ファインの投げ出したもの
「アマンダが刺されたと聞きました。娘は大丈夫なのですか?」
慌てた様子で王宮の医務室へ入って来た、アマンダの父ファイン。その横には義母であるジンジャーもいた。
ベッドに横たわるアマンダの顔色は悪く、ファインの声にも反応しなかった。刺された少し後に気を失い、その後も眠ったままだと言う。
その様子に動揺するファイン達の元に宰相が現れ、別室で話がしたいと告げられ、応接室へと移動する。
「娘は、アマンダの状態はどうなのでしょうか?」
「傷の方は魔法で癒えているのだが、未だ意識が戻らない。大量の出血があったことで、無駄なエネルギーを使わないように睡眠状態でいるのだろう」
「そうですか? 回復の為に……」
「王宮の警備を潜った強者だ。テレポート能力も持つかもしれない。王宮で負傷したのは申し訳ないが、そもそもポリフェノール伯爵家は王家の盾だ。そこら辺は理解して頂こう」
「はい……」
動揺しながらも宰相の言に強く返せず俯くファインに、淡々と説明をする宰相ドージェフ・ミッフェ侯爵。
茶髪黒目でややたれ目のドージェフは、目の下のくまが消えることなきワーカホリックで、王国の頭脳。
人前では優しげな雰囲気だが、ここでは真顔で厳しい表情をしていた。
そこにノックが響き、国王アセスが護衛と共に現れた。その沈痛な面持ちからは、アマンダへの深憂が感じられる。
「悲しんでいるところ申し訳ないが、アマンダ不在の間彼女の代わりを貴殿に頼みたい」
「代わり、ですか? 伯爵代理ではなく?」
「そうだ。本来ならそもそもファイン、君の仕事になるものだった」
「私の? それは、いったい?」
「そうか……君は何も知らされていないのか? なら詳しく話さねばならんな」
その言われ、羞恥で顔を朱に染めるファイン。
(アマンダは剣技の才がある女性だから、女性の王族を守る為の任務をしているのではないのか? まだ何か、僕が知らされていないことがあるのか?)
ファインはアセスの話を聞き、言い知れない不安を感じていた。
◇◇◇
ポリフェノール伯爵家は代々、王家の為に存在している。
王族だけを守護する王族の血縁で組織された影と、国王の為に外部の対応をする影だ。
ポリフェノール伯爵家が伯爵家でありながら力を持ち、王の傍にいることを許されているのも任務を遂行する為だ。
本来ポリフェノール伯爵家を継ぐ者は、当時の伯爵が人柄や身体能力を加味した政略結婚で決められる。
だがエリーゼはファインに恋煩い、その執着の強さから食事もしなくなり、命の危機に陥った。
事前の調査から彼の人柄は良く、知能・体力面でも程ほどの人物だと判明していたエルンスト。
婚約の打診に、ファインの生家であるスクラロース伯爵家も合意し、その後結婚。美男美女の二人は周囲からも祝福され、暫くは穏やかな日々を過ごしていた。
しかし、ポリフェノール伯爵となる後継教育は厳しく、息抜きの為に領地の視察と言って、度々伯爵邸を離れることに。
「優秀な人材の中にいると、自分自身の出来の悪さが拭えず辛いんだ。周囲からは、もっと努力しろと言われているようで」
それは王家の影として、ポリフェノール伯爵家を継ぐ者には当然の責務。今後教育が終了後に、表と裏の当主になるのだから。
けれどファインはそれから逃げ出し、息抜きの為の冒険者をしているに、ジンジャーと出会い恋に堕ちた。彼を信じて帰りを待つエリーゼがいると言うのに……。
浮気を知ったエルンストは裏の仕事に関わらせる前に離縁させようとしたが、未だ恋から覚めぬエリーゼが反対する為に様子を見ることになった。非常なエルンストも、亡き愛する妻の残した娘には弱かったのだ。
けれどアマンダが6歳の時に、エルンストが病に犯され余命幾ばくとなった。そしてアマンダの手を握り締めたまま、決意を口にする。
「残念ながら脆弱者に、ポリフェノール家は託せない。伯爵家の爵位を返上するだけなら、事は簡単だ。だが、伯爵家が潰れた時点で、ポリフェノール伯爵家に関わる当家、親族、外戚、使用人に至るまで、暗殺者に狙われることになる。
特に私、お前の母エリーゼ、お前、お前の父フェインは、数日以内で亡き者になる筈だ。家が王家に優遇されているのは、何となく感じているだろう。
それは家が王家の隠密を行い、秘密裏に問題を解決してきたからだ。王家の始まった頃からずっとな」
エルンストは、アマンダの目を真っ直ぐに見つめ、選択をさせた。当時6才になったばかりのアマンダに。
王家の強洗脳の制約で、王族の一部と王家の血を継ぐ侯爵家以上の貴族は、ポリフェノール家のことを理解しており、妨害や他言はできない。しかし、爵位を返上し強洗脳の影響が外された時、王家からも潰してきた家門からも格好の標的になる。
ポリフェノール伯爵家の与えられている権限は途方も強く、代々その力を用いて裏世界を牛耳り恐れられてきたのだ。
その権限(王家の影の代表)が伯爵家から失われるのなら、後釜を狙う家門も多く出現する。
