喫茶『屋根裏』
とある所に、古民家の屋根裏を改装して作った喫茶店があった。
その隠れ家的な店に入る一人の女性がいる。
「いらっしゃいませ」
「初めてなんだけど、いいかしら?」
「ええ、お好きな席へどうぞ」
糊の利いた白シャツに黒ベストのマスターに迎えられて、スーツの女性はカウンター席へ座る。
店内はアンティークで溢れかえる趣味の空間だった。
「当店はお任せのセットメニューのみですが、宜しいですか?」
「それで構わないわ」
「煎るところから始めますので、30分以上掛かります。お寛ぎになってお待ちください」
マスターは女性を少し見やってから豆を選び、焙煎機に掛けた。
ドラムの中でシャンシャンと回る豆の音が、古びたレコードから流れるジャズとのアンサンブルを奏でる。
「煎っている間は私も暇ですので、宜しければお客様の話をお聞かせくださいませんか?」
「いいのかしら? 私の話は碌でもない話ばかりだけれど」
「勿論です。それに、聞いて欲しそうな顔をしておりますよ」
「うふふっ、実はね、噂を聞いて珈琲よりそっちが目的で来たの。ごめんなさいね」
「お客様がご満足くだされば、目的は気に致しません」
「良かった。じゃあ、聞いて貰っていいかしら」
女性は日頃溜めてた不満をとりとめもなく話し出した。
マスターはしっかりと話を聞きながらも、自然な振る舞いで珈琲の用意をしている。
女性が不満を全て吐き出し終えた頃を見計らって、淹れたての珈琲とお手製のショートケーキを女性の前へ並べた。
「こちらは芳醇な香りと深い濃が特徴のエメラルドマウンテンです。フルーティーな甘みがあり、ショートケーキの苺と良く合います。是非、ブラックでお召し上がりください」
女性はケーキを一口食べ、勧められた通りブラックを試してみる。
「ブラック初めてだけど、美味しいわ」
「お口に合ったようで嬉しいです」
「ところで、このセットには特典がついてるって噂で聞いたのだけれど」
「ええ、ございますよ。お客様の願いを何でも叶える特典が……ニチャアア」
当店、唯一のメニューの名前は『悪魔の契約』。
人間は不満や恨み辛みを口にした後、ほんの少しそそのかすだけで、真っ黒い欲望が簡単に生まれます。
例えば、会社の上司に彼氏を奪われたと愚痴をこぼした女性は、その上司がこの世から居なくなることを願いました。
その後、どうなったかは皆様のご想像にお任せいたします。
ただし、私の店には同じお客様が二度訪れることはございません。