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魔王が滅びるとき-花魔法使いの憂鬱-  作者: ねちゃねちゃ酢飯
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2/2

夢追い少年

 民家の上に“穴”が開いた。

 空中に突如開いたその“穴”は漆黒の色をしていてその向こう側には何も見えない。

 異界穴とも呼ばれるこの現象は時に害をもたらしながら、人の生活に寄り添い続けている。


「誰か!!!おパンツ泥棒ヨー!!!」


 こだまする叫び!

 家を出ようとしていた僕の目の前を過ぎ去る覆面の泥棒らしき人。

 何?


 突然の出来事に呆然としていると、少しして息を切らしながらおばさんが走って来た。


「はぁはぁ……全く!」


 おばさんはふっくらした体を引きずりながら肩を上下させ、ちょうど僕の家の前で足を止めた。

 このおばさんは街で錬金術の薬屋を営んでいる人で、風邪を引いたり変な病気にかかった時にはよくお世話になる。


「あれは若い子だわ……随分早いこと。あらタロウちゃん!」


「おばさんこんにちはー」


「今の見たでしょ?下着泥棒なの!おばちゃん許せないんだから!ちょっと手伝ってちょうだいよ」


 どうやらおパンツ泥棒を追っているようだ。


「八百屋の角まで追い込むから、任せて大丈夫かしら」


「う、うん。やってみるよ」


 ちょっとおばさんの気迫に圧倒されている。


「よっしゃ!もうおばちゃん本気出しちゃうわよぉ!」


 おばさんは乱れた服を直すと、深く屈んでスタートダッシュの体制に入った。その体に魔力が満ちて空気が変わった。

 固有魔法を使おうとしているんだ!


 周囲の木々が揺れて、落ち葉は宙を舞った。

 ざわめきが収束し、おばさんの体から覇気が放たれた。


「じゃあよろしくネー」


 さっきの疲労感が嘘のような超スピードで、その場から正に発射された。

 その固有魔法は“疾走”、野生動物や列車でも追いつけないようなとんでもない速さで走ることができる。彼女はこれを活用して、錬金薬の製造と並行して薬の宅配サービスも営んでいる。朝頼んだ薬がその日の午前中には家に届くなんて事もよくある話だ。


 僕は素早く家の上に登って壮絶な追いかけっこを上から観戦した。“この高さは危険だ”といつも言われているけれど、大丈夫。まだ“アレ”はやって来ない。


 街でも有数のチャキチャキおばさんの追跡は執拗を極めた。目をつけられたら最後だ。


 人並外れた俊足で走る泥棒に、常軌を逸した爆速で迫るおばさん。

 泥棒は様子を伺うように一度振り返って、そこでやっと追跡してくるおばさんの存在に気が付いたらしい。目玉が飛び出そうな顔でおばさんを二度見した。


「逃すな!!!女の敵よおおおお!!!」


「きゃあああああああああ!!!」


 目から赤い閃光が出てそうな凄まじいおばさんの剣幕に女の子みたいな悲鳴をあげる泥棒。


 おばさんネットワークによって尋常ならざる速度で街中に情報が伝達されたことにより、街中のおばさん達は既に泥棒の特徴や居場所を正確に把握している。家々からおパンツ泥棒へ向けて次々と、服、皿、水の入ったバケツ、猫、ゴブリンじみた子供等が投げつけられた。


 僕は家の上からじっと狙いを澄ませて、泥棒のいく先に手を構えた。


 泥棒は投げつけられた物体を上手くかわしてはいるが、その足取りにさっきまでの鮮やかさはない。


 ……今だ!!

 狙った場所に一瞬で花が咲いて、それに連なって長いツルが道に伸びた。

 ツルは泥棒の足をうまく引っ掛けて泥棒は見事すっ転んだ。


「うー、よっしゃ!」


 おばさんが迫る。ふくよかなおばさんが天高く舞い上がり、泥棒目掛けて一直線に投下されたのが僕のいる場所からでもよく見えた。


「うわああああg「確保ぉおおお」


 ちょうどおばさんが着陸したタイミングで叫びが途切れた。死んじゃってない……よね?


