世話になった塾の先生から背中を押されたこともあり挑戦してみた。
塾としては大学生になったら集団の講師をして欲しいみたいで、高校を卒業するまでの間は個別の授業で教えることになった。
初めての授業は緊張した。見慣れているはずの教室も教わる側ではなく、教える側で椅子に座るとでは訳が違った。塾の講師は教えるだけでなく意外と事務作業が多かった。いつも先生から貰っていた進度確認のプリントも書く立場になれば難しかった。
生徒に授業を教えながら進度報告の紙も書き、時間通りに授業を終える。実際、教える側になって初めて講師の大変さを知った。きっと世の中には、する側になって初めて知る大変さに溢れているのだろう。私はまた一つ、賢くなった。
そんな初めての授業をした日に私は先輩と出会った。授業が始める前、何を準備をすればいいかあたふたしてるときに声をかけてくれた。
「指導報告書は、ここで、生徒たちのファイルはここにあるよ。他に分からないことある?」
先輩は私がちょうど探しているものがどこにあるか教えてくれた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。他に分からないことあったら遠慮なく聞いてね。初授業だよね?ファイト」
先輩はジェスチャー付きで応援してくれた。
そのあと先輩は他の塾講師の人にも声をかけていた。困ってそうな人だったら誰にでも手助けをしたり、授業時間外でも生徒から質問があれば親身になって勉強を教えていた。絵に描いたような優しい人だった。それが先輩の第一印象だった。
緊張した初授業もやってみればそつなくできた。二回目の授業は、もう完璧にできた。授業を重ねていくうちに私は大学生になり、塾の集団授業の講師へ移動した。
個別と集団は同じ建物内で教えはすれど、個別と時間割が微妙に違うため、唯一話しかけてくれた先輩との接点はなくなった。
人見知りの私は、塾のバイトを一年間続けても仲がいい人はできていなかった。正直最初の頃から諦めていた。大学ではたくさん友達ができたし、他の掛け持ちしているバイト先でも友達ができた。だから、塾は生徒に教えに行くための場と割り切って考えていた。生徒たちの成長と自分のスキルが上がっていくのはやりがいはあったけど、楽しさはなかった。
そんな環境が一気に変わったのは大学二年生の春が近づいた時だった。
【とりあえず前期までは大学への立ち入りを禁止します】
【大学から許可が出るまでサークル活動はなしです】
【緊急事態宣言によりお店を締めます。また開店の目途がたった時、連絡します】
未知のウイルスのパンデミックがあった。その影響で全国に緊急事態宣言が発動され、不要不急の外出は禁止になった。大学の授業はすべてリモートになり、サークル活動も禁止。掛け持ちしていた飲食店もしばらくお休みすることとなり、人との関わりがなくなった。
【緊急事態宣言に伴い、塾の体制が変わりますので一度教室に来てください】
塾からの連絡だった。この時少しだけ、塾は変わらずバイトがあるのだと期待した。けれど、そんなことはなかった。集団の授業は個別と違い、映像授業でも代用できるのではないかと話が出た。
もちろん私の授業を録画するわけでもなく、優秀な講師の映像授業で代替された。
大学もサークルも塾もない。ほとんどを家で過ごした。
どちらかというとインドアな私にとっては最高の期間だった。けど、最高と思ったのは、最初の二週間くらいだけだった。たまに煩わしいと思っていた人付き合いもないと身体に毒らしい。
少しでも気を紛らわすために、友達と電話やサークルの人たちとリモート飲み会などした。
緊急事態宣言は半年すれば規制は緩くなっていった。それに合わせ塾も対面での授業に戻すようになった。これでいつもの日常に戻るかと思ったが、規制は緩くなれど、大学に行くのは禁止で飲食店は時短営業であった。
