ポリフェノールの思惑
「ああ、ソフィアが輪廻の輪に加わったようだね。キンバリーだった数代前の前世と同じように、拳銃で愛しい者を撃って。でも……少しだけ救いだったのは、メロウがいたことだろうね。今度生まれる時は、姉妹として支えあえるみたいだ。良かったね」
◇◇◇
メロウは王都に舞い戻り、アマンダを殺してから自らも命を絶とうとしていた。
それを見つけたポリフェノールは、自らをアマンダに変化させて、メロウの前に現れたのだ。
王宮の廊下を自由に歩く彼女。
かつてソフィアの侍女だったメロウには、勝手知ったる場所である。地味な彼女はリネン室でメイドのお仕着せを着用し、何事もないようにアマンダを探した。
もしおらずとも、彼女が何処にいるかさえ分かればそれで良いのだ。
偶然を装いながら、アマンダ姿のポリフェノールは、メロウに声をかける。
「貴女はソフィア様の侍女ではないか? なぜ此処にいるのだ?」
その刹那にメロウは、隠し持っていたナイフをアマンダ(ポリフェノール)に向けた。
「お前さえいなければ、ソフィア様は不幸にならなかった。死んで償うのです!」
憎しみに顔を歪めながら、ナイフの先を向けた彼女は僅かに震えていた。
「私がおらずとも、何れ裁きは行われていただろう。貴女は国の調査団を舐めすぎている」
冷静に諭すアマンダ(ポリフェノール)に、俯くメロウは呟く。
「分かっているわよ、そんなこと。でもソフィア様の側にいて、お前は止めてくれなかった。彼女はあんな夫でも愛していたのに。そのせいで心を壊した……だから、許せないの! うぅ、ぐっ」
八つ当たり以外の何者でもない。
けれどもし正気であったなら、王太后ダイアナと側妃殺害の関与等で、毒杯は確実であっただろう。
アマンダ(ポリフェノール)は「そうか」と言った後、「じゃあ、気の済むまで刺せば良い。どちらが生き残れるかは運次第だろうがな」と、腕をあげて胸を広げた。
「油断を誘って倒すつもりかい? でもこのチャンスを見逃したりしないわよ!」
メロウは深く息を吐き、覚悟を決めた。
そして真っ直ぐに腹部をめがけて、走り出す。
「うっ、くぅ、やはり痛いな……」
ナイフが刺さり呻き声があがるアマンダ(ポリフェノール)。
「ど、どうして? 何で反撃しないのよ。嘘でしょ。あ、血が、服に滲んでるわ。どうしてよー!!!」
ナイフがすんなりと腹部に刺さり、蒼い顔でガタガタと震え出すメロウ。
「くっ(痛)、気は済んだか? 貴女はこの後自害するのだろう? だったらその生命力を貰い受けるぞ……」
「生命、力? な、何を言っているの? だって私は許されない。お前を刺してしまったのよ、あぁ」
アマンダ(ポリフェノール)の腹部からは、夥しい出血が迸り、顔色も蒼白に変わる。助かるなんて思えない。
「私の命が魔法に必要なの? だったら使って頂戴な、私で役に立てるのなら。私はソフィアの元に行きたいの。本当はここに来るのも嫌なほど、離れているのが嫌だった。ごめんなさい、私は切られて死ぬと思っていたの。なのに、本当に避けないのだもの……」
始めから死ぬつもりだった。
自分の死が少しでも、アマンダへの抗議になれば良いくらいに思っていた。
だってソフィアの元に行けるのだもの。惜しい命ではないのだ。
「分かった。あんたも良く頑張ったな。すぐにソフィアに会えるだろう」
「本当に? ああ、それなら良かった。痛くして、ごめんなさいね(たとえ嘘でも、そう思えば怖くないものね)…………」
「良いさ、平気だ。じゃあな」
「…………」
ポリフェノールがメロウの生命力を吸い込んだ瞬間、彼女は絶命した。泣きながら、それでいて少し安堵した表情で。ソフィアに会った時に、この出来事を話すのだろうか?