 すぐさま現場に向かうと、見物人が大勢集まって泥棒を取り囲んでいる。


「よおター坊じゃねえか!」


 大柄で筋骨隆々スキンヘッド。大きな火傷跡がある怖い顔。

 スルカさんという近所のおじさんだ。見た目に反して人がいいけど、お酒に酔っ払うと力加減を無くすので時々危ない。

 

 スルカさんは群衆から一歩踏み出て、泥棒を片手で軽々と掴み上げる。

 泥棒は抵抗を試みるけれど圧倒的な腕力の前に全く歯が立っていない。おばさんから受けたダメージも大きい。


 しかしパンツは速攻で手放したくせに、なかなか顔の覆面を取ろうとしない。いや取れない。


「おいこの服鍵付きじゃねえか」


 スルカさんがいくら覆面を剥ぎ取ろうとしても、手が滑るようになって指がかからない。


「鍵付きって何?」


「何だター坊知らねぇのか?おっちゃんが若い頃によく流行ってたんだぜ!魔法の鍵が付いた服で、鍵を使うか着た本人が脱ごうとしない限り脱げない服なんだ。めんどくせえだろ」


 元々は追い剥ぎ対策で旅人が使い出した物だけどそれがいつからかファッション目的へ、そして今ではこのおパンツ泥棒のような犯罪者が顔を隠すために悪用している。

 

「あ、そうだ。ター坊ちょっと手伝えるか?いつものアレを」


「アレを?……いいよ。多分大丈夫だと思う」


 街の景色を見回して、なんとなく目星を付ける。

 これは固有魔法ではなく、単純に僕の特技だ。

 

 多分あそこだ。あの家の斜め上くらい。

 3、2、1


 真っ黒い穴が開いて、少し間を置いて中から残骸のような物が落ちていった。

 “穴”。異界穴とも呼ばれる。世界中で見られる謎の多い自然現象だ。


 異界に通じていて向こう側の物を持ってきているとも、穴そのものが戦争兵器で終末世界から残骸を持ってきているとも言われているけれど誰も真相を知らない。

 そして僕のようにこの穴の発生を予想できる人がたまーにいるらしい。


 まあそれは置いといて。


「あそこ!」


 僕は指差す。


「ほい来た!!」


 思い切り振りかぶったスルカさんが泥棒を穴に向かって投げ付けた!


「うわあああああ!!」


 スルカさんの巧みなコントロールにより悲鳴をあげながら穴に吸い込まれる泥棒。そのまま向こう側に行ってしまうようにもおもえるけれど反対側からスポッと出てきた。


「あ悪い。顔布だけ取るつもりだったんだよほんとに」


 出てきた泥棒は覆面も着ていた服も全部綺麗に消え去って丸裸に!

 見物人から色んな意味で悲鳴が上がる。


 異界穴は時に物を吸い込み、時に吐き出すけれど絶対に生きた物を中に吸い込まない。人が中に入るとこの泥棒のように服や持ち物だけ綺麗さっぱり吸い込まれて丸裸にされてしまう。


「あらぁ!よっぽど若い子じゃない!!言ってくれればパンツくらいあげたわよぉ!!」


 ちょっと怖い目の色で泥棒に迫るおばさん。


「いりませんいりません!」


 顔や色々を手で隠しながらおばさんを回避する泥棒。

 そのうち善意で布をかけてもらい、くるまってすっかり大人しくなった。


「ありがとうタロウちゃん!おばちゃん助かっちゃったわよぉ!」


「流石だなター坊!」


 人を裸に剥く手伝いをした僕をそんなふうに褒めないで……。

 一度家に帰ろう。


「ただいまー!」


 家に戻るとおじさんが目を丸くして僕を見た。

 

