牛文字
山並みをドライブ途中。
私は峠の道路脇に展望台を見つけ、そこにあった駐車場に車を乗り入れた。
家を出てから二時間ほどぶっ通しで運転していたので、いったんここで休憩をはさんでから帰路に着こうと考えたのである。
私は誰もいない展望台の先端に立つと、そこから四方に広がる雄大な眺望を独り占めにした。
眼下には原野が遠くどこまでも続いている。そして振り返れば背後に、高い山々が薄く重なるようにして見えた。
この周辺は牛の放牧地なのだろう。百メートルほど下方の緑の中に三十頭ほどの黒い牛がいて、それぞれ草を食べていたり、また寝そべっていたりしていた。
やがて牛たちがいっせいに動き始めた。
どこへ行くのか、牛たちは群れをなして一定の方向に移動している。
牛の群れは途中で二つのグループに分かれた。そしてそれぞれが歩くのをやめて、離れた二つの場所で立ち止まった。
牛たちはそこでまた、それぞれ草を食べたり、寝そべったりし始めた。
――あっ!
私はある奇妙なことに気がついた。
向かって左側のグループがカタカナの「ウ」の形に見える。そしてもう一方のグループの群れは「シ」の形に見えるのである。
二つ並べて「ウシ」と読める。
牛たちは私に向かって、自分たちを文字にしてメッセージを送ってきたようにも思えるではないか。
見事なものである。
それはまったくの偶然であろう。
だが、しかしである。
それがたとえ偶然のなせることだったとしても、このような珍しい光景を見られるなんて二度とないであろう。
私は何とも運が良い。
私はそれをスマホに撮って収めた。
それからすぐのこと。
左側の「ウ」の文字のグループの牛たちだけが再び移動し始めた。それにつれ「ウ」の文字は次第にばらけていき、それらは動かない右側のグループのさらなる右側に移動した。
動いていた牛たちが移動をやめると、私はそこに新たな牛文字を見ることになった。
それははっきり「ネ」と読めた。
左側の「シ」の右に「ネ」。
これも単なる偶然であろう。
だが何とも不吉なメッセージである。
私はただちにその場を離れると、急いで展望台をあとにした。
――家に着くまで何事もなければいいのだが……。
帰り道が怖い。