どうせなら塾じゃなくて、大学か飲食店が対面になればよかったなと思った。けど、そんな考えも先輩のおかげで変わった。
久しぶりに行った塾はいつもと変わらない様子だった。変わったことがあるなら教室の換気の為に授業と授業の間の休憩が十五分に伸びたことだ。塾で話す人がいない私には余計な休憩時間だった。
「あれ、なんか久しぶりだね。元気にしてた?」
休憩時間に先輩が話しかけられた。
「お久しぶりですね」
すこしぎこちなく答えてしまう。
先輩はそんなこと気にせず、大学のこととか家でどう過ごしてたのかとか話を広げてくれた。
久しぶりに話す先輩はやっぱり話しやすかった。緊張もしないし。
いつの間にか趣味の話になった時、あまり人に言わない趣味まで先輩に話していた。
「私、お笑い芸人のラジオとかよく聞くんですよ」
「ほんとに!?僕もラジオめっちゃ聞くねん」
先輩が嬉しそうに答えた。まさかの趣味が一緒だった。
それからオススメのラジオを勧めたり、好きな芸人の話をしたり、休憩時間ぎりぎりまで先輩と話した。
この日のうちに先輩は私がオススメをしたラジオを聞いてくれたらしく、感想の連絡が来た。この連絡をきっかけに私たちはよく連絡を取り合うようになった。
「後輩の好きな芸人、来月に劇場出るらしいよ。行かない?」
先輩からお誘いがあった。私の大好きな芸人だったので二つ返事で了承した。
来月推しに会う日に向け私は、美容院やネイルなど自分を整えに行った。最高の状態で推しに会いたいからだ。
劇場に行く日、私は目一杯おしゃれをして出かけた。
「今日すっごく可愛いね。推しの為?」
先輩はよく人のことを分かってる。
「いいえ、先輩とのデートだと思って」
「嘘ばっかり」
先輩と軽口を叩き合うのは好きだ。
先輩と集合してから劇場に向かった。二人で出かけるのは初めてだったが、緊張することなく話も途切れなかった。
先輩と漫才を見るのはすごく楽しかった。二人で二時間笑いあった。
漫才を見たあと私たちはご飯を食べに行った。劇場の感想以外にも身近な話をした。
「私人見知りなんですけど、先輩だと全然人見知りしないです。話しやすいです」
「ありがと、けど、後輩こそ話しやすいよ?」
思ったことをそのまま言うと先輩は感謝の言葉を言い、私を褒めてくれた。やっぱりすごく優しい人だ。
この日以降、塾の休憩時間は毎回先輩と話すようになった。人との会話に飢えていた上に先輩はどんなわがままもどんな話も優しい笑みを浮かべて聞いてくれてたのでいっぱい喋った。
この頃から、塾に行く足取りが軽くなっていた。休憩時間が待ち遠しかった。
先輩を経由して他の人とも話すようになった。その中でも仲良くなったのがあかねちゃんだ。
あかねちゃんは先輩と同い年で塾で先輩と同じく個別塾のチーフをしていた。あかねちゃんは私とは正反対で何にでも正直にずばずば言い、ザ・かっこいい女性だった。
先輩とは休憩時間だけ話すには物足りず、塾終わりにも、時短営業のお店が閉店するまで話すようになった。時間が合えば、あかねちゃんもカフェで一緒に話した。けれど、そこだけでも話したりず、よく電話もかけるようになった。
こんなに友達とよく話すことはあんまりなかった。高校でも大学でも友達と一緒にいたら楽しかったけど、どこか気疲れしちゃうこともあった。けど、先輩とあかねちゃんと一緒にいるのは今までに感じたことないくらい居心地が良かった。
いつものように三人で電話してる時、ふとこのメンバーで遊びたいと思った。
「おっ、いいじゃん。何して遊ぶ?」
あかねちゃんが二つ返事で了承してくれた。
「うーん。別にいいけど三人で?」
先輩も了承してくれるがどこか渋っているようだった。
「先輩は私たちと遊びたくないんですか?」
「遊びたいけど、遊ぶなら四人がええな。僕、女の子二人、男の子一人とかで遊ぶ人嫌いやねん」