「出かけるって言ってなかった?」


 おじさんは不精した髭面で、ちょっとお腹が出ている。

 僕は事の経緯を説明した。


「へぇ。鍵付きの服は学生時代流行ってたよ。なんでもない服を鍵付きにしちゃって脱げなくなって騒ぎになったり」


 言いながら工房に届いたばかりのごちゃごちゃ積み上がった遺物を選別している。

 おじさんは異界穴から出てきた漂流物を買い取って、修復して、また別の所に売る仕事をしているのだ。


 砂埃まみれになった服を着替えて、僕は再び出かける支度をした。


「行ってきまーす」


「おーい晩御飯までには帰ってこいよー」


 家を出る僕におじさんがのんびりした声をかけてきた。おじさんは僕が普段通り友達と遊びに行くとでも思っているのだろう。


 玄関横の姿見に写った僕の姿。真っ黒い髪に黒い瞳、痩せていてシルエットが細い。これが僕だ。

 さっきの太いスルカさんの腕を思い出して自分の腕を確認してみるけれど、そこに筋肉は残念ながらほとんどない。


 壁にかかった両親の絵を見る。二人とも笑顔で楽しそうにしているけど何故かちっとも僕に似ていない。だって父さんは綺麗な銀髪、母さんは赤みがかった栗色の髪で、そこからどうして真っ黒髪の僕が生まれたのか謎だ。


 ここは人族圏で最も東の国オルトクス。その中心『帝都』、の隣にある小さな街プエル。


 街の家の多くが赤茶色い煉瓦造りで、とにかく頑丈さを最優先に建てられている。


 “異界穴”の発生する場所はいつも違うけれど、その高さは一定していて家屋の2階程度の高さにいつも現れる。

 飲み込まてしまうのを防ぐために、この街の建物はほとんどが一階建か半地下に埋まっている。


 街の中を抜けて外れ近くまで来ると、危険を知らせる立て看板と共に森への入り口が見えた。

『これより先危険生物の生息域。立ち入り禁止』

 森の中には魔物や凶暴な動物、危険な地形が溢れている。


 帝都の隣街であっても、街の外はすぐ危険な区域だ。

 そのため住民が危険な場所へ出たり、危険な生物が居住区に侵入しないように、ヴェールのような魔法の壁が街の周囲をぐるりと囲んでいる。


 魔法の壁越しに先を見る。森は暗く道さえ無い。その様子が不安を煽る。

 不意におじさんの声を思い出して、足がすくんだ。

 だが足を止める気はなかった。

 

 実は魔法の壁には弱くなっている場所があって、子供の間でだけこっそりその情報が共有されている。


 廃墟の裏の林檎の木のすぐ側。

 そこの壁には小さな穴がある。前々から存在だけは知っていた。

 不良達が、時折そこから壁を越えて危険区域に入り込んでいるらしい。


 丸々と実った林檎を一つ取って地面に転がすと、壁があるはずの場所を越えて向こうへ転がっていった。

 

 本当なら危険区域に足を踏み入れる事などしなかっただろう。

 僕は小さく体を丸めて穴に入り込んだ。


 森への入り口に立って街の方へ振り返った。


 おじさんの顔が浮かんだ。両親が死んだ後僕を育ててくれた、ただ一人の家族だった。

 僕に何かあればおじさんは一人ぼっちになってしまう。

 

 僕は暗い森の中へ分け入った。


 街からいくらか遠ざかった。鳥や得体の知れない獣の鳴き声が聞こえる。

 手入れをされていない木々は日を遮るので、昼間でも薄暗い。

 時々食いちぎられたように空が見えるのは、“穴”が森を切り取ったせいだろう。


 獣道をかき分けながら進んで行く。木々の鋭い棘や枝が服に引っかかったり肌を擦って進みづらい。森に潜む魔生物が怖くないと言えば嘘になる。

 ただそれでも引き返そうという気持ちにはなれなかった。


 来週、魔法学校への入学試験がある。

 東で最も優れた学舎と称される星落魔法学校。僕の将来の夢は冒険者になる事だ。

 戦士達に混じって未踏の地を開拓したいという憧れがあった。


 星落魔法学校は多くの高名な魔術師を輩出した名門校だ。 僕はどうしても合格したかった。どんな手段も厭わないつもりだった。

 

