54 二人の距離
翌日から、アマンダとリーディオは、ポリフェノール伯爵家本邸の隣に建つ別邸で暮らし始めた。
勿論二人きりではない。
リプトン、ダージリン及び、暗部の女性騎士がメイドとして在中している。
そうは言っても、アマンダの大まかな日程は変わらない。
但し学園に行く時間を護衛(と話していること)にまわす為、スケジュール的にはきつくはない。
早朝5時に起床し訓練を行い、今は食事の時間をリーディオに合わせている。
「おはようございます。………バルデス様」
「ああ、おはようござ……おはよう、アルバ」
ぎこちなく挨拶を交わす二人は、なんとも恥ずかしいというか照れるというか、もどかしさを感じていた。
お互いに一緒にいたい気持ちは強いが、今世の生活や立場が重なって、素直に行動できないのだ。
ここにいる間は、お互いを前世の名で呼びあうことにし、女性騎士にはある作戦の為だと伝えてある。
結局暫くはあまり成果はなく、二人とも固い態度は続いていた。
それでも日々を過ごすことで、一欠片ずつ距離は縮まっていく。
話し合って、毎日握手を交わすことにして接触を図ることにした。
そして環境に慣れていくにつれて、現在の自分の状況を、暗部の秘密に触れない程度に話していく。
「………と言う訳で、実の母が死んで義母と同じ年の異母妹が一緒に暮らしているよ。今回の人生もハードモードでしょ?」
二人のいる応接室に遮音魔法をかけ、チーズやハムをツマミにワインを開けていく。
アマンダはまだ14歳だが、毒耐性も持つ女だ。ハッキリ言ってザルである。ソファーの向かいにはリーディオだけで、共にグラスにワインを注ぐ。
室内には二人だけで会話は外に漏れないので、最早無礼講である。
見た目に反して、リーディオは酒に弱かった。泣きそうな顔で、眉を歪めて返答していく。
「……そうか、今回も苦労してんだな。俺がそいつらぶっ叩いてやるよ。どうせデカイ顔してんだろ? うっくっ、アルバ、可哀想にぃ」
もう既に、出来上がった泣き上戸である。
アマンダは微笑んで、リーディオの背中を撫でた。
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。今は私、結構強いですから」
「ああ、そうなのか? でもさあ、気持ちは平気なのか? 自分の家なのに、気持ちが休まらないだろ。もういっそのこと、俺と暮らすか? 俺ならお前のことを守れる自信あるぞ。前世の記憶もあるから、今からもっと鍛えれば誰にもお前を、傷つけ、させな、い………の、に……」
「ありがとうございます。バルデス様」
リーディオは撃沈し、もう意識を手放していた。
アマンダは暖かな気持ちで、リーディオを膝枕し介抱する。
その顔は前世とは違い、獣耳もなく筋肉もない優男だ。
それでも堪らなく愛おしく感じてしまう。今はアルバよりアマンダの部分が強いけれど、好感度はとても高い。
今のアマンダの気持ちは、アマンダ本来のものなのか、アルバに引きずられているのかは解らない。
でも………今までにない穏やかな気持ちに浸っていたのだった。
その後30分程寝顔を見つめ、遮音魔法を解除した。
ノックが響き、リプトンが入室する。
「失礼します、お嬢様。バルデス様をお部屋に運びます」
「ええ、お願い」
リプトンとダージリンは部屋の前に控えており、遮音されても気配で様子を察していたのだ。
酒宴のテーブルはそのままに、アマンダも自室へと向かう。その表情には穏やかさが滲んでいる。
気配を消し、様子を窺っていたダージリンは項垂れた。
「あいつが好きなのか? お嬢は」
その夜のことを、リーディオはあまり覚えていない。けれどダージリンとの間に、大きな溝ができた瞬間だった。
翌日からアマンダのリーディオへの態度が柔らくなったと気づいたのは、リプトンとダージリンだけだ。
その日も挨拶を交わす二人は、握手をしてから食事を開始する。
「昨日はごめんな、アルバ。俺、途中から寝てしまったから迷惑かけただろう?」
ばつが悪そうにリーディオが言う。
「いえいえ、案外軽かったですから、大丈夫ですよ」
「ええっ、君が運んでくれたのか?」
慌てるリーディオを楽しそうにからかい、嘘ですよと告げるアマンダ。
「リプトンが運んでくれました。ごめんなさいね、ふふっ」
「ああ、良かった。心臓に悪いよ、アルバ。本当だったら、俺超カッコ悪いじゃないか」
「あら。でも運べましてよ、私」
「もう、勘弁してよ」
「ふふふっ。さあ、食べましょう」
「……ああ、そうしよう」
恥ずかしげなリーディオは、食事に意識を向ける。アマンダもそれに続いた。
学校に行く際、二人を偶然目にしたマリアンヌは、ズキリと頭痛を覚えた。
「私、知ってるわ、あの人のことを。……誰か解らないけど、でも、知ってるの。………なんなの、これ?」
マリアンヌは、こめかみを押さえながら馬車へ移動する。遥かに遠い懐かしさを、移動の最中確かに感じていた。