先輩には謎理屈があった。街中でも女二男一を見るとあいつら何の集まりやねんって思うから嫌らしい。変な人だ。
「せやから、僕の方で一人呼んでもいい?」
私は三人の方が良かったけど、わがままな先輩に譲ってあげた。ほら、私大人だし。いつも先輩にはわがまま聞いて貰ってるから譲歩しよう。
けれど、その時正直に三人がいいですって伝えたらよかった。そうしたら私たち三人の仲も崩れなかったかもしれない。
結局、私たちが遊ぶ場所はボードゲームカフェという所になった。先輩の提案だ。
なんでもオセロや人生ゲーム意外にも様々なボードゲームがあるらしく、ハマる人はハマるらしい。
こうして私たちは、ボドゲカフェで遊ぶこととなった。
遊ぶ当日、先輩が一人知らない人を連れてくる為、一応おしゃれをして家を出た。普段、髪を巻かないけどこの日は巻きたい気分だった。
ボドゲカフェは十五時集合だったので私とあかねちゃんはお昼過ぎに集まってショッピングをした。あかねちゃんは面白いものが好きらしく、お寿司の指輪のガチャガチャや卓上呼び出しボタンのガチャガチャを見て回ってた。あとは、女の子らしく化粧品を見て回ってあかねちゃんのオススメも教えてもらった。
そう言う風に過ごしていると集合時間になっていた。
待ち合わせ場所に着いたら既に先輩たちがいた。
「ごめんなさい、待ちましたか」
「いいや、全然待ってないよ」
「なら良かったです」
「今日髪巻いてるの?可愛いね」
「はいはい、ありがとうございます」
何気ない会話をして先輩の隣に視線を移すと見たことある人がいた。先輩が誘ったもう一人の男の人は個別塾の講師だった。名前は川崎隆司と言うらしい。今日ちゃんとおしゃれして来て良かったなと思った。
それから四人でお店に入った。私は、川崎さんの隣になった。やっぱり初めましてだとすごく緊張した。川崎さんと違って先輩の時はなんで緊張しなかったんだろう。けれど、四人でボードゲームしているうちに少しは緊張は溶けた。けど、少しだけ。緊張を誤魔化すかのように私は川崎さんの肩を叩いたりしていた。
緊張しながらだったけど、ボドゲカフェはまた来たいと思えるほど、楽しかった。
お店をでると外は少し暗くなっていた。この後どうするか、話しているとあかねちゃんは彼氏と夜ご飯の予定があるといいだした。
――正直ほんとに!?って思った。ってか予定入れるなよとさえ思った。
残された三人はそのまま解散するのもあれだった為、ご飯に行くことになった。
三人のご飯は気まずかった。先輩が私たち二人によく話題を振ってくれたが、私は緊張して喋れないし、川崎さんは川崎さんで人見知りであまり話してなかった。そこは同じだなって思った。
先輩が話を振ってくれてるうちに井上さんと私に同じ趣味があることが分かった。共通な話題があるのは嬉しかった。私は、その話題についてたくさん喋った。
帰る頃には、人見知りしない程度に川崎さんと話せるようになっていた。嬉しかった。
帰りは、私だけ家が逆方向だった為、川崎さんと先輩に見送られ帰った。
電車で今日のことを振り返ってみるとなんか不安になってきた。
ーー私、人見知りすぎて変じゃなかったのかな。
家に着いてから先輩に電話をかけた。
「今日の私変じゃなかったですか?」
「変じゃなかったよ。普通に喋ってたし」
「そうですか。なら良かったです。そういえば川崎さんってどんな人なんですか?」
今日少し話しただけではイマイチ人柄が分からなかった川崎さんのことについて色々聞いた。
川崎さんのことを聞いてる間の先輩は少しだけ元気がなかった。あんまり人のことを喋りたくないのかなって思った。なんとなく会話の流れが電話を切る方向に進んでたので前から考えてたことを先輩に提案した。
「そう言えば冬期講習のシフト決めました?合わせましょうよ」
先輩は二つ返事で答えてくれた。これで冬期講習も楽しめると思った。