 僕がここにいることを知っているのは幼馴染のマリナくらいだ。マリナがこの場所を教えてくれたのだから。


 しばらく進むと少し開けた場所に出た。小さな泉と木々に遮られない空が見える空間。

 明るいと少し心が落ち着く。


 周囲を見まわし気がついた。

 木漏れ日が差し込む下に“それ”があった。


 僕の生まれ持った固有魔法は“花”。触れた花を記憶して自由に生やせる力。


 こんな深い森に入ってまで探していたのは、鉄の棘を持つという特別な薔薇を探す為だった。

 日光を浴びて、金属質の棘がキラキラ輝いている。


 攻撃性の低い魔法を持って生まれてしまった僕からすれば、この花は他にない宝物だ。

 見つけられた興奮のあまり、何も考えず駆け出していた。

 

 その時だった。

 何か黒い物が降ってきた。

 多分、僕の真上に。

 

 ドチャリと濡れた音を立てて、体にまとわり付く。

 視界が黒くなっていく。

 体から力が抜けて、意識が遠ざかっていく。


 せっかく、せっかく見つけたのに……。

 僕の宝物……。


 もう少しで届きそうな鉄の花は、ゆっくりと黒く塗りつぶされていった。



---



 街の公園ではよく子供同士で魔法の決闘の真似事をしている。

 土に線で書かれた決闘場の上、対決するのは僕とマリナだ。


 観客の同級生達が見守る中、僕らは対峙する。


「いくわよ二人とも!試合開始!!」


 マリナは強力な炎の魔法の使い手だ。

 握った手の中から炎を僕の方に放ってきたマリナ。服が燃えたらとか火傷したらとか、そんな事お構いなしだ。


 僕はありったけの花を壁のように出して炎と相殺させる。

 想像以上の速さで燃え尽きる花の残骸の向こうからマリナはこちらに踏み入ってくる。お互いを仕切る絶対の壁のように思っていた花がこうも簡単に破られ僕はたじろいだ。


「何これ?」


 馬鹿にするように笑った。

 マリナは街一番のお金持ちの家の子だ。

 白く長い綺麗な髪に、見るからに“お高い”お洋服。

 一見可憐で清楚でとても可愛いが、実は凶暴性と負けず嫌いの塊だ。


 お情けでも勝たせてもらった事は一度もない。


 僕は決闘場の隅まで追いやられた。

 迫ってくるマリナに向けて棘のある植物、アザミやツルバラを生やすけれど、触れさえする前に全て炭化した。


 どんどん迫ってくるマリナ。僕は背中をそらして逃げようとしたけれど、綺麗な白い手が迫ってきて……


 思いっきりデコピンされた!


 虚しく敗北だ。


「ねえタロウ、ホントにあの学校に入るつもりなの?このザマじゃ決闘試験とか絶対無理よ」


 項垂れる僕を見下ろしながらマリナは髪をかきあげた。

 攻撃適性の高い炎の固有魔法を持つマリナは、同学年の僕らの中でも特に魔術師としての素質がある。


 マリナは冒険者を目指している。マリナだけではない。この街の子供のほとんどが冒険者を目指している。人気の職業だ。

 皆それぞれの個性豊かな固有魔法を駆使して冒険者になるつもりだろう。


 でも僕は手をかざしたって振ったって出てくるのは綺麗な花ばかり。

 これで何ができるというのだろう。

 

 たまに夢に見る。街の人に見送られながら、晴れやかな顔で冒険に出発する幼馴染達。そんな中僕は一人何もできずこの街から出られない。ずっとずっとこの街に置いてきぼりで、たまに現れる犯罪者を異界穴に押し込んで裸に剥くくらいが唯一輝く時。

 絶対嫌だ。

 

