53 リーディオとアマンダと
その日リーディオは、アマンダと約束した場所に来ていた。
「お待たせしました。遠くまでご足労様です、リーディオ様」
アマンダは時間に遅れた訳ではない。
リーディオが早めに到着していたのだ。
「いや、少し歩きたかったので。ここは緑が多くて良い場所ですね」
「ええ。私も心が疲れた時、たまに来る場所なんです」
待ち合わせたのは、王都から少し西の外れにある開かれた森林。
入り口は比較的整備されていて草原が広がり、ピクニックや散策を楽しんでも良い公共の場所だ。
歩きやすくする為、定期的に魔法師団が草の長さを調整し、見晴らしを良くしている。
倒れた古木や森林の管理は林業を営む者に任せ、森林に不審者がいないか定期的に警備するのは騎士団だ。
比較的安全な場所である。
そこは前世のバルデス邸に似ていた。
民家から離れた草原の中に立つ邸と、森林近くに建てられていた騎士達の訓練場。
人がいなければ、どこまでも静寂が支配する世界。
バルデスが晩年まで何度も赴いた、壊された住みかに酷似していた。
王都から離れたここは、土日や祝日以外はあまり人が来ない。
日光が暖かくて穏やかで、まるで二人しかいないかのような静けさだった。
「ここは似ています…………前世の邸に。アルバはいつも優しく笑ってくれました。それが、どれほど心を癒してくれたことか……ああ、困りますよね。いきなりこんな話」
アマンダは横に首を振り、私も思い出していると言う。
「アミール、ミスト、サンド、そして私と貴方とで、笑っていた記憶が昨日のようですわ。貴方に抱っこされたことも、私が帰宅した貴方に駆け寄ったことも……懐かしいです」
「ああ、本当にそうだな」
暫し前世の記憶を辿るリーディオとアマンダは、他にもたくさんのことを話し込んだ。良い思い出ばかりが蘇り、微笑みが絶えない幸福な時間。
暖かいけれど大きな風がブワーッと吹き抜け、アマンダの帽子が宙に舞う。それを拾いアマンダに手渡すリーディオ。
「ありがとうございます。リーディオ様」
「何て事ないさ。飛ばされなくて良かった」
前世の思いに浸るバルデスとアルバは、風のイタズラで瞬く間に現実に引き戻された。
帽子を拾ってくれた人の姿は、バルデスではなくリーディオだ。
受け取った人も、アルバではなくアマンダだ。
その時のお互いの気持ちは解らない。
けれど間違いなく混乱していた。
頭ではもう前世のことだと理解している。
……でも、気持ちが追いつかないのだ。
立ち尽くす二人に、声をかけるリプトン。
「お互いの気持ちを埋めるために、暫くご一緒に暮らされてみては如何ですかな? きっと今の暮らしを知れば、そのうち気持ちも落ち着く筈ですから。早速手配いたします。それでは私、準備に向かいます」
リプトンは一方的に話すと、走り去っていった。
「あ……申し訳ありません、リーディオ様。リプトンったら勝手なことを」
困惑した表情をして、狼狽えるアマンダ。
いつもの彼女なら、こんな隙だらけの様子を見せたりしない。
「ああ、いや。気にしないで。……と言うより、リプトンさんの提案に乗っても良いのだろうか? 貴女は嫌じゃない?」
少し照れながら、共に暮らす提案を受け入れるリーディオ。
「えっと、はい。どういうこと? えっ」
理解が追いつき、手をバタつかせ慌て出すアマンダ。
「く、暮らすんですか? リーディオ様と、私が!」
首肯して話を続けるリーディオ。
「きっと俺達は、前世の気持ちを消化しないと前に進めない。なら今の姿で、たくさん話をしてみないか? きっとリプトンさんも君と暮らしていた時間が長いから、前世は前世と割りきれたんだと思うんだ。
彼も記憶を思い出したけど、既に落ち着いていたよね。その彼からの提案だから、効果があると思うんだ。勿論君に不埒な真似はしないし、それを許す君達ではないから安心だろ?」
「そう、ですけれど」
アマンダは、落ち着いて話すリーディオの言葉に聞き入っていた。
それはアルバの気持ちに引き摺られたわけではない。
今のアマンダの気持ちで受け入れられた。
確かにこのままではいけない。集中できないままでは暗部の仕事に影響を及ぼしかねない。それは味方の生死にも直結するから。