「冬期講習期間は、バイトが終わったらカフェで話しましょうね」
私はそう言い、電話を切った。
冬休みは毎日のように先輩と話をしていた。しょうもないやり取りやどうでもいい会話をするのが楽しかった。ずっとこのままぬるま湯に浸かっていたかった。けれど、先輩はもう春には東京からいなくなる。そのことが頭をよぎる時はすごく寂しくなってしまう。
カフェで話したばかりなのに、その寂しさを紛らわすため、先輩に電話をかけた。
「もしもし、どうしたの?暇でも潰しにきた?」
いつもの優しい声だ。
「そうです。暇つぶしです」
「めっちゃ正直に言うやん。嘘でも声が聞きたかったですって言えよ」
あたらずも遠からずですよ。先輩。
「私、可愛くないんでそんなこと言えません―」
「いや、後輩は可愛いよ」
「はいはい、ありがとうございます」
やっぱりずっとずっとこのぬるーいお湯に使っていたいと思った。
それから色んな話を先輩に話して、眠たくなったら電話を切った。
「先輩眠たくなったので電話切りますね」
「はいよ。おやすみ」
「お休みさなさい」
先輩がいなくなっちゃうまであと三ヶ月くらいしかない。けれど、今年のお正月、先輩は地元に帰ってしまった。――どうせ三ヶ月後に帰るんなら今帰らなくてもいいじゃん。って思った。
年末年始は、先輩は地元を堪能してるだろうから私は毎日のようにかけていた電話も流石に自重していた。しかし、一日一日と経っていくごとに寂しさが大きくなっていったので一週間と我慢できず、先輩に電話した。
「もしもし」
久しぶりの先輩の声だ。
「いつこっちに帰って来るんですか?」
「なに寂しいの?」
いつもだったら暇をつぶす相手がいないんですとかって言って誤魔化すけど正直な気持ちで言った。
「寂しいです。早く帰ってきてください」
「帰るの二月かな」
「それじゃあ遅いです」
「冬期講習の予定合わせる時わかってたでしょ」
「そりゃそうですけど……」
いつまでも落ち込んでてもしょうがないと思い、私は気持ちを切り替え、先輩に最近あったことを色々話した。
「先輩と話していると時間があっという間に過ぎますね。もうこんな時間なのでおやすみしましょ」
「そうだね。おやすみ」
「はい、おやすみさなさーい」
いつもはここで電話を切っていたけど切るのが名残惜しかった。だから、先輩から電話を切るのを待った。
けれど、先輩はやっぱり電話を切らない。
「なんでまだ切ってないんですか」
「そっちこそ切ってないじゃん」
なんかカップルみたいなやり取りで気恥ずかしかった。
「そう言えば、先輩から電話切ることないですよね」
「自分から電話は切らない主義なの」
「なんですかそれ」
「切られる側って寂しいじゃん」
先輩らしいなぁって思った。どこまでも人に優しくて気恥ずかしいような言葉も正直に言っちゃうのが先輩だった。褒め言葉も最近本心から言ってるんだろうなとも感じた。先輩は嘘がつけない人だから。きっと先輩は誰にでも優しい。
「先輩ってそういうとこありますよね」
「何悪口?」
「そういうのじゃないですよ。今度こそ切りますね。おやすみなさい」
「いい夢見なよ」
そう言われ、私は電話を切った。切られた先輩は寂しいと思ってくれているのだろうか。けど、先輩は電話がかかってきたらきっと誰にでもこういう態度なんだと思う。
いつも見たいな電話だったけど、通話が終わった後はいつもより寂しかった。
そんな時、携帯に連絡が入った。誰からだろうと見ると川崎さんからだった。
川崎さんからはボドゲカフェに行った日からちょくちょく連絡が来ていた。私は、あんまり連絡を返さないタイプなんだけど、私が返信遅い時は川崎さん追い連絡が来たりしていて何か可愛かった。
連絡は、好きな食べ物は?とか好きな芸能人は?とか面白くはない内容だったが、なんだかその不器用さから川崎さんのことが少しだけ気になっていた。
続きます。