「いい加減諦めたら?」


 胸がギュッと絞めつけられる気がして、思わず睨みつけてしまった。


「何よ!あんたのために言ってあげてるんじゃない」


 そりゃそうだ。自分の魔法が戦闘向きじゃないことくらい、悔しいけど分かってる。

 それでも目指したい。あの学校に入学したいんだ。


 僕の往生際の悪そうな表情を見てマリナは深いため息を吐いた。


「……ねえ、鉄棘の薔薇って知ってる?」



---



 雨が降っていた。

 体が重たい。


 何か夢を見ていたような気がする。


 意識が戻ると同時に手のひらに鋭い痛みを感じた。

 そこにはしっかりと、鉄棘の薔薇が握られていたのだ。


 痛みよりも安堵が勝った。

 よかった。これでもう心配ない。

 きっと決闘試験でも戦える。


 その時になって思い出した。

 気を失う前に僕に降り注いだものは一体何だったのだろうかと。


 重たい首を動かして周囲を探るけれど何の痕跡もない。薔薇を握る手のひら以外に痛みはなく、特に怪我をしている様子もない。


 ただ異常に体が重たい。

 指一つ動かす事にさえとんでもない集中力が必要になる。


 声が聞こえてきた。


「おーい!タロウ!!」


 あれはおじさんの声だ。


「大丈夫か?!」


 駆ける足音。雨粒を飛ばしながらおじさんが現れた。


「何かあったのか?!」


 自分の顎さえ重たく感じられる。それでも何とか口を動かしてみたけれど言葉にはならず「うう」とうめき声が出ただけだった。


「タロウ!!」


 後からマリナの声も聞こえてきた。


「私のせいだよね!!ごめんね!!」


 慌てた様子で僕に縋り付き、珍しく謝罪の言葉さえ出てきた。


 実を言うと、本当は明日マリナと一緒に花を探しに行く約束になっていた。

 マリナは攻撃力に乏しい僕を心配して、「私が教えたんだから私も行く」と言ってくれた。


 マリナは凶暴だが、優しい一面もある。鉄棘の薔薇の存在を教えてくれたのも、僕を何かしら助けてやろうと思った故なのだろう。

 先走って一人森に入った僕が悪い。


「……マリ…ナ」


 残っている力で出せたのはその一言だけだった。




「ごめんね」



---



 掲げた剣は太陽を背にして高く輝いた。

 大天使は悪魔と対峙し、その悍ましい力の流れに吐き気を催していた。


 雲より高い遥か上空。下界の者では伺い知れない場所で、大いなる戦いが繰り広げられていた。


 大天使は母神より賜った力を込めて、光魔法を放つ。

 

 悪魔はすかさず羽を展開し、黒い力の圧力でそれをかき消した。

 大天使は焦っていた。

 無名の悪魔がまさかここまでの力を持っていると、思いもしなかったからだ。

 

 羽の枚数は、天使もしくは悪魔の力量を体現する。

 12枚の羽を持った大天使が対峙する悪魔は、次々と羽の数を増やし今の段階で40枚を超えた。

 まるで黒い花のようにその体を包み込んでいる。


 悪魔の力の無尽蔵さに気力が尽きそうになっている。

 黒い花びらの底で悪魔は整った顔を綻ばせていた。背筋が寒くなるような美しさだった。


 だが勝機はあるのだ。

 大天使は鞘に剣を収めた。

 

 両手を胸の前に組み、ただ祈った。


「我が母よ。姉妹よ。かつて共に剣を握った気高き人々よ。どうか今一度私の前に現れ力をお貸しください」


 光が降り注いだ。

 大天使の背後に多くの天使と人々が雄々しく立ち上がる幻が、まるで絵画のように現れた。

 

 大天使は再び剣を抜いた。

 青白い光が剣を包み、その反射を浴びただけで悪魔の羽の数枚は消え去った。


「滅びよ!!」


 叫びと共に鋭い閃光が悪魔に向けられた。

 悲鳴を上げる間もなく、悪魔の姿は掻き消えたのだった。

 

 しかしそれは大天使も同じだった。

 その体は、つま先から徐々に光の粒子に変わり消えていった。

 強い力を使った代償として姿を失う。再び力を得る時まで、精霊のような存在に成り下がり現世に干渉する権利を失う。


 だがその時、天使は気付いていなかった。

 悪魔の力の残滓が、黒い液体になり地上へと降り注いだことを。



---



 石造りの大きな門をくぐった。

 受験生は僕らの街からだけじゃなく、帝都や他の街、地域、国からやって来ている。保護者も合わせて大勢がこの正面入口を通って魔法学校へ。


 石畳の道の周囲には色とりどりの花と手入れの行き届いた木々が植えられている。

 知らない花は今のうちにこっそり触っておこう。


「おいタロウ、あんまり道草食っちゃ遅れるよ」


 僕の付き添いはおじさんだ。

 危険区域に入り込んだ挙句、謎の不調に見舞われた僕をずっと心配しっぱなしで、常に監視の目を光らせている。

 自分のやった事を思うと当然なのかもしれないが、あまりにも過保護な気もする。

 