後ろ暗い秘密を知るポリフェノール家は、首輪を放せば忠犬から狂犬に変わると思われていた。当時の国王はポリフェノール伯爵家が手の出せぬ、イノディオン公爵家の傀儡だったから余計に。
王家に逆らえない強洗脳には、実はポリフェノール家も守られていた形となるが、それはポリフェノール家が、王家に利益となると判断されたからだ。
使えないと判断された時点で、誓約は破棄される。
このまま後を継ぐ者が居なければ、ポリフェノール伯爵家は影の当主を退いた(エルンストが亡くなった)時点で、悲惨な形で没落するだけ。
腑抜けの婿養子フェインには、もう託せないと見切りをつけたのはこの時だった。
どちらにしても、何もしなければ破滅するだけだ。逃亡を望むなら、自分が生きているうちに他国に逃がすことも出来る。それでも色々な勢力に狙われる為、常に影に潜み日の当たらない道を歩まねばならない。
アマンダは困惑の中、矜持に従いエルンストの後を継ぐ覚悟をした。
(今逃げれば、全てを失う。そんなこと、自分自身が許さない)
エルンストも受けた暗部の訓練と言う名の、命の選別。影の命運は当主に委ねられる為、部下としても己の命を賭ける当主にも賭けて貰うのは当然のこと。幹部により血反吐を吐く訓練が施され、リプトンとダージリンの助力を得て当主となったアマンダ。
当主になる直前にも、利権を狙う仲間と言える幹部の手下から襲撃を受けた。アマンダは初めて人に剣を向け胸を刺した。一撃で絶命には及ばず、リプトンに補助され無我夢中で何とか首を落とす。
(今日の襲撃は今迄と違い、本気の殺意だった)
ファインが受けた教育の何倍も過酷で陰惨なものを、6歳から受け、エルンストの葬儀翌日の7歳で当主と認められたアマンダ。
そんなことを知らずに、娘を羨んでいたファインは自らを恥じることに。
ファインが影の当主となれば、代理ではなく本当の当主になっていた筈で、それを多くの高位貴族達も知っていた。
「そ、そんな、アマンダはずっとそんな辛い思いを……。そしてずっと、王家の影として働いていたのか。知らなかったでは済まされない、ですね……うっ」
俯き涙するファインと、肩を振るわし涙を落とすジンジャー。
彼女がいたせいでファインは伯爵邸に戻らず、何も知らされずにいた。彼女の責任も皆無ではないのだ。
◇◇◇
アセスは言う。
「アマンダはいつ目覚めるか分からない。目覚めてもすぐに以前の能力は発揮出来ないだろう。その為ファインには代理で任務について貰う。補佐にはダージリンを付けるし、お前達は夫婦でいや、娘マリアンヌも協力させて任務に当たれ。
ここで動けなければ、ポリフェノール伯爵家の維持は困難になる。敵は外部だけではないからな。次期当主を狙う家門は多い。アマンダの協力者は彼女を信頼しているからこそ、力を貸している。そなたでは受けられない恩恵も多い。
けれど元冒険者夫婦とその娘だから、7歳のアマンダより討伐能力は上と期待している。
まずは娘と3人で影の幹部の訓練に参加せよ。勿論夜も、警戒を怠るなよ」
「はい、畏まりました」
「畏まりました」
ファインとジンジャーは礼をして、その命令を受けた。その後自宅に戻りマリアンヌにもその話をして王宮へ戻ると、アセスにより強洗脳で誓約を受けることになった。
そこには神官に変装したポリフェノールが待ち構えており、「神は貴殿方に祝福を授けました。すぐに仕事に取り組めるように、アマンダの戦って来た記憶を一部を除き、映像として貴殿達の脳裏に送るそうです。さあ、目を閉じなさい」と、誓約を受けた後に威厳を持って伝えたのだ。
「あ、あぁ、これは、酷い。前国王の事件の時も、アマンダがいたのか?」
「ぐはっ、う、嘘でしょ? 子供だったアマンダが、アマンダが! ああ、なんてこと……」
「う、そ……。人を何人も、うげっ。も、もう止めて、映像を止めて! お願いだから、もう、やだ…………」
アマンダの任務と言う名の、人生の記憶を彼女の視覚と音声で見せられた3人。とても14歳のものとは思えない、凄惨なものだった。
3人ともおぞましさに胸を掻きむしり、マリアンヌは吐き気が止まらない。
(これでいかに腑抜けでも、もう訓練から逃げられないだろう。今は比較的平和だから、強盗団の殲滅くらいだしな。お前は当時6歳の娘に責任を押し付けてきたのだから、愛する家族とその後始末ぐらいしろ。俺だとて、兄の代わりで忙しいのだからな)
アセスは薄く笑い、ドージェフに視線で窘められた。
「明日より訓練が開始されるので、今日はゆっくりと休むが良い。では退出せよ」
「はい、御前失礼致します」
「失礼致します」
「失礼致します」
顔色悪く去って行く様子に、ポリフェノールは口角をあげて微笑んだ。
「ふふっ、これで少しは意趣返しになったかな? アマンダは何て言うだろう?」
何も知らないアマンダは、リプトンと共にリーディオの邸で過ごしていた。