「妹の無念を少しだけ晴らしたわ」と、微笑みながら。
光の玉がメロウに近付き、彼女の体からも光が浮き上がっている。たぶん魂と呼ばれるものだろう。
「仲良く逝きな。今度生まれ変わる時は、もっと素直に生きろよ。男なんかに振り回されるな! ダメ男なんて蹴飛ばしてやれよ」
その言葉に反応するように、二つの光は踊るように上へ昇って行った。
彼女から奪った生命力を使い、腹部の傷を程ほどに癒す。そして彼女の亡骸にも、少しだけ傷を移した。
王宮の廊下で人に会わなかったのは、ポリフェノールの魔法だ。こちらに来れぬように障壁と、来たくなくなる威圧をかけていたから。
そしてそれらを解いて、アマンダの姿のまま叫び声をあげる。
「誰か来てくれ。メイドが刺された。誰か医者を呼んでくれ!」
その声に人が集まる。
いつも傍にいるリプトンとダージリンがおらず、深手を追ったアマンダとメイド。
メイドの顔は何となく知る者はいるが、思い出せない。
ソフィア付きだった侍女やメイドは王宮から出され、生家に戻ったり既に嫁いでここにはいない為、彼女のことを詳しく知る者がいないのだ。
無敵のアマンダが害されたことで、宮内は非常事態体制が取られた。
二人は医務室に運ばれ手当てを受けるが、既にメイドの息はなかった。アマンダ(ポリフェノール)も意識が戻らず、王宮で治療を続けることになる。
メイドの素性はすぐにメロウ・シッチンだと判明した。彼女はダメ元で、ソフィアの葬儀に元王女を参加させて欲しいと、王に依頼に来たのだと言うことにした。
その最中に賊に刺されたことに。
犯罪者として裁かれず彼女は伯爵家の墓に入れ、彼女の娘は素直にその死を受け止められるだろう。さらに見舞金も国から支払われることになった。
◇◇◇
王宮の医務室にノックが響き、王アセスが面会に訪れた。
彼は「苦労させて来た彼女に、言葉をかけてやりたい」と、人払いしベッドサイドに腰をかけると、アマンダ姿のポリフェノールが途端に目を開けた。
「メロウがアマンダに復讐に来たから、ちょっと刺されてやったのさ。この状況を利用しようと思ってね。だから彼女の罪は、なかったことにしておくれ。
そして……私のアマンダをそろそろ解放してやろうと思うんだが、王は反対するか?」
「まさか! 反対なんてしませんよ。代々続いてきた、王からの強洗脳支配なんてもういりません。たとえ裏切られても、忠誠を誓って貰えるように王が努力していくべきなのです。今はもう、そんな時代ですから」
「貴方が愚王でなくて助かったよ。でもその強洗脳、ポリフェノール伯爵代理、ファインには誓わせて欲しいのだ。勿論、法律を改正するまでの間で良いのだが」
「分かります。父親としての責任の所在、今までの清算ですな。勿論、承ります」
「良かった。では今後の予定なのだが…………」
ポリフェノールとアセスの、秘密の相談は続いていく。勿論音声遮断の魔法を展開され、国王派の隠密にも聞こえてはいない。
◇◇◇
此度の事態を別邸にて、内密に知らされた本物のアマンダとリプトン、ダージリン。
彼らはアセスから依頼されたポリフェノールの友である商人から、彼女の計画を文書で届けられたのだ。
その内容は、アマンダの心を明るく照らした。
「そんなこと、可能なのかしら?」
「ポリフェノール様はきっと、機会を窺っていたのでしょう」
「そんな……じゃあ、今までのお嬢の頑張りはどうなるんだよ!」
三者三様に反応が分かれたが、アマンダとリプトンの意見は概ね賛成だった。ただダージリンだけが、納得出来ないようだ。
「聞いてダージリン。私はもう、自由になりたいの。父が責任を取ると言うなら、少しだけ許すことが出来そうだし」
「……じゃあ、もう決めたんだね? 今後のことを」
寂しそうなダージリンに、アマンダは微笑む。
「私自身は何も変わらないわ。ずっと仲間でしょ、私達は」
リプトンも頷きながら、ダージリンの肩を叩いた。
「お嬢様の幸せは、お嬢様のお心のままに進んで下さることです。私は何処までも付いて行きますぞ」
まだ納得出来ないダージリンは、深い思考に沈んでいく。
(ずっとこのままでいられると思っていたのに、お嬢は平気なのかよ!)