「緊張するなぁ。星落は卒業して以来だよ」


 髭面をボリボリ掻きながらおじさんが呟く。

 ボサボサ頭で髭面。小太りで丸みを帯びたシルエット。動きはのそのそで、表情はいつもぼんやりしている。

 優しいが頼り無い。

 

 しかし今日はちょっと気合の入った服装だ。普段ならちょっと出たお腹の上にお菓子の食べかすが乗っかっている事もあるが、今日はそれは無い。


「忘れ物はないかもう一回確認しといた方がいいんじゃないか。まだギリギリ取りに戻れるから」


「分かってるよ。さっき確認したし大丈夫だって」


「そうは言っても何かあるかもしれないぞ。大丈夫って思っててもいざとなったら、アレがないコレがないって焦ることよくあるんだから」


「それはおじさんの事でしょ!」


 おじさんは結構忘れっぽい。

 でも僕はおじさんほど忘れっぽくないぞ!

 それにこんなにゾロゾロ人が行き交う中で忘れ物を確認するなんて恥ずかしくて嫌だ。


「おーいタロウ!」

「タロちゃーん」


 誰かが僕を呼んでいる。

 僕の変な名前に見知らぬ人が数人振り返った。

 僕だって変だと思ってる。


 世界に時々現れる“穴”はどこかに通じていて、そこから向こうの物がこちらに落ちてくる事がある。それを漂流物と呼ぶ。

 僕の名前は異世界から落ちてきた本に書かれていたものだ。


 死んだ僕の両親は、そういった異世界からの漂流物を研究する仕事をしていた。

 異世界の言語を解読したり、新しい技術や情報を読み取って世に知らしめる仕事だったらしい。


 両親はその仕事のお陰で名声を得たが、それにあやかって僕は変な名前にされてしまった。

 

 タロウ。

 世界は広いがこの名前は僕だけのオンリーワンだろう。


 それはさておき僕を呼んだ奴らはマリナと同じく街で一緒に育った幼馴染だ。

 

 カプとタラモ。

 ちなみにカプはあだ名で本名はカプール。「カプレーゼみたいで可愛い」と本人は言うがカプレーゼが何かはよく分からない。

 カプは何だか所々ハネていて、男だけれど女の子みたいな喋り方をする。

 青みがかった髪に、スリムな体型。顔もかっこいいのに、喋ると急激にイメージが崩壊する。


 対してタラモはやたらと体が大きく、岩のようだ。赤みがかった短髪に、太い眉にやや冷たそうなそうな目付き。

 ちなみにタラモというのもあだ名で、本名はタルモラード。「タラモサラダみたいで面白い!」とカプは言うがタラモサラダが何かは知らない。

 特筆すべきはタラモは街の花屋の子という事だ。


「タロウ……。何故お前はここにいる?」


 タラモはやけに陰影の濃い顔で僕を見下ろしている。


「タ、タラちゃんどうしたの……?」


「タロウは俺と一緒にうちの花屋を継ぐ事になっているんだ」


「そんな事になってません!」


「何を言っているんだ。その魔法が何よりの証拠だろう。うちの店で働くために生まれてきたんだ!!」


 タラちゃんが僕の肩を力強く掴む!!

 目がマジなのが怖い。

 

「さあ今すぐ俺と一緒にっぐぇ!!」


 カプはタラモの頭を木の棒で叩いた。


「おめえも今から試験行くんだろうが!!何言ってんのかしら!」


 小指を立てそうな物言いでカプは言った。だがしかし男の子である。

 言動は特徴的だが、僕らの中で一番しっかりしている。


 冬の寒い日には「ダメよ!こんな寒い日に!若い頃から保湿してなきゃ年取ってから泣くわよ!朝晩塗りな!!」そう言って強引に保湿液を塗ってくる。

 夏の暑い日には「ダメよ!こんな暑い日に!太陽が肌を蝕むのよ!毎日塗りな!!」そう言って勝手に日焼け止めを塗ってくる。


 濃い仲間達だ。


「そんでタロウちゃん調子どうなの?面会謝絶で心配させられっぱなしだったんだから。おじ様だってよく分からないって言うばっかりで」


 僕を気遣いつつカプはおじさんをギロリと睨み付けた。


「ほええ」


「ごめん心配かけたね。とりあえず今はもう何ともないよ。原因は何かわからないけど」


「謝る事じゃないのよ。まあ不安よね」

 

