メロウへの疑惑
『メロウ・シッチン』
数世代前に王女が降嫁した経歴がある、伯爵家の娘。
元王妃ソフィアの侍女で、今現在も療養中のソフィアを支えている。
彼女は離縁後に生家に戻った自分を侍女とし、災害にあった生家の援助と、娘の立場を守ってくれたソフィアに大恩を感じていた。
それは彼女が『盗聴』魔法が使え、都合の良い手駒にできると考えた、ソフィアと公爵家の思惑通りのことだった。薄々は気付いていた彼女だが、それでも感謝し忠誠を誓っていた。
「出戻りで戻った生家では、最初のうちは邪魔者扱いだった。災害の対策で精一杯なのは分かっていたが、両親にも兄と兄嫁からも蔑ろにされていた。
当然のように引き取ってきた娘に教育も与えられず、狭い部屋で2人、声を殺して生きていた。
それがソフィア様の侍女になってからは、全てが変わったのだ。伯爵家はソフィア様の生家(イノディオン公爵家)から、災害支援(人材と支援金)を受け復興し、私の娘の待遇も格段に良くなり、持参金付きで子爵家へと嫁に出せた。
全てはソフィア様のお陰なのだ。
その恩に報いる為なら、私は何でもするわ!」
その思いは変わらず、心から離れることはない。
◇◇◇
以前グウェン・ポルトコル(昔の名前はグラジラス・サクレット)により、彼の幼き時にある町を疫病で壊滅させた責任を取らされ、彼の両親が死罪になった話をされた。
実際はダラントス大公に依頼されたダークエルフの捕獲を失敗し、その呪いで町が滅びたのだと独自調査をして、彼は知ったと言う。
けれど罪の全てを背負わされて死んだ両親のことと、諸悪の根源である大公に咎めがなかったことで、裁判もせずに断罪を下したポリフェノール伯爵家に、並々ならぬ恨みを抱いていたのだ。
そのことを聞かされ、ソフィアの断罪にも不満があったメロウは彼と手を組み、ポリフェノール伯爵家を滅ぼそうと考えていたのだ。
「そもそも当時の王妃であった、ダイアナ様の守りが強ければ暗殺は防げた筈。王家の守りと言うのに、中途半端過ぎる。それにステナの母モーリンの殺害など、捨て置けば良いことだったのだ。平民の娘が王太子様の側妃になることが、そもそもおかしい。
そのせいで……ソフィア様のお心を乱したのだから!」
当時の責任者は、前ポリフェノール伯爵のエルンストだ。
モーリン殺害後、その調査でイノディオン公爵家を調査していたが、殺人犯は既に自害。ダイアナ殺害の毒も隠蔽されて見つからずじまい。ダイアナが秘密裏に匿っていたステナは、教会から出ていった後の足跡が追えず後手後手に回った。
エルンストは同時進行でテロ犯罪犯にも対応しており、モーリン殺害後には人員が避けなかった。
その事件の際は平民出身の妃への不満による、怨恨の線で追っていた為、これ以上の被害はないとも踏んでいた。
そもそも王族専用の隠密がいる宮内で、ポリフェノール伯爵派閥は彼らから疎まれていた。
「我らの庭を荒らすな、たかが伯爵ごときが!」
「暗殺が主なお前達がおらずとも、王宮の守りは我らがおる。去るが良い!」
等と、当時は今以上に喧嘩腰だった。
王は王族の影の者が高位貴族に忖度したり、訓練もポリフェノール伯爵の兵士達から見れば、足りていないことを知っていた。
ポリフェノール伯爵家が任務に失敗すれば、きつい咎めがあるが、王家の血を持つ者が多い王族の影には、貴族家が庇うことで軽い咎しか与えられなかった。その分、甘やかされていたように思えた。
その為、全面的にエルンストに任せたかったが、人員面で断念。その後は王族の影へ指揮権は移り、エルンストからは僅かな密偵を残すだけになった(王族の影を監視する目的の密偵)。
自信ありげな王族の影だったが、まさかのダイアナの毒殺とステナの失踪が露見した。
さすがに責任者の地位は剥奪され、訓練の見直しも行われた。
当時の対応に不満だったメロウだが、失態を招いたのは王族の影で、イノアデェン公爵家縁者の失態。
もしかすると、わざと見逃された可能性もあるのだ。
処罰も地位の剥奪や降格等と、公に発表されぬ軽いものだったから。
けれど公にされなかったことでメロウを含めた多くの貴族は、責任者やその処罰を知らず安易にポリフェノール伯爵家のせいだと決めつけていた。
直接指摘できないが、陰で不満を囁く者も多かったが、エルンスト達は弁明せずただ静観した。
処罰がないのが、結果だと言うように。
そもそも契約による王家の影が、王家の直属の隠密を批判するようなことはできない。
◇◇◇
真実を知らなかったメロウへ、想像を加えた独自調査で分かっていた気になり、話をしてしまったグウェン(グラジラス)。
けれどグウェン(グラジラス)は先日、魔法師団長マードックから真実を聞き項垂れた。
自分の考えが完全なる八つ当たりだと、漸く理解したからだ。
「俺はずっと勘違いをして、ポリフェノール伯爵家と次期当主(公では次期だが、実際は既に当主)のアマンダを憎んでいた」
後悔するグウェン(グラジラス)の肩に、アセスが手を置く。
「私が言えなかったせいでもある。でも許せ、これは誓約のせいなのだ。マードックも君に話せず辛かっただろう」
「っ……(そうだったんだね。ごめんよ、マードック)」
グウェン(グラジラス)の誤解は漸く解消した。
そして王家を掌握する為に、ソフィアを含めイノアデェン公爵家がダイアナを毒殺したことも。
事件の詳細を今、やっとイノアデェン公爵家が絡んだことを理解したのだ。
「ソフィアのことは、証拠がなくて泳がせていたんだ。けれど当時の関係者が他国で捕まり、ダイアナ王妃毒殺の自供を引き出せた。毒殺のことはソフィアも知っていたから、どの道罪には問われていたんだよ」
「そ、そんな。じゃあメロウのポリフェノール伯爵への怒りは、完全な的はずれじゃないか? でも……彼女はそれを知っていた気がする。だって毒殺を防いでいれば、ダイアナ王妃が死ななかったと言っていた気がする……」
「まさか! 末端で実行犯でもないメロウが、知る筈はないぞ。我々王族でさえ知っているのは極僅かだ。あの襲撃事件後に、誓約魔法をかけている。だとすれば……高確率で魔法スキルだな」
驚愕の国王を見て、今さらながら自分の鈍さに呆れるグウェン(グラジラス)。
(ただ適当に、怒りをぶつけた発言だと思っていた。今考えると、かなり王族の話を詳細にしていた気がする。冷静に考えれば、王妃の末端の侍女では知り得ない内容もあった……彼女は一体どうして、それらの情報を?)
「グウェン、彼女のところに行ってみよう。嫌な予感がする」
「ええ、急ぎましょう。今やっと、変だと気付きました!」
飛行魔法で飛び立つ二人を、窓から見送るアセス。
「何もなければ良いが……」
不安は募るばかりだ。