解決する方法があるならやるしかない。
「はい。暮らしてみましょう。私に否はありません」
「うん。じゃあ、これからよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
微笑みあって握手を交わす二人。
そして馬車の近くで、二人を見つめるダージリン。
護衛の意味もあり、二人きりにする選択肢はなかった。
彼の気持ちは複雑だった。
彼も前世を思い出した一人だ。
前世を辿ればリーディオはバルデスで、自分が遣えていた主なのだ。
「俺は……」
アマンダと共にいるリーディオは、(アマンダに)恨みを持つ者には格好の標的となる。護衛の意味もあり、生活の場はポリフェノール邸と決まった。リーディオの母の事件のことで、何者かに狙われているリーディオをアマンダ達が守護すると言う名目だ。
ファイン、ジンジャー、マリアンヌは、アマンダが王国の暗部と知らされていない。今回のことはあくまでも一時的に王より依頼され、表面的な護衛としてリーディオを迎えると言うことになっている。
普段より王族の行事の際に、護衛を任されるアマンダだから不思議とは思われないだろう。
ただあまり長期では不審がられるので、3か月をめどとした。
王に依頼書を記載して貰い、一応表の当主代理となるファインに目を通させる。
※王はアマンダの依頼にはフリーパスをくれる。
ファインに逆らうつもりはないが、何故? と疑問は残る。
(一時的な王族の護衛をするのは、由緒ある武家の家門だから解るとして、何故斜陽伯爵家の当主等を家で匿うのだ。ジンジャーやマリアンヌに危険を伴うではないか。それに依頼者を、アマンダに指定しているのも気に障る。当主代理は私なのに)
顔には出さないが、ファインはいつも自分の身分に不満があった。
そもそも前伯爵が亡くなれば、自分が伯爵になる筈だった。でも前妻が亡くなり伯爵家に戻ってみれば、自分は伯爵代理となっていて、次期当主はアマンダに変更されていた。
ポリフェノール家の血を受け継ぐのはアマンダだ。
それに異論はない。
だけど、伯爵代理とはどういうことだ。
確かに僕はあまりこの家に寄り付かず、執務も前妻に丸投げにしていた。でも、そんな当主何処にでもいるだろう?
なんで僕だけ。僕が伯爵じゃないから、マリアンヌを自分の籍にも入れられない。最愛の家族を不幸にしているんだ。
それなのに、家族を危険に晒すようなことを。
何かあれば許さないからな。
なんて勝手なことを考えているファイン。
ファインが当主になれないのは、暗部を率いる力も信用もないからに他ならない。
それでも外面は良いファイン。
それは実の娘アマンダに対してもだ。
「ああ。王家の依頼なら、家は大歓迎だ。守ってあげなさい」
そう、回りからみれば寛容な態度だった。
使用人達もさすが旦那様と、微笑ましく父子を見ている。
「ありがとうございます。それでは準備いたしますので、これで」
アルカイックスマイルで、その場を離れるアマンダ。
「ああ。頼むよ」と、呟くファイン。
既にこの父子に、親子の情はないに等しい。
そしてファインは、マリアンヌのことで憤りも生じていた。
だけど……彼は知らなかった。
何故ポリフェノール家が、代々国王に丁重に扱われているのかを。
王国の暗部たるポリフェノール家は、その重責から危険も隣り合わせだ。常に暗部が気配を断ち邸回りを巡回して、アマンダ達を護衛している。その範囲には、ポリフェノール家のアマンダの父、義母、異母妹も含まれる。人質として拐われたり、傷つけられるのを防ぐ為に。
そもそも当主は危機を乗り越える技を持っているから、邸の護衛を突破されても返り討ちにできる者なのだ。その程度が出来ぬ者が、当主の座を欲するのは笑止なだけ。
もし彼女が彼らを見捨てたら、すぐにも死体となるだろう。
拐われても要求を呑まない選択もできる。
彼らは自分達が砂上の城にいることを、少しも気づかずに過ごしている。
これ以上何かしてくるなら、彼女の手を汚さずに死体が増えるだけだ。その死さえ周囲に気づかれない細工も容易なのだが、今のアマンダには彼らのこと等眼中にないのだった。