 あれから一週間経った。

 一日経ったら体調は全快していたし、あの時の体の重さは嘘のように残っていない。

 医者も「わけわからん」みたいな顔をしてお手上げポーズだった。


 変化といえば僕を心配したおじさんが毎日僕の部屋で寝るようになり、今日になるまでずっと常時付き添いに外出禁止と面会謝絶の物凄い窮屈なコンボを喰らっていた事くらいだ。


「ねえ、試験が終わった後でアタシの魔法で確かめてみようか!」


 カプは親指を立てて男前な顔をした。

 元々の顔つきが整っているので様になるが口調が絶妙にミスマッチだ。


「その手があった。でもお医者さんも原因が分からないって言ってたから何も出てこないかもよ」


「見くびらないで!何たって希少魔法なんですから」


 カプの魔法は非常に珍しいもので、“透過”の力を持つ。全ての物を通り抜ける魔力は、通過した物体の性質によってその力を変容させる。

 例えばコインに魔力を通した時、本物の金でできたコインなら魔力は金色に輝く。しかし偽物なら金色には輝かず魔力の性質も別の物になる。


 鑑定や異物混入を確認する事に特化した魔法だ。


「いや待て。危ないんじゃないか?」


 カプの攻撃から復帰したタラモが言う。


「なんでよ!?」


「もし不調の原因になる要素がまだ残ってたら、それを引っ張り出しちまうかもしれない。」


「そりゃそうだけど、アンタが何とかしてくれるでしょ?」


 カプの攻撃、ウィンク。

 タラモに30のダメージ。


 タラモの魔法は“隔絶”。物体を空間から隔離して周囲への影響を失わせる。

 例えば腐った生ゴミにこの魔法を使うと、臭いは周囲に出てこなくなり、直接触っても手が汚れなくなる。遮断され、外部に臭いや汚れを出せなくなるからだ。見えない壁を作り出す魔法と考えると分かりやすいのかもしれない。


 タラモの魔法なら、例え僕の内側から妙なものが出てきても守ってもらえるだろう。


「ま、今は何より試験に集中しないとだけどね」


 カプは試験会場の巨大な城を見ながら言った。

 ツンツンととんがった屋根が並ぶ遥かなる魔法学校。

 とにかくデカい。

 塔の一部は雲を越えるほど高く、大きな山二つ分の面積に校舎が広がっている。


 校舎自体も石造りかと思えば煉瓦や木造等色々で、一見まとまりがあるようだが、改めて見ると建築様式やデザインはバラバラに混在している。

 学校の売り文句では建築魔法の真髄とかなんやららしい。とにかく存在が派手だった。

 異界穴で穴が空いたりしないの?


「だけどタロウ、病み上がりなんだから無理はするなよ。体が一番なんだからな」


 おじさんが僕の頭を撫でた。


「きゃー!!おじ様!!あたしもにもやってー!!」


 カプの攻撃!擦り寄り!!

 おじさんは怯んで行動できない。

 ちなみにカプはおじさんみたいなのが“好み”らしい。


「ひえぇ」


 おじさんの悲鳴を背中に聞きながら、僕は学校への足取りを早めた。



---



 会場は緊迫感に包まれていた。

 星落魔法学校の校長は女性だ。

 年齢は多分40前くらい。マリナと同じ白髪だ。

 背は高くキリリと眼光は鋭い。漆黒のドレスのようなローブを身にまとい、美しい顔に不敵な笑みを浮かべ会場全体を見下ろしていた。


「保護者の皆様、受験生諸君。本日はよくお越しくださった。これから皆には我が校に入学する資格を問う試験を受けていただく。入学できる人数に上限はない。しかしこの場で成果を出せぬ者は我が校に入学する事はなりません」


 言葉一つ一つに妙な拍がある。これから地上を蹂躙する闇の女王の口上を聞いているようだった。

 

 ちなみにおじさんが入学した頃から校長だったらしい。おじさんが生徒だったのは15年以上前だったはず。逆算してみたら少し怖くなってきた。


「ねえ……ねえタロウ……!」


 小さな声が僕の耳に届いた。

 隣にいた男児生徒を押し退けて、いつの間にか僕の隣にはマリナがやってきていた。


「マリナ!」


「大きな声出さないで……!」


 言った後で口を押さえたが、校長の言葉には何の滞りもないようだった。


「どうしたの?」


「どうしたのって、大丈夫なの?心配したんだから」


「ああうん。今は何ともないよ」


「原因はなんだったの?」


「それが何とも。お医者さんもよく分からないとしか」


「とんだヤブね。あたしがいい医者紹介してあげるわ!」


 僕とマリナは声を抑えてヒソヒソおしゃべりしていた。

 

 不意に、視線を感じた。

 壇上の校長が不敵な笑みのまま僕を、僕らを、見つめていた。

 その眼光に、気圧される……!


「小鳥のようだこと。可愛らしいけれど、今は静かになさい」


 背後から声が聞こえた。

 そこに校長が立っていた。鋼鉄のような艶を帯びた白く長い髪が揺れている。

 ……色々マリナによく似ている。


「「!?」」


 突然の事に僕とマリナは震え上がった。


「お、おば様……」


 勝気なマリナが嘘のように縮こまって震える声を出している。

 おば様?


「マリナ、お友達と仲が良いのはおば様とても嬉しいけど、もう少し場所と時間を選びなさい」


 マリナを見て幾分和らいだ表情と声で、嗚呼この人も人間だったんだと実感できた。

 そうじゃなきゃ、まるで吸血鬼の女王かそれこそ魔王のようだったからだ。


 そんな彼女の表情が再び引き締まった瞬間には、既にその場から消えて壇上に戻っていた。

 校長の瞬間移動にざわめきが起こったが、彼女が落ち着いた動作で沈黙を促すと、嘘のように静まり返った。


 そして何事もなかったかのように試験前の口上を締め括った。


「それでは生徒候補生諸君、これから始まる入学試験存分に力を発揮してほしい」



---



「ねえマリナ、おば様ってどういう事?」


 受験生達が保護者と別れて試験会場へ移動する途中、僕はマリナに質問してみた。


「……」


 しばらく沈黙した後、マリナは意を決したように口を開いた。


「ミモザおば様は、私のお婆さんの姉なの」


「本当に?随分若かったけど」


「……おば様は吸血鬼だから」


 吸血鬼…。

 マリナは立ち止まって顔を覆った。


「マリナ……?」


「私もそうかもしれない」


「え?」


「見て」


 マリナは唇を指でめくり、僕に歯を見せた。

 犬歯が少し鋭く尖っている気がする。


「これって」


「吸血鬼の兆候。魔族混じりの証なんだって。おば様も私も噛まれたわけじゃない。先祖の誰かに吸血鬼がいると、こうやってたまに先祖帰りを起こすの」


 マリナとは子供の頃からの付き合いだったけど、こんな事情があったなんて初めて知った。

 そして思わず自分の歯を触っていた。


「ん?」


 おかしいな。

 こんなに僕の歯は尖っていただろうか?

 異様に尖った犬歯の先端がチクリと指先を刺して痛い。


「んんんんん!???」


「何?どうしたのよ?」


 驚きに声を上げたマリナに、僕も唇をめくって歯を見せた。

 落ち込んでいたはずのマリナが目を見開く。


 廊下に僕らの声が響き渡った。


つづく

異界穴

 単純に穴とも呼ばれる。

 一定の高度にランダムに現れ、その場にあるものを削り取り向こう側に持っていく。同時に向こう側から何かを持って来る。

 出現しない地域もあるが稀。

 まだまだ謎がいっぱい。


薬屋マガット

 長年おばさんが営んでいる薬屋。

 工房に家で食べた鳥や魚の骨をよく洗って持っていくと薬の材料として少額で買い取ってくれるので子供達のお小遣い源となっている